対談・インタビュー
Legal Professionals
臨床法学教育特集
分配可能額計算システム


刑事クリニックを経験して

2006.6.29 西舘 畔奈

1.刑事クリニックとは

 刑事クリニックでは、弁護士教員が当番弁護士として事件を受任して、学生が弁護士教員とともに刑事弁護活動を行います。弁護士教員1名、学生4名で構成されるグループごとに、原則1つの事件を扱います。刑事弁護は接見・現地調査・記録の検討・証拠収集・書面作成等に膨大な時間を費やします。そのため、刑事クリニックは春休みと夏休みという長期休暇を利用して実施されています。限られた時間のなかで考えられるかぎりの手段を尽くし、依頼者である被疑者・被告人の身柄拘束からの解放や公判の準備活動に力を注ぎます。

2.刑事クリニックを選択した理由

 私が刑事クリニックを選択した理由は、ふたつあります。ひとつは、法科大学院に入学して2年間、刑事訴訟法の勉強をしていても、それはちっとも机上の枠から出ることはなく、刑事事件の具体的なイメージがわかなかったことです。被疑者・被告人の人権とはいったいなんなのか。埼玉県警でドイツ語通訳アルバイトとして訴追側の補助をしていることもあり、また世間の風潮がそうであるように、被疑者・被告人は「悪」なんだ、という意識がありました。犯人に人権はない、とまではいきませんが、犯罪に手を染めた者の人権を声高らかに主張することが理解できなかったのが、正直な気持ちです。刑事訴訟法の理念、刑事訴訟法がなにを守ろうとしているのか。刑事クリニックの履修を希望したのは、刑事弁護を自ら体験し、刑事訴訟法の真髄の部分を肌で感じ、知りたかったからです。
 刑事クリニック選択のふたつめの理由は、早稲田大学大学院法務研究科は全国に先駆けて刑事クリニック教育を実施していることです。私は、将来自分は刑事弁護をすることはないと思っていました。しかし、このような恵まれた環境を利用して、自分が関心のない分野の世界に一歩足を踏み入れてみるのは有意義なことだと考えたのです。

3.私の担当した事件

 この春の刑事クリニックは、春休みが始まったばかりの2月中旬に始動しました。私の所属する班は、幸運にもふたつの事件を受任する機会に恵まれました。このふたつの事件を担当することにより、私たちは刑事弁護の光と影を垣間見ることになるのです。
 (1)酔っ払い住居侵入被疑事件
 ひとつめの事件は、酒を飲みすぎて他人の家の庭に侵入した男性の、住居侵入事件でした。私たちは身柄を勾留されている男性と接見するために亀有警察署に向かいました。飲酒して記憶をなくすという誰にでもおこるようなことのために、彼は何日間も身柄を拘束されていました。不安そうにアクリル板の向こうに座る依頼人に面会したときの衝撃と緊張感は、いまでも忘れられません。クリニックに戻った私たちは、丸2日かけて被疑者の勾留決定に対する準抗告申立書を作成しました。そのなかで、被疑者は事件当時意識がなく、故意がなかったことを主張しました。一刻もはやく身柄を解放したいし解放されるべきだ、という思いから、東京地方裁判所の夜間受付にて準抗告申立書を提出しました。次の日、私たちの思いが通じたのか準抗告は認められ、私たちの依頼人は身柄を解放されました。あの、準抗告が認められたと聞いたときの感動は、一生忘れないと思います。勾留決定に対する準抗告が認められるのは1%未満で、私たちが認められたのは奇跡的、ということを知って驚いたのは、のちのことでした。
 この事件は不起訴処分となり、全面勝利と言える結果を得ることができました。ただ、そもそもはじめから逮捕・勾留など必要な事件ではなかったのではないか、なぜ逮捕・勾留したのか、なぜ裁判官は準抗告を認めた理由を明確に書かないのか、という点については、腑に落ちず、もやもやした気持ちが残っています。

 (2)返品トラブル傷害被告事件
 ふたつめの事件は、商品の返品をめぐるトラブルで、店員の大腿部を膝で蹴り、怪我を負わせたとされる傷害被告事件です。いま公判で全面的に争っています。私たちが事件を受任したとき、依頼人は既に起訴されていて、逮捕されてすでに1ヶ月以上が経っていました。私たちは3回(受任前に奥さんがしたものも含めると計5回)の保釈請求を申し立てました。知恵をふりしぼり、依頼人にGPS機能付携帯電話を持たせて、弁護人が依頼人の現在地を定期的に確認することを保釈条件とする保釈請求をしたりもしました。しかし、否認事件であり、依頼人が中国人であるせいか、「罪証隠滅のおそれあり」として保釈が認められない状況が続いています。長期間に及ぶ拘置所滞在でふくれ上がったストレスを抱えた依頼人から、「死んでしまいたい」、「自白してはやく終わりにしたい」と記した手紙を受け取ったとき、身柄の解放とはいかに重要なことか、あのときほど弁護人としての責任が肩に重くのしかかるのを感じたことはありません。裁判所という門番は、否認している被告人には門を閉ざしています。それが裁判所のあるべき姿だと考えているのか。本当に保護すべきなのは、誰の、どんな権利・利益なのか。Justiceとはなんなのか。この事件を通して、いろいろなことを考えさせられています。
 このふたつめの事件では、身柄関係だけでなく、公判準備・公判活動にも苦労しています。こちらにとって有力な証拠が開示されず、公判前整理手続に付すことも不要とされました。公判において、裁判長は罪状認否の段階で、実質的には被告人質問と異ならない質問を被告人に浴びせかけ、検察官に対しては好意的です。また、裁判長や検察官が異動や体調不良を理由に次々と交替し、そのたびに期日が延長されました。

4.刑事クリニックをふりかえって

 ふたつの事件の弁護活動の過程において、どんなに壁が立ちはだかっても、依頼人のための努力を続けられたのは、依頼人を想う気持ちと、真剣に意見を交わし合う班の仲間がいたからだと思います。目の前に起きている問題を前に、弁護士教員の助言や問題提起を加え、学生同士が徹底して議論を行うことができました。このように、議論を重ね、依頼人にとってなにがベストなのか、そのために私たちはどのような刑事弁護をすべきかを考えることのできる環境は、刑事にかぎらず、民事弁護でも家事弁護でも必要なことだと思います。ただ、司法修習の場でも、弁護士資格を得たあとでも、このような環境に身をおくことは、ほとんどないのが現状のようです。
 今回私たちが担当したふたつの事件からは、ヒューマン・ドラマと、この社会の構造、この社会のほころびが見える。―刑事弁護の醍醐味、刑事弁護の必要性、守るべきものは何かということが、ちょっとでもわかった気がしただけで、刑事クリニックを履修した意義があったと思います。私は刑事クリニックを選択したとき、自分は刑事弁護には将来かかわらないだろうと漠然と思っていました。しかしいまは、将来法曹資格を得たとき、当番弁護の登録をして、私たちを指導してくださった野隆弁護士教員のいう「国家がたとえ正当な目的があったとしても、その権力が及ぼし得ない個人の自由の領域」を守っていきたいと考えています。
 この4ヶ月をふり返ると、刑事訴訟の理念と実務との間には乖離があること、司法制度改革は到底完全ではないこと等、刑事弁護の現状について残念に思う点が多くありました。多様な人材が集まっている法科大学院のリーガル・クリニックには、常識にとらわれない視点で、広く社会に、さらなる司法制度改革の必要性を訴えかける役割を担ってほしいと考えています。たとえば、法科大学院間の連携や弁護士ネットワーク構築などを通し、作業を効率化したり、意識を共有したりできるようなシステム作りが必要だと思います。
 ふたつめの事件である傷害被告事件はまだ続いているので、一刻もはやく依頼人の身柄を解放し、そして裁判では無罪が認められるよう、力を尽くしたいと思います。


西舘 畔奈
2004年、東京都立大学法学部政治学科卒業。同年、早稲田大学大学院法務研究科入学。