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2006.6.29(井桁大介、犬童淳平、趙誠峰 )

【第1回】
1.はじめに−二つのキーワード


山野目: Law&Practiceの創刊号に載せることになりますこの対談は、テーマを、法科大学院教育における理論と実務の架橋、ということにさせて頂きました。
 このテーマから二つのキーワードを拾って欲しいという気持ちがこめられております。

 二つと申し上げましたのは、一つは「法科大学院教育」ということであり、もう一つは「理論と実務の架橋」ということであります。

 それぞれに一定の思い入れがありまして、「法科大学院教育」というのが一方のキーワードになっているというのは、言うまでもなくこの雑誌、媒体が、早稲田大学の法科大学院の学生諸君を主体的な担い手として作られるものであるからこそ、まさにその法科大学院教育の中で育まれて行くであろうこの雑誌の、一つのキーワードとして法科大学院教育というものを考えてみたいということであります。
 それから、もう一つに、「理論と実務の架橋」ということがございます。これは、また後でお話に出てくるとは思いますが、司法制度改革審議会の意見書がこの法科大学院制度発足の、非常に重要なきっかけを提供しましたが、その中にまさに理論と実務の架橋という言葉が出てまいります注1。それが、法科大学院教育の実践の中で、どういう風な意味合いをもって、今受け止められているのか、ということを、今日話題にしてみたいと思います。

 そういう風な見地がありましたので、まさに今回のこの対談でございますが、理論と実務の架橋というそれぞれ架橋される両側の、半ば当事者であるといわなければならないであろう、研究者教員と実務家教員の対談ということで、仕組んでみました。

 私は、早稲田大学の法科大学院で民法を専攻して研究に従事する傍ら、いくつかの科目を担当しております山野目と申します。
 担当している科目は、一年生の民法の基本科目に加えて、二年次の、これは村田先生と一緒にそれぞれクラスを分け合って担当させて頂いているのですが、民事法総合V注2という科目を持たせて頂いており、さらには三年生で先端科目としていくつかの科目を担当させて頂いております。
 本日の対談のお相手をして頂けることになった村田先生は、司法研修所の教官も経験され、現在は、東京地方裁判所の判事でいらっしゃる、民事裁判のエキスパートでいらっしゃいます。それと同時に、早稲田大学が派遣判事としてお迎えして、今非常に精力的に学生諸君の相手をしてくれています。

 今日は村田先生、大変お忙しいところを学生諸君の要望を容れて、この対談のお相手をお願いすることができました。
 なお、対談という形式をとっておりますけれども、時折、いわばバイプレーヤーとして、学生諸君の生の声も反映させたいと思いますので、ご発言頂く機会があるであろうと思います。

 この対談の趣旨は大体このようなことであります。二つのキーワードといったようなことを申し上げましたけれども、大体このようなアングルでお話を進めて行くにあたって、まず村田先生の方からですね、最初に、こういうテーマについて、大雑把にどういうふうな所感を今のところ抱いておられるかということを、お尋ねしたいと思います。

村田: 現在、東京地方裁判所で民事裁判を担当しております村田でございます。平成16年4月から3年間という申し合わせで、裁判所からの派遣教員として、特に2年生の後期に割り当てられております民事訴訟実務の基礎という科目注3と民事法総合Vという科目を担当させていただいております。

 お話にありました二つのキーワード、「法科大学院教育」と「理論と実務の架橋」ということにつきまして、若干考えていることを述べさせていただきます。

 まず、「法科大学院教育」ということですけれども、法科大学院は、本来的に実務法律家、実務法曹の養成を主目的にして設立されていますので、理想的な法曹といいますか、法曹に望まれるものとして何が必要かということを考えてみたいと思います。第1に、法曹は、ある事件を与えられたときに、どこに問題があるのか、この事件を解決するためにはどんなことが必要かということを考えなければいけないということです。そういうことが考えられる能力というのは、事実調査能力、法的分析能力といわれたりします。第2に、その調査したところ、あるいは分析したところを具体的に書面なり、口頭なりで表現しなければいけない。これが説得的な表現能力ということになります。第3に、実際に、訴訟における相手方の証拠と自分の側の証拠等を精査・総合して、実際に、真実はどこにあるのかということを認定することになります。これが事実認定能力ということです。さらに、これらとはちょっと違った能力あるいは資質になりますが、第4に、法曹としての高い倫理観あるいは職業意識というものを持たなければいけない、といわれています。
 これが法曹に望まれるもの、あるいは法曹としての資質として重要なものということになります。

  実は、このことは、実務法曹の多くの方が考えていることでして、この法曹に望まれるもの、資質というものの考え方は、司法制度改革審議会の意見書にも反映されている注4ところでございます。
 したがって、これらの能力を涵養できるような教育をすることが、法科大学院に望まれることということになります。

 理論と実務の架橋という観点から具体的にいいますと、まず現在の法曹養成制度を前提とする限り、司法試験合格後になされる司法修習、あるいは司法修習における実務修習というものの存在注5を抜きには語れないのではないか、と思っています。
 そうしますと、実務教育の主幹、根幹といいますか、主たる部分は司法修習で行われるということを前提として、法科大学院教育が果たすべき役割を考えるべきではないかと思っております。
 司法修習では、法科大学院において習得した法律知識や実務の基礎的な素養を前提として法律知識の深化とともに、実務に応用できる能力の涵養を目指すということになっておりますので、これらを前提として法科大学院における教育がどのようにあるべきかを考えるべきではないかと思います。

 これまでの司法修習を考えますと、少し言葉は悪いのですが、判例理論を中心とした実務教育に偏していた、あるいは特化していた部分があります。それはそれなりのニーズがあってなされていた部分もありますが、そのような、司法修習と法学部における理論教育との関係や役割分担といったものは、これまではあまり考えられていなかったように思います。
 そこに、今回プロセスとしての実務法曹の養成を主目的とする法科大学院が創設されたわけですから、法学部における法理論教育、次の段階の法科大学院における法曹養成教育、そして司法修習あるいは実務修習における実務教育、これら三つの教育の適正な役割分担というものを、改めて検討すべき時期に来ていると思います。そして、現時点での考え方としては、法学部は広い意味での一般教養としての法学教育、法科大学院は理論面の法学教育とともに法律実務の基礎部分の修得、司法研修所は理論面の法学教育の深化と法律実務知識等の応用的修得という方向性で役割分担を考えるのがよいのではないかと思っています。
 そうしますと、私の全く個人的な見解ですが、法学部での法学教育は、実は広く浅くでも結構です。他方、法科大学院における法学教育、法曹養成教育は、理論面では、先端的な部分を含めて、広くかつ深い教育というものが望まれるのではないかと思っております。法科大学院では理論としての法律学にどっぷり浸ってもらって、じっくり足腰を鍛えてもらいたいと思っております。
 ところが、法科大学院の学生を指導していると、特に2年生、3年生になると、司法試験を意識しすぎるあまり、小手先だけの条文知識や、択一問題解答のための知識、あるいは論点の学修のみを大切にして、法的思考力の涵養という部分を疎かにする傾向があるように感じます。

 法科大学院の学生には、せっかく法科大学院で勉強するのですから、小手先のことではなくて、法的思考力を十分に涵養することができるような、いわゆる足腰を鍛えるというか、いわば骨太の勉強をすることに意を用い、力を注いで欲しいと思っています。






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