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民事クリニックにおける公益弁護
 〜習志野ボートピア訴訟のご紹介〜


2006.6.29 河崎 健一郎

1. 千葉県に習志野という街がある。東京駅から30km圏内に位置し、文教住宅都市を宣言する閑静なベッドタウンである。その習志野市の南部、JR京葉線新習志野駅の南側に、競艇の場外発売場、通称「ボートピア」と呼ばれる施設(中央競馬での「WINS」に相当)の建設が、いま急ピッチで進んでいる。

2. この施設の建設を差し止めて欲しい、というのが無料法律相談会を訪れた建設予定地周辺住民の要望だった。司法的手段による解決を模索したいが資金がない。無料で受け付けてくれる民事クリニックの噂を聞きつけて、訪ねてきたのだという。
これが2年前の秋(2004年12月)のことだった。

3. この事件を民事クリニックで受任することについて、担当教員は当初は否定的な見解を持っていた。原発や有害工場などのような直接的に身体・生命に影響を与えることが明らかな施設ならともかく、単に嫌忌施設であるギャンブル場というのでは、被侵害利益が弱いのではないか、また余りにも問題が大規模かつ高度であって学生の教育を目的とする民事クリニックという枠組みには馴染まないのではないか、との懸念があったからである。

4. しかし学生がチームを組んで判例調査や法令調査、類似事例の調査などを繰り返すうちに、幾つかの新しい発見があった。ギャンブル場の営業に伴って短時間に集中的に利用者の車が乗り入れるために重度の交通渋滞が引き起こされることは、周辺住民の通行人格権を侵害するとして施設の建設を差し止めた判断注1を見つけたり、埼玉県でのボートピア建設を争った裁判の中で示された、モーターボート競走法(公営賭博としての競艇事業の違法性を阻却する根拠法)には競艇場内での舟券販売を認めた規定しか存在せず、明文の委任なく省令で場外発売場設置確認を行っている現行の制度自体が委任立法違反で違法であるとした東京地裁の判断注2等が明らかになってきたのである。
折しも2005年の4月から、改正行政事件訴訟法が施行され、処分が行われる以前からの予防的差止訴訟(同法第3条第7項)、委任立法違反の省令の違法確認を求める公法上の確認の訴え(同法第4条)といった行政訴訟を活用する新しい制度が導入され、行政訴訟に対する機運が丁度盛り上がりを見せていたことも、私たちを後押しする結果となった。

5. こうして問題解決の武器となる幾つかの調査結果を得てはいたものの、施設の建設差止めという性質上、交渉や政治的解決がなされるのであれば望ましいと思われた。習志野市に対して住民投票条例の制定を求める住民の直接請求(地方自治法第74条第1項)が企図され、住民は活発な署名運動を展開し、法定の必要数注3を大きく上回る1万1千人余の署名を集めることに成功した。
 建設賛成派が多数を占める市議会は結果としてこの直接請求を拒否したが、署名集めの過程を通じて反対運動に参加する住民の横連携が確立されてきたこと、住民たちが実際に手を動かすことによって運動へのコミットメントが高まったことには、大きな意味があったのではないかと今では感じている。

6. 政治的解決の道が遠のいたことで、2005年3月末、場外発売場設置確認を定めるモーターボート法施行規則(国土交通省令)第8条の違法確認及び、同条に基づく確認処分の予防的差止めを求める行政訴訟を東京地裁民事第38部(行政専門部)に提起した。同時に建築主体となる民間企業に対して建設工事の差止めを求める民事訴訟を千葉地裁民事第1部に提起した。

7. 訴訟提起から1年余り、いずれの訴訟でも期日は10回を数え、その間に提出した準備書面等の資料は10本以上に及んでいる。訴状を含めそれらの全ての書面は、学生が起案したものに担当教員がアドバイスをし、学生が再度修正して完成したものである。
準備書面を起案するにあたっては、紛争の現地を訪れて実地調査を行った。加えて国土交通省への情報公開請求や東京近郊のギャンブル場の調査など、判例調査や事案分析に留まらない、幅広な勉強の機会となった。

8. 民事クリニックに持ち込まれる案件は受任能力と教育効果の側面から一定のふるいに掛けられている。その多くは一般民事事件、家事事件であり、扱っている金額は比較的少額で、緊急性も低いものが多い。それらの中で、私たちが扱った本案件は、幾つかの面で際立った特徴を有していると思われる。

9. 一つには本事案が行政法の論点を多く含んだ行政訴訟である点である。

10. そして本事案には関係者が多い。原告側は周辺住民及び周辺の文教施設、医療施設に関わる人が多く関わり、直接的に原告団に名を連ねているものだけでも28名に及ぶ。被告側も直接的に被告となっている国(国土交通省)や建設主体となる民間会社以外にも、その親会社、習志野市、競艇事業の実施主体(施行者)となる東京都六市競艇事業組合、東京都三市収益事業組合、競艇ビジネスの総元締めであるモーターボート競走会連合会など多岐にわたっている。関係者の広がりにおいてこれほど大規模な案件は民事クリニックでは他にない。

11. また解決までに長期間を要する点にも特色がある。民事クリニックは授業単位として組み込まれている関係上、扱う案件は小規模・簡易なものが基本となり、問題解決は半期内に終えることが原則となっている。対して本案件では最初の相談から現時点までで既に1年半余りが経過しており、今後も相当期間継続していくことが見込まれている。この間に担当学生の中には卒業したものもおり、メンバーの入れ替えが発生している。

12. 最後に、本件が住民を主体とした公益型訴訟である点に最大の特徴があるといえる。

13. 私は二年ほど前、それまで勤めていたコンサルタント会社を辞めて今の道を選んだ。一コンサルタントとして目の前の問題解決を迫られたときに、法的観点・税務的観点を踏まえることの必要性を強く感じていたからだった。
入学してからのカリキュラムは良く考えぬかれ充実したものであったが、条文や法原理を頂点とする演繹的な知識習得に重点が置かれていたことは否定しがたい。それはそれで必要な基礎的トレーニングであるとしても、社会人としての自分が最も成長した瞬間は、実際の仕事を通じてのTry&Errorであったことを思い出すとき、民事クリニックのような臨床教育プログラムこそが、実務家養成機関としてのロースクールに対して私が最も期待していた授業内容、まさにそのものであったといえる。

14. とはいえ今後の課題と感じたことも何点かある。一つには「大規模」「長期間」にわたる事件を受任した場合の学生チームの作り方の問題である。通常の民事クリニックは一つの班に4名が所属し、担当教員1名がこれにアドバイスをする形式を取っている。しかし本件では扱う領域が膨大なものであるため、参加した学生メンバーは延べ11名に及び、期間が長期に渡ることでメンバーの入れ替わりも頻繁に生じることとなった。このような大きなチームを運営していく上での情報共有の問題、教育効果に偏りを生じさせないためのタスク分担の問題、どんなに時間を使っても得られる単位が2単位に留まることと作業量のバランスの問題など、こういった比較的大規模、長期にわたる問題解決に対する民事クリニックとしての制度的な準備が今後必要になってくるものと思われる。

15. また、このような公益型訴訟においては特に、依頼者である住民たちとのコミュニケーションが重要であると感じた。関係者数が多くなり、情報伝達の密度が低下すると、それに比例して運動のエネルギーも低下してしまうのはプロジェクト運営において良く見られる光景である。私たちの担当教員の弁護士はこの点に重点を置いており、法廷での期日の度に、傍聴席に訪れた住民を相手に、その日に法廷で行われたことの意味、今後の展開などについてブリーフィングを行っている。司法的解決を、限られた専門家だけのブラックボックスにしないで、依頼者と一緒に考え、一緒に闘う姿勢を示していく上で重要なプロセスであると思う。
 とはいえ時間の制約もあり、弁護士にとっては当然でつい端折ってしまう部分も存在する。そのようなコミュニケーションギャップを埋めるのに、学生はもってこいの存在だと思う。法律を学び始めて日が浅い分、より一般の人の肌感覚に近いところから、依頼者の方々に提供できるものがあるかもしれない。

16. 若干の課題点を挙げてきたが、それでもなお、本事案のような公益型の訴訟案件を民事クリニックが受任することは可能なことだし、また必要なことだと私は考えている。
 このような公益型訴訟の多くはカネにならず、関わろうとする法曹の数はさほど多くないのが現状である。その数少ない法曹にしても、整備された制度的な司法的支援の枠組みに基づいて活動しているわけではなく、個々の法曹のプロフェッションとしての倫理観、使命感に頼っているのではないだろうか。司法改革の波の中、今後数多くの法曹が誕生していく中で、弁護士会のあり方も、根本的な動揺を避けることが出来ないものと思われる。あるいは合理的、合目的的に行動するビジネスライクなスタイルの弁護士が大多数を占める時代が来るのかも知れない。そうした流れの中で、カネにならないこうした種類の訴訟に対する社会的要請をしっかりと受け止めていくことのできる数少ない制度的枠組みが、ロースクールにおけるクリニックの取り組みなのではないかと思うのである。

17. 私の関わった本事件の結末がどのような形になるのか今はまだ分からない。ただ少なくとも本事件を受任したことにより、民事クリニックに求められている重要な一つの役割が、おぼろげながら見えてきたのではないだろうか。そう問題提起して拙い小文の結びとしたい。



注1 福岡高裁那覇支部決定平成8年12月26日・判例集未登載
注2 東京地裁判決平成13年12月27日・判時1820号59頁
注3 選挙権を有する者の総数の50分の1以上の連署が要件



年表
2004.3ボートピア習志野設置の動きが表面化。地元住民が次々に反対を表明。
2004.6習志野市がホームページにてボートピア習志野の計画概要を発表。
2004.12民事クリニックにて初回法律相談。
2005.2住民らが署名を集め「ボートピア習志野」建設について市民の賛否を問う住民投票条例の制定を市議会に請求。
2005.3習志野市議会が住民投票条例案を否決。これを受け東京地裁、千葉地裁にそれぞれ訴訟提起。
2005.8施設の建設主体となる民間企業が国土交通大臣に対し設置確認申請、約2週間後に設置確認。施設建設開始。
2006.6訴訟追行中。



河崎 健一郎
1999年、早稲田大学法学部卒業。
その後、外資系コンサルティング会社勤務を経て、2004年、早稲田大学大学院法務研究科入学。