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2 阿野先生の経歴

――次に、先生は弁護士としてこれまでどういう経歴を辿られてきたのか教えていただけますか。

阿野: 1988年の4月に弁護士としてスタートして、最初はもちろんいわゆる勤務弁護士。1人の弁護士がいて、そこで初めて勤務弁護士をとるという方のもとについて、3年ぐらい仕事をしましたね。 そのあと、ちょっと事情がありまして移籍して、また同じ形態の事務所で6年ぐらいやったかな。6、7年。あわせて10年ぐらい勤務弁護士をしました。

――では、そこから独立した理由はなんですか。

阿野: 最初の事務所も次の事務所も、いろいろ指導を受けて経験を積ませていただいたけれど、経験を積んでくると、事件によっては、処理方針なんかでどうしても先輩弁護士との間でズレが出てくることも多くなるのです。特に1対1ですから。それに、弁護士は最終的に自分で判断してする仕事ですから、独立しようと考えて、現在のオフィスをちょうど10年前に開いたんですよ。それから、ずっと一人でやってきました。今の時代から言えば、まさに時代から取り残されたような形態とは言えるけど、まだまだ多いですよね、こういう弁護士はね。でも、これからの人がこういう形でやるのは大変なんだろうなと思いますし、難しくなるような気がします。

――ええ、都心はそうかもしれませんよね。でも、地方ですと、個人事務所がそれぞれの地方に1、2箇所あるだけの町も多いでしょうし、先生のような個人事務所の形態がまだまだスタンダードなのかなと思っていますが・・・。

阿野: そうですね。そういえば、ある地方都市に旅行に行って裁判所の周辺を歩いたとき、驚いたのは、個人事務所でも一戸建ての事務所が多いこと(笑い)。これからは地方も、どういう形態の法律事務所が適当かは難しいですよね。


――法曹人口との関係で、ですね。ところで、先生はそうやって独立されたのですが、最初は会計とか、法律以外の仕事も全部自分でやられたのでしょうか。

阿野: 僕の場合、その点は恵まれていましてね。親族に税理士がいて、それに、今は会計ソフトがあるから、秘書に金銭の出入りを画面に打ち込んでもらえば自動的に資料ができて、それを税理士に送っちゃえば後は全部やってくれるんです。でも、最初からこのようなやり方でするのは、本当は良くないのかもしれませんね。後で話しますが、個人事務所に近い形でやっている同期の親友がいるんですよ。彼は、最近まで自分で申告していました。彼のようにやれば税金の知識が豊富になるし、本当はその方がいいと思います。事件処理のうえでも、税金の知識は豊富にあったほうがいいですからね。ですから、そういう苦労だって結局自分のためになるんですよ。

――その税金の知識は他の事件にも使える、というわけですね。で、先生御自身としては、コネクションと電子的なツールがある、と。ところで、個人事務所で一人ということなのですが、先生の専門分野というのがあれば教えてください。

阿野: 専門分野が何かあるのかって言われたら困りますね。というのは、いわゆる町医者的な弁護士ですから、いろんな事件が入りますよね。離婚とか相続とかもやりますし、もちろん刑事から民事から。これは半分冗談で言うんだけれども、私は、M&A以外はだいたいやったことあると・・・(笑い)。

――なるほど(笑い)。では、そうして幅広く、いわゆる町弁としていろんな業務をこなされてきて、どのように顧客を獲得してきたのか、あるいは集まってきたか、気になるところなので是非教えてください。

阿野: これは、昔から言われていることですが、弁護士というものは、顧客開拓しようと思ったってなかなかできないじゃないですか。御用聞きをして歩くわけにいかないですからね(笑い)。普通は人の紹介で、依頼がきます。そして、その事件を処理してよい結果を出せば、必ず依頼者が覚えてくれて、そうすると、その人から紹介があって依頼者が来てくれて、ということになりますね。そして、またその話を聞いて、また結果を出せばまたその人から・・・、という形が基本ですね。それが伝統的な弁護士の依頼者の獲得法でしょう。後は、とにかく顔を広げるっていうことですね。その異業種でも、友達でも、できるだけ人との繋がりを大事にすることかな。まぁ、そんなことの繰り返しですかね、基本は。ただ、これからの時代は、それだけではやっていけないだろうとは思いますが、あくまでも基本は、仕事で結果を出して信頼を得るということだと思います。




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