対談・インタビュー
Legal Professionals
臨床法学教育特集
分配可能額計算システム



台湾の司法制度改革

―台湾法務部司法官訓練所での経験から―(1/4)
2006.6.29 矢上 浄子


<目次>

1.台湾法務部司法官訓練所でのプログラムに参加して
2.台湾の司法制度の概要
(1) 法曹養成システム
(2) 女性法曹の活躍
(3) 「開かれた司法」への努力
3.台湾の司法制度改革の概要
(1) 台湾の民主化と司法制度改革
(2) 刑事司法改革の概要
(3) 行政裁判所の役割への期待
4.おわりに


1.台湾法務部司法官訓練所でのプログラムに参加して

 2006年3月、早稲田大学大学院法務研究科の短期派遣留学生として、 台北市にある法務部司法官訓練所で行われた3週間のプログラムに参加した。同訓練所は、 台湾全土の司法官試験(裁判官と検察官の任用試験)の合格者らが司法修習を受ける施設であり、 弁護士の修習を行わない点を除けば、日本の司法研習所に相当する。近年はカリキュラムの国際化に力を入れており 、海外の法曹養成機関との提携を通じた学術交流等にも積極的に取り組んでいる。今回のプログラムも、 昨年5月に早稲田大学大学院法務研究科と訓練所との間で締結された学術交流協定に基づき実施されたものである。
 今回が初めての実施ということもあり、現地では私たち参加者注1の希望を最大限に取り入れた、 短期間で台湾の司法制度を俯瞰できる充実したカリキュラムを組んでいただいた。
 カリキュラムの内容は、訓練所での講義のほか、各級裁判所・検察署の見学、 各種行政機関や企業法務部・法律事務所の訪問、修習生との交流会、 台湾南部地方への視察旅行など多岐にわたる。幸運だったのは、 各方面の法曹関係者との幅広いネットワークを持つ訓練所の配慮で、 司法制度改革に精力的に取り組む現役裁判官や検察官、日本での留学経験を活かし 台湾の法改正に貢献されている大学教授、台湾経済界の第一線で活躍する渉外弁護士や企業内弁護士など 様々な法曹関係者にお会いし、台湾の「生の」法律に触れる機会を数多く得ることができた点である。 このような機会を通じ、急ピッチで進められている台湾の司法制度改革の現状を知って大いに開眼させられるとともに、 時を同じくして司法制度改革を進める日本にとっても多くの示唆があるのではないかと強く感じた次第である。
 以下、訓練所での体験を踏まえ、台湾の司法制度に関し、特に興味を引かれた点についてまとめてみたい。

2.台湾の司法制度の概要



(1) 法曹養成システム

 台湾では、裁判官および検察官を「司法官」として統一的に選抜・養成し、弁護士については資格試験を課し別途養成するという、 二元的な法曹養成システムが採用されている注2。 司法官試験は、裁判官及び検察官の任用試験として、毎年一回実施される。受験資格は18才から55才までの法律・政治・行政の学位取得者に与えられる。近年の合格者数は 毎年100名前後で、合格率は2〜4%とかなり低い。文系学生にとっての最難関試験である点は、日本の現行司法試験にも通じるものがある。
 他方、弁護士試験は、最低基準を満たせば合格できる資格試験として位置付けられている注3。合格者数は毎年300〜500名前後、率にして3〜15%程度である。試験科目注4 が司法官試験とほぼ重なることから、司法官試験と弁護士試験の両方に挑戦する受験生も多いという。
 司法官試験の合格者らは、法務部(日本の法務省に相当)の管轄下にある司法官訓練所で実務修習を受ける。修習期間は2年間で、入所後2週間の導入教育を経たのち、 @5ヶ月間の各種行政機関での実務研修、A7ヶ月間の訓練所での前期総合修習、B10ヵ月半の裁判・検察修習、C1ヵ月半の後期総合修習という4段階のカリキュラムからなる注5
 私が訓練所に派遣されたのはちょうど前期総合修習の期間であったが、修習生らが、門限10時という厳しい寮生活のもと、事実認定や捜査実務の基礎、起案演習などの 法律実務科目から、体育実習や外国語演習、コンピュータ研修といった教養科目に至るまで、ぎっしり詰まったカリキュラムに真剣に取り組んでいる姿が印象的であった。 修習後の配属先については、検察官になるか裁判官になるかも含め、修習の成績順に選択権が与えられる。将来の進路が懸かっているとあり、修習生らは日々大きなプレッシャーを 感じているようであった。
 私が参加させてもらった修習プログラムの中でも特に印象深かったのは、鉄道局での一日研修である。この研修では、台北−高雄間を高速で走る特急列車「自強号」を自ら 運転し、急ブレーキの制動距離を体感するというブレーキ訓練まで用意されていた。この訓練は将来裁判官・検察官となる修習生らの事件処理における判断能力を高める目的で導入されたのだそうだが、台湾の大動脈とも言える西部幹線の基幹設備が、この急ブレーキ訓練のために供されるという事実に、台湾の司法官養成に対する支持と理解の深さを見た気がした。
 訓練所の教官によれば、近年、予備校の普及などから合格者の若年化が進んだ結果、裁判官・検察官の経験不足が問題視され、いかに修習生らの知見を広げ、高い倫理観と職業意識を養わせるかが訓練所の大きな課題になっているという。修習期間の初期段階に行政機関での実務研修が課されるようになったのも、修習生らの経験不足を補うことを目的としたものであろう。その局面から言えば、前述した訓練所の海外の法曹教育機関との提携も、修習生らの国際的視野を拡げる役割の一端を担っているのかもしれない。
 なお、弁護士試験の合格者には、中華民国弁護士連合会(日弁連に相当)により実施される1ヶ月間の講義受講と、派遣先の法律事務所での5ヶ月間のオンザジョブトレーニング からなる6ヶ月の初任研修が課されるのみである注6 。講義時間自体も司法官訓練所に比して少なく、また トレーニングの内容も受入れ事務所によりばらつきがあることも指摘されており、初任研修の内容の一層の拡充が望まれている。
 もっとも、後述する「全国司法改革会議」 注7においては、現在の二元的な法曹養成システムを改め、日本やドイツのような法曹三者を統一的に養成するシステム、いわゆる「三合一」制度への移行がアジェンダの一つに掲げられており、近い将来の実現が見込まれている。また、裁判官についてはレベル向上の要請が強く、アメリカのようにある程度経験を積んだ弁護士・検察官の中から裁判官を登用するという制度も提唱されている。さらには、日本や韓国に倣い、現在の法学部中心の法学教育を改め、アメリカ型のロースクール制度を導入すべきとの議論もある注8 。 今回、台湾の法曹関係者らから日本のロースクールの実態や具体的なカリキュラムについて多くの質問を受けたことからも、制度設計に対する関心の高さが窺われた。今後の台湾の法曹養成システム改革の動向に注目したい。


注1 今回のプログラムには、私も含め法務研究科の3年生2人が参加した。
注2 台湾の法曹養成については、鈴木賢教授の「台湾の法曹制度」広渡清吾編『法曹の比較法社会学』(東京大学出版会、2003年)223頁以下を参考にさせていただいた。
注3 弁護士試験について定めた「律師考試規則」19条では受験者数の16%を合格とする旨規定されているが、実際には最低基準を満たせない学生が多いという(鈴木・前掲注2・244頁参照)。
注4 筆記試験の科目は憲法、国語、民法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、強制執行法、国際私法、商事法、行政法である。司法官試験の筆記試験突破者には二次試験として口述試験が課されるが、弁護士試験は筆記試験のみである。
注5 「法務部司法官訓練所司法官訓練規則」10条。@の行政機関での実務研修は、2004年7月の改正で新たに設けられた制度である。
注6 「律師職前訓練規則」5条。なお、弁護士の初任研修のカリキュラムは中華民国律師教会全国連合会のウェブサイトで見ることができる。URLはhttp://www.twba.org.tw/tran.asp(2006.6.20)
注7 司法院『全国司法改革会議結論具体措施時間表』参照。URLはhttp://www.judicial.gov.tw/(2006.6.20)
注8 司法院『2005年司法院邀請法学界参与司法改革座談会建議事項本院弁理情形表』参照。URLはhttp://www.judicial.gov.tw/(2006.6.20)   

次のページへ >