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エクスターン 法テラス壱岐法律事務所


3.「島の弁護士」だから特別、ということはない
 かくして、赴任してからというもの、相談に次ぐ相談で、早くも事件件数は弁護士1人の処理能力を遙かに超えた数となりました。特に、当初見込んでいたとおり、いわゆる「クレサラ事件」と呼ばれる消費者金融による多重債務の事件が著しく多く、取扱件数が同時に200件を超えたときもあったそうです。
 もちろん、事件はクレサラ事件だけではありません。島唯一の常駐弁護士であることから、弁護士が必要とされるあらゆる業務がたった一人に集中することになります。浦崎弁護士は、弁護士資格取得後、1年間東京都内の法律事務所に勤務されたそうですが、住民にとっては島唯一の弁護士であって、法律のプロであることに変わりはありません。 壱岐市内で起こった刑事事件は、ほとんど当番弁護や国選事件として配点されます(エクスターン期間中、地元新聞に掲載された島内の刑事事件を読んだ直後に配点連絡票が到着することがありました)。また、通常はベテランの弁護士が選任される法人破産事件の破産管財人も受けることが多いそうです。その他、行政委員会の委員や講演会の講師など、弁護士業以外の仕事も必要とあらば断らずに受けています。

 「離島だからといって、特別な事件があるわけじゃないよ」

 エクスターンが始まる前、「過疎地の中でも、特に離島の弁護士活動について勉強したいのですが」とお願いしたところ、浦崎弁護士からはこのような答えがありました。
 離島でも、都会と同じようにクレサラ事件が圧倒的に多い。もちろん刑事事件の受任も数の違いはあっても、島に限った話ではない。離婚事件などで財産分与の対象に牛や田畑が登場する違いがあっても、都会と同じ問題が(例えばDVなども)場所を変えて起こっている。
 このことは、当初「離島」という地域性にばかり目を奪われていた私には意外に思えました。しかし、初日に見た島の風景が、私の生活風景と何一つ変わらず映ったように、事件の性質が島であることを理由として異なるものではないはずです。「偏在化」してみえるのは、実は「潜在化」しているだけであることを、後に記述する広報活動の成果が教えています。

 ただ、事件自体には特殊性がないとしても、離島で行われる弁護士活動には 離島ゆえの障害があります。最初に述べたように島外への交通手段が限られていることです。
博多と壱岐を結ぶジェットフォイル
(海上を時速80キロで進む)
 長崎地裁の本庁で行われる事件(合議事件)や被告人との接見、隣(といっても高速艇で1時間)の対馬での打合せ、法テラスや日弁連の研修会などは1日がかり、船や飛行機の時間帯が合わなければ一泊することも珍しくありません。そのため、出張から戻ると、他の事件の処理に土日を費やすこともあるそうです。もちろん島外の仕事は極力日程を固めて集中させているそうですが、このような弁護士自身の移動上の不便さが、山間の過疎地域とは異なる、 離島ゆえの特殊性であると思われます。もちろん、このような制約は弁護士活動だけではなく、島民全員が受けているものであって、それが離島独特の地域性を作り上げていることも否定できません。
 また、地域自体が狭いため、事件関係者(依頼人だけでなく、相手方)に街中で会うことも多いようです。一度事件として関わった飲食店や宿泊施設などは利用しにくくなるなど、離島ならではの悩みもあります。ただ、弁護士活動としては、ひまわり基金・九弁連壱岐弁護士センター担当弁護士や隣の対馬市で活動する弁護士と事件を分担するなどしており、利益相反が問題になることは少ないとのことです。



4.でも、「島の弁護士」だからすべきことがある
 事件としての特殊性がないとしても、「島の弁護士」としてすべきことがあると浦崎弁護士は語ります。それは法的ニーズの発掘、そして「地域の弁護士」としての公益活動です。
○法的ニーズの発掘
 「携帯電話に変なメールが届いて、すぐにお金を振り込むように書いてあるんですが…」
 ある日、事務所にこのような電話が掛かってきました。架空請求のメールが届いて、電話口の女性は非常に不安を感じているようです。
 「今、どちらにいらっしゃいます? 郵便局の駐車場ですか?」「じゃあ、すぐに事務所に来てください。別にそのくらいで相談料とかはいいですから。」
 事務所に来られた女性に、浦崎弁護士はそれが架空請求であることを何度も説明し、10分ほどで相談は終わりました。エクスターン期間中、非常に印象的な一場面でした。本当に小さな相談ですが、このような相談が壱岐唯一であっても「法律事務所の弁護士」に寄せられてくるには、非常に長い道のりがあったことを感じられたからです。

 法的ニーズの発掘は司法過疎地域であれば最も重要な活動となります。先述したとおり、法テラス壱岐法律事務所が開所するまでは、裁判所で取り扱う事件数も少なく、ニーズそのものがないと思われていました。しかし、ニーズがないのではなく、それが潜在しているだけであることが、地道な広報活動を通じて明らかになりました。浦崎弁護士が赴任当時から続けられた広報活動の経緯を聞いていると、法的ニーズを発掘するために重要なポイントは、(1)法律事務所の存在を地域全体に知らせること、(2)市民自ら法的ニーズに気付くこと、(3)その解決のために法律事務所に足を運んでもらうこと、のようです。
 浦崎弁護士は、赴任してすぐに地元新聞社に記事・広告の掲載を依頼し、また、市役所の協力により法テラスのチラシを全戸配布したそうです。このような形態の活動は、壱岐のように島内で生活が完結した一定規模の自治体がゆえに可能となったことかと思います。徹底的な広報活動の成果もあってか、エクスターン期間中に宿泊した民宿の方や、立ち寄った飲食店の方のほとんどが「法テラス壱岐法律事務所の浦崎弁護士」という名前を知っていました。
 また、市民自ら法的ニーズに気付くように、講演会活動にも積極的に取り組んでこられたそうです。法的ニーズそのものは、必ずしも当事者本人が気付くわけではありません。相談や日常的な付き合い、ほんの些細なきっかけから法的ニーズが顕在化することも多々あります。また、他の過疎地域以上に地域の人的関係が密な壱岐では、「弁護士のお世話になること」自体をためらうことが少なくありません。そのために、浦崎弁護士は、民生委員や自治会の集まりにも積極的に出かけ、当事者だけでなく、周囲の支援者にも弁護士による支援の必要性・可能性を訴えてこられたそうです。また、司法書士や市役所の職員、福祉関係者との勉強会や会合を度々催し、交流を深めています。このように窓口同士を連携させること、周りのサポーターを通じてニーズを発掘することが他の過疎地域と比べても人的交流が特に密着した離島において重要だと考えているのです。
 それでも法律事務所は敷居が高いとの先入観はなかなか拭えなかったようです。そこで、飲食店が入っている商業ビルの3階に事務所を開設し、周囲からは法律事務所に相談に来ていることが気付かれにくいよう配慮しています。このような地道で小さな活動や工夫の結果 が、年間数百件の相談件数へと結びつきました。

法テラス壱岐法律事務所(3階部分)


○「地域の弁護士」としての公益活動
 法テラスのスタッフ弁護士の役割は、もちろん来談者の相談を受け、事件を解決することにあることは間違いありません。しかし、浦崎弁護士は、「地域の弁護士」としての公益活動にも相当の比重を置いています。個々の事件を通じて弁護士として発見した地域の課題を積極的に発信・提言し、よりよい地域づくりに結びつけていくことを 島唯一の弁護士として特に重視しているのです。そして、このような公益活動こそが、「常駐する弁護士」にしかできない活動なのだと、浦崎弁護士は強調していました。
 先述したとおり、浦崎弁護士は壱岐市内の様々な行政委員会に参画しています。地方行政にありがちな「事務局主導」の委員会ではなく、あるべき問題解決の場にするためです。エクスターン期間中、結果的に殺人事件に発展してしまった刑事事件の記録を読みました。この事件では、被告人が事件に先立って心中未遂を起こしていながら、再度1か月後に心中を図り、一名が命を落としてしまったのです。この事件の背景には、自殺予防に関する施策が十分機能していない一面もあります。ある事件を契機に各機関が十分連携できれば、凄惨な結果を防ぐことができたのではないか、こんなに小さな島なのにそれができなかったのは何故か。

 「各機関が横断的に連携して同じことが繰り返されないようにすべきだ」

 浦崎弁護士は、この事件が発生した原因を地域全体の問題として自殺予防委員会の席上で取り上げたそうです。 そして、それが一つの契機となって自殺予防のネットワークが地域の中で動き始めようとしています。
 その他、ひき逃げ事件の被疑者となった母子世帯の母親の今後の生活のため、それまで島内では慣習となっていた実名報道を、各新聞社に直接働きかけて阻止したエピソード、個別の事件と直接関係していなくとも、地元の小・中学生向けに「ジュニア・ロースクール」を開講して消費者被害の問題について学習する機会を設けたり、地元高校に多重債務についての出前講座を開講する法教育の活動など、地域の弁護士としての活動実績を多く聞かせてもらいました(この事件の詳細は、本林 徹ほか編『市民と司法の架け橋を目指して』日本評論社・2008に詳しく載っています)。
 最もその問題に近い立場の専門職、そして一人の住民であること、つまり、地域の弁護士であることと、地域の一員であることが、このような公益活動をする大きな原動力になっているはずです。


5.そして「法テラス」だからできる活動もある
 もちろん、このような公益活動は壱岐だけで行われているものではありません。全国数多の弁護士がこうした公益活動に参画しているはずです。ただ、「法テラス」の制度としての特徴が、スタッフ弁護士の公益活動を一層容易で効果的なものにしたようです。
 まず、 法テラスが公的性格をもつ法律事務所であることです。浦崎弁護士曰く、地方の役場は特定の個人事業者との結びつきを敬遠する傾向があるそうです。この点、法テラスは「国の制度」であるため、行政担当者からも好意的に受け容れられ、「法テラス」の看板を使うことで比較的容易に連携関係が構築できたようです。その上で、行政の側から経済的に困窮する人や、行政では対応しきれない問題を抱える人など、通常の弁護士が手の届かない事案を紹介されるようになりました。
 また、法テラスのスタッフ弁護士は、一定の任期制で、交代することが予定されています。つまり、その地域とは任期の範囲内で関わるに過ぎないのです。このため、不必要に地域のしがらみに捕らわれることもなく、狭い離島であっても、市民との距離感を適度に保つことができます。このような「特殊な住民」となることができる法テラスのスタッフ弁護士だからこそ、「地域の弁護士」としての公益活動もより自由で積極的なものになると感じました。
 そして何より、スタッフ弁護士は事務所の採算をそれほど重視する必要がないことも公益活動を容易にしています。この点について、浦崎弁護士は次のように語っていました。
 「法テラスだからといってお金をもらわないわけではない。対価を得てプロとして全力を尽くすことは、弁護士活動の根本です。でも、お金にならないけど、地域にとって必要なことが実は法テラスの弁護士の活動にとって大事なんです。」
 しかし、この採算に捕らわれないスタッフ弁護士の性格は、一方で自由かつ積極的な公益活動を可能にする半面、他方で法テラス特有の課題となって顕れているようです。







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