対談・インタビュー
Legal Professionals
臨床法学教育特集



2006.6.29(井桁大介、犬童淳平、趙誠峰 )

【第2回】
3.第二のキーワード−「理論と実務の架橋」(続き)
◆骸骨の裸踊りという批判に応える


村田: それは、よくいわれることですね。骨と皮だけで成り立つのが要件事実で、がい骨の裸踊りだと言われる弁護士さんもいらっしゃいますね。しかし、この批判あるいは揶揄は、要件事実論というものを十分に理解していただいていないことから生じているのではないかと思っています。

 要件事実論の基本的考え方は、まず第1に、民法がどういう事実があれば権利が発生すると規定していますか、どういう事実があれば権利が消滅すると規定していますかということを問うことだと思っています。実務では、そこに肉をつけるのです。大切なことは、この肉は権利の発生には不要ですよと、この骨だけで権利は発生しますよと、こういうことが分かっていれば、全く問題ないのですが、それが十分に理解されていないと困るのです。

 確かに、肉があって、形がついてきて、やっと人間らしくなる。そうすると親しみももてるというようなこともあるとは思いますが、要件事実論に関する教育的観点からいうと、要件事実論とは、権利の発生要件あるいは消滅要件として、何が必要で、何が不要かということを民法の条文等に従って正確に分析し、考えるという訓練をするものなのです。そして、民法を適用するために必要な事実の分析についてを正確に分析し、考えるというのが理論としての要件事実論の基本だろうと思います。

 法科大学院における教育の場では、このような理論的な分析・思考ができるかということを問うているわけです。そのときに、すこし肉付けをして、この肉もあっていいじゃないですかといわれてしまうと、この肉の部分が、 例えば否認されて証拠によっても認定することもできないが、骨の部分は争いがないということになった場合、この肉の部分をしっかりと立証したいから、証拠調べをしてくださいよと主張することが相当かどうかということです。これは、理論的には不要ですね。

 ですから、まず、骨の部分は何かということを理解してください。それを踏まえて、第2段階として、肉付けをすることによって、この権利は確実に発生していることが印象付けられ、あるいは説得的な主張となる。ただ、これは第2段階なんですね。第3段階は、さらに服を着せて、これで完成品ですとするのですね。つまり、要件事実論を勉強してもらうのは、その骨の部分が何かを理解してもらうためなのです。それは、次の段階の検討を行うための基礎的素養なのです。

 確かに、肉付けをして、服を着せてやりたいと思うのは、人情として当然ですよね。例えば、実際の訴訟において、所有権に基づく物の返還請求訴訟で、原告が所有している、被告が占有している、よって明け渡せという要件事実の理論では、料理で、骨だけを食べなさいというようなものでして、ここには肉がないと料理にならないわけです。ただ、そういうものを、我々は教場で教えているつもりはないのですよ。服を着せて、肉を付ける前に、まずはじめに、骨格はどうなんだろうということを考えてみてください。肉付けは、その後で、例えば法文書作成の科目等といった別の授業でやりましょうということです。まず、民法として理論的分析をしっかりできるようにすることが大切であり、そのような分析や条文解釈をするのが要件事実論だと思っています。


 実は、民事裁判における法律構成というのは、このような骨格構成というわけです。骨格がしっかりしていると、後で肉をつけても贅肉になりません。要するに、骨格をしっかりと組み立てられるような頭脳を持って欲しいという思いで、要件事実論に関する教育を行っているのです。
 
学生: ご説明は非常によくわかるのですが、それを突き詰めると、要件事実論が暗記に傾いてしまうのではないでしょうか。もしかしたら、骨の部分は暗記をした方がよいということなのかもしれませんが。
 
村田: いや、骨の部分についても暗記では困ります。学生にマニュアル志向が強いものの一つとして要件事実論が挙げられていますが、それは間違っていると思います。例えば、売買の要件事実、消費貸借の要件事実は、条文を読めば、暗記しなくても抽出できるはずです。条文に書いてあるのですから、そもそも暗記は不要でしょう。


 他方、学生に考えてもらいたいのは、具体的な事例問題等が出されたときに、その事例における要件事実の分析をどうするかということです。相手方の主張の位置付け、自分の主張の位置付け、これをどのように組み立てていくかが要件事実論の面白さであって、そこに暗記の要素が入る余地はないはずです。
 ですから、要件事実は暗記科目だという意見を聞くと、内心忸怩たるものがあるというか、悲しくなってしまうのです。

 
 まず、民法の要件事実は何ですかと問われれば、条文に答えは書いてあります。条文を見て、この条文の構成から、あるいは判例の考え方から、どのように要件事実を構成すればよいかを考える。そして、条文がないものについては、民法や判例に関する知識などを総合して、自分の頭で考えるのです。


 実際の問題点を見つけるときに、民法の類型的な要件事実は法律に書いてあるけれども、これを実際の事件に適用するということになると、個々の事案に即して臨機応変に、かつ柔軟に変更しなければなりませんから、これを自分の頭で考えるのです。これが民法学、要件事実論の面白さだと思います。ですから、決して要件事実は暗記モノだなどと思わないで欲しいのです。
 
山野目: 今おっしゃったことで、多分、前半部分と後半部分は、性質が違う問題であって、分けて考えたほうがよいと思います。


 前半部分の、肉をつけたくなる気持ちというお話との関係で言えば、私は、肉をつけてもよいと思います。ただ、ある部分が肉なのか骨なのかの区別はつけてもらう必要があるのであって、軟骨みたいな状態を一番心配しています。
 例えば、金銭消費貸借契約に基づいて貸金返還請求訴訟をするときの原告になる貸主が出す訴状には、実際上は、お金を返してもらってないということを、きっと書きます。それを書かない訴状は確かに、非常に不自然です。その不自然なことを嫌って、肉をつけていただいても一向に構わないし、それを書いたら、その訴状は訴訟法的に無効なのかというとそんなことも決してありません。そして、恐らく弁護士の先生は実務上そういうふうにしてます、とおっしゃるのかもしれません。
 しかし、要件事実の授業や試験でそれを含めると、先生が目じりをぐっと繰り上げて、お前それを請求原因だと思っているのか、と言って怒り出すのは、先行否認という性質をしっかりと理解しているか、それとも本当に請求原因事実だと思っているのか、そこのところがきちっと切り分けられていないからなんですね。教育の場面で行われている要件事実論としては、そこは切り分けて正確に理解して頂きたい。わかったうえで、意図的に、それを明示した形で肉をつける分にはかまわないということはいえるのではないかと思います。

 
 それから、後半部分についてですが、要件事実論に関しては、今、学生諸君の間に、暗記というか、マニュアル志向が全国的に広がってきていて、憂慮すべき状況になってきています。マニュアル志向でものを考えるということは、要件事実論に限らず法律の勉強一般において、絶対にやめていただきたいというふうに思います。


 暗記ではないということを一番わかりやすく気づいていただけるのは、民法の学説が甲説乙説と分かれているときに、要件事実論がどちらかの説を打ち消すことは論理的にありえない、ということです。そこが誤解されがちなのではないかと思います。
 例えば、研修所の本を読むと、両説のうち、甲説を採用しているとします。そのときに、民法の教科書に書いてある乙説は否定されるわけだから甲説を暗記して、それを前提とする請求原因、抗弁の割り振りを覚えればよいというイメージを持たれることがあります。
 しかし、きちんと議論を整理しなければいけないのは、甲説を採ったときの要件事実の整理と、乙説を採ったときの要件事実の整理と、どちらもあるのです。

 確かに、今までの司法研修所の教材は、民法上甲説乙説があるときに、実務上通説となっている甲説を前提に要件事実がまとめられていることが多いでしょう。しかも、司法研修所は、『問題研究』注16にせよ、『紛争類型別』注17にせよ、教場で先生が解説しながら使われるのが前提になっていますから、非常にコンパクトに書いてあります。そうすると、あそこに書いてあること以外のことは間違いであって、あそこに書いてあることを覚えればそれで足りるというイメージが、段々と醸し出されますが、それは、その教材の意味を正確に理解していないということになるでしょう。

 要件事実の教科書に書かれていない民法の説を主張する学者が、私は乙説を主張していて、これを前提にブロックダイヤグラムを描くとこうなるんだ、と言ってくれれば、裁判官との対話のひとつの局面を提供してくれることになって非常に面白いと思うんですよ。そこまで、学生諸君に全部付き合ってくれというわけではありませんが、裏返していうと、村田先生がおっしゃったように、暗記科目ではないということは間違いなくいえるような気がします。




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