株式会社レコフ

はじめに
 M&Aへの社会的注目は、近年高まるばかりです。メガバンク誕生へ向けての大型再編、 ドッグイヤーとも言われたIT企業における積極的なM&A戦略、そしてファンド主導での大量買付けの頻発。 昨年からは事業会社主導による敵対的TOBが、新聞の一面を連日賑わせました。 90年代後半からこのかた、日本経済において、M&Aが占める存在感は高まる一方といえます。
 このM&Aの実行に当たっては、様々な関係者・専門家との連携が必要となります。 買収資金の調達が必要な場合には、投資銀行や証券会社等がこれを行います。監査法人は、会計面での問題の洗い出しを担当します。 法律家は法的な問題点を抽出し、それを交渉過程および契約内容に反映させていく役割を担います。 そして関係者の協力を取り付け、専門家の意見をまとめあげつつ、大局的な視点から当事会社へ戦略的なアドバイスを提供するのが、いわゆるM&A助言会社です。 M&Aの分野において法律家が力を発揮していくためには、専門分野への知見を深めていくことと合わせ、 これら他の関係者や専門家との連携・協働を進めていくことが欠かせません。
 今回はM&A助言会社の一つであり、我が国において当該分野の草創期から提案・助言業務を展開してきた株式会社レコフを訪問しました。 様々な関係者および専門家とどのように協業・競争関係を築いているのか。助言会社の立場から法律家に期待することとは何か。 本記事を通じて、読者諸兄姉にM&A実務に対する理解を深めていただければ幸いです。

<目次>
1.株式会社レコフとM&A助言業務について
2.M&A業務における法律家の役割について
 (1)M&A実行時の法律業務について
 (2)弁護士事務所に対する評価、満足な面と不満な面について
 (3)弁護士事務所と企業法務部との役割分担について
3.ロースクール生へ一言


   
稲田 洋一
株式会社レコフ 主席執行役員
大手証券にて個人営業、人事企画業務、事業法人営業を担当後、1994年にレコフ入社。米国ダートマス大学経営学修士(MBA)。
梅本 建紀
株式会社レコフ チーフ・コンプライアンス・オフィサー
大手証券の引受部門に20年間在籍し、数多くの新規公開、国内外のファイナンスおよび国有企業の民営化などを担当。1999年レコフ入社。経済産業省「企業価値研究会」委員(2004年~2007年)

 



――本日は訪問を受け入れて頂きありがとうございます。 今回は株式会社レコフ専務執行役員の稲田さん、および同社チーフ・コンプライアンス・オフィサーの梅本さんにご協力を頂きます。 どうぞよろしくお願いいたします。

稲田&梅本(以下、敬称略):よろしくお願いします。


1.株式会社レコフとM&A助言業務について

――それではまず、株式会社レコフ(以下、レコフ)について、簡単にご紹介をお願いできますか。

稲田: レコフはM&Aの助言会社です。1987年に現代表の吉田允昭が当社を設立しまして、現在は120名ほどの社員を擁しています。 日本におけるM&A分野の草創期から活動してきた、最も歴史のあるM&A助言会社の一つだといえます。 また、日本におけるM&A市場の定着と発展に資するべく、M&A専門誌MARRの編集・発行を行っています。

――ここで、一般的に使われているM&Aという用語についてご説明をお願いできますか。 語句自体からは企業買収・企業合併を指すのかと思いますが、事業譲渡なども含まれるのでしょうか。

梅本: M&Aというのは、既存の経営資源の活用を目的に企業や事業の支配権を移転させることをさすと理解しております。 経営参画につながる株式取得も含みますが、資産・負債の移転を伴わない単なる業務提携などは除外しています。 使われる法的スキームとしては、株式交換・移転、事業譲渡、会社分割などいろいろなものがあります。

――いずれかのスキームがよく使われる、というようなことはありますか?

稲田: 完全にケースバイケースですね。以前は、税法上未整備だった部分や三角合併の解禁が延期されたことで制約もありましたが、 今ではそのような障害がなくなったので、完全に自由です。

梅本: 会社法が施行されて、スキーム設計の幅は相当に広がりました。 いろんな種類株が出せるようになったし、M&Aのストラクチャーも自由度が高まっています。 この辺りの知識がきちんとないと戦えません。そういう意味では法的知識が重要ですね。 会社の値段を決めるには会計の知識が必要ですし、税法も重要です。 日本では税理士さんに任せてしまいますが、M&Aを理解している税理士さんは本当に少ない。 米国ではタックスローヤーの地位が一番高いですよね。 今後そういう弁護士さんが日本で育ってくるのかが、M&Aビジネスにおいても大きな課題ですね。

――法務、会計、税務の知識はどれも重要なんですね。

稲田: 今日、M&Aのディールのストラクチャリングを行うときには、会社法と会計と税務は完全に一体として検討せざるを得ません。 でも弁護士の先生に会計のことを聞いても、会計士の先生に会社法のことを聞いても、もう一方へ行って下さいって言われますね。 これらを一体として検討するというのが我々の業務になっているんですよ。それがM&A助言会社のバリューの一部になっています。

――そういった連携はスムーズに行くものですか?

稲田: 複雑で複雑でどうしようもないなっていう案件は、専門家が一堂に会して何度でもミーティングをやりますよ。 偉い先生たちを集めて喧々諤々やるんですが、これがものすごいコストになるんですよね。 でもそれだけコストをかけられるのは、それなりのサイズがあって、経済的な付加価値があって、コストを払えるディールですよね。
 例えば産業再生機構とダイエーの案件なんかは、徹底的にデューデリジェンス (注)をやったことで有名です。 この案件だけに数十億円、デューデリジェンス全体で100人以上を動員したっていう話ですよ。子会社の数が膨大ですからね。 でも、普通の事業会社はそんなにコストをかけられません。限られたリソースの中で最大限効果的なデューデリジェンスを目指すしかないわけです。 実務家っていうのは、そういうコスト・パフォーマンスがギリギリのところで勝負しているわけですね。

――どういった企業にとってM&Aは有効な選択肢になりうるのでしょう?

梅本: 一番わかりやすいのはマーケット側から見た場合で、例えば市場規模に比べて企業数が多すぎる場合です。 医薬品業界などはその典型ですね。そうすると当然、過当競争状態を解消するために、再編の必要性が生じてくるわけです。
 一方で、企業の側から見た場合に、M&Aが有効な経営戦略となりうることもあります。 例えば複数の事業部門を持つ企業について、事業ごとにバリュエーションを実施してみると、やはり強い部門と弱い部門がある。 そういうときに例えば、M&Aによって切り離すか強化するかという基準を設けて、一定の基準を下回った部門は他の企業に譲渡するといった区分けをすることもあります。 また、シナジー効果の薄い事業部門を抱えている場合に、これを外部へ売却する。 少し前の言葉でいえばコア事業への特化、経営資源の本業への集中戦略ですね。

――随分とシビアな判断が要求されるように思います。

稲田: その通りです。M&Aは、企業の事業戦略の根幹に関わる重要な意思決定ですから。



 会計及び法務上のリスク把握による適正評価手続。

 

――なるほど。では次に、レコフの業務内容について伺いたいと思います。 まず、社員の方は約120名いらっしゃるとのことですが、個々のM&Aの案件をそれぞれ何人ほどで担当されているのでしょうか。

梅本: M&Aの案件というのは一件一件違い、千差万別あるので、一概には言えないのですが、 例えば大会社の絡む比較的大きな案件ですと最初の提案段階から3~4人のチームを組んで動き出します。 それに会計、税務、法律のそれぞれの専門スタッフがつくので、6~7人のチームを組むということになります。

――大きな案件でも6~7人のチームというのは、随分少人数という印象を受けるのですが。

梅本: そうかもしれませんね。中小企業のような小さなM&A案件ですと、ファインダーが1人、 それにエグゼキューション・スタッフが1人ついてやっていくというものもあります。 平均するとだいたい3~4人のチームということになるでしょうか。

――ファインダーやエグゼキューション・スタッフというのは、それぞれどういった役割の方でしょうか。

梅本: ファインダーは、言ってみれば外回り営業的なもので、毎日、社外を歩き回っています。 各ファインダーはそれぞれ得意業界というものを持っていて、その業界で重要な戦略的視点を睨んだ上で各社のトップと面会をして、情報収集に回っています。 それらをもとにしてM&Aの提案をすることもあれば、いったん営業部門に持ち帰り、他のファインダーの情報とも合わせて共同して提案を行うということもあります。 レコフの提案を受けて両社が検討を開始し、基本的な事項について両者間の合意をとりつけると、エグゼキューションの段階に移行します。 この段階では、リスク評価のためにデューデリジェンスを実施し、それを踏まえた上で統合比率算定のためのバリュエーションを行ったりします。 そして最終的な条件の交渉を重ねた上で、最終合意の締結を実現することが主要な業務となります。

――情報が集約された上で、M&Aを提案しようと思う決め手は何ですか。

梅本: 先ほど述べたような、業界が過当競争状態にある、あるいは企業が不採算部門を抱えている、 などのM&Aが必要とされる状況が存在することがまず前提になります。 その上で、企業文化や社長同士の気が合うかといった点も重要なポイントとなります。 社長同士の気が合わないとなかなかうまくいきませんね。 これらの点については、やはり企業を訪ね歩き、数多くの社長と会って確かめていくしかありません。

――毎日出歩いて情報収集から始めるとなると、随分地道な作業という印象を受けるのですが、 貴社と他社とでは業務プロセスに違いはあるのでしょうか。

梅本: いわゆる独立系のM&A助言会社の中では、例えばトップ同士のコネクションがファインダーの役割を果たしたり、 中小案件に特化して、提携関係で案件を生み出すというところもあるようですね。 会社組織自体はエグゼキューションに特化しているところもあります。 そういった形に比べますと、うちはより初期段階から関与するタイプということになるのではないでしょうか。

稲田: それから、M&A関連でよく引き合いに出される、日系証券会社や外資系投資銀行といったプレイヤーは、 大規模な案件に特化した上で、基本合意がなされた後に参戦することが大半です。 それに対して我々は、多くの場合、基本合意以前の案件創出の段階からクライアントに関わっていきます。 この点がかなり違いますね。

――証券会社や投資銀行という名前が出ましたが、これらの会社は、どのような形でM&A助言業務に関わってくるのでしょうか。

稲田: そうですね。まず日系証券会社は、主幹事証券という立場で、上場企業と取引関係を持っています。 この接点は営業上大きなアドバンテージとなり得ます。また、M&Aに伴って社債や株式の発行が必要となった場合には、 証券会社の本業と大きな相乗効果があるといえます。
 次に外資系の投資銀行は、グローバル・リーチ、 すなわち海外での事業基盤を活かした海外企業へのアクセス能力や情報収集力に強みを持ちます。 同時に、全世界規模での営業網を活かして、証券の販売を通じた資金調達力についても強みを持ちます。 また日系証券会社と同様、資金調達を伴うM&Aにおいては本業との相乗効果を発揮しえます。 例えばJTによる英ガラハーの買収では、メリルリンチが助言業務と資金調達を担当しました。
 メガバンクも有力なプレイヤーの一つです。 多数の支店ネットワークを擁し、その支店ごとに何百社という顧客企業を持っていますから、マーケットの隅々までつながっています。 M&Aを実施する際には財務状態に大なり小なり影響が生じるので、これらの企業は事前に自らのメインバンクへ相談にいきます。 このネットワークは、M&Aの助言業務を展開する上でも大きな強みとなりえます。

――それぞれに強みがあるのですね。レコフはどのような戦略で、彼らと差別化を図っているのでしょうか。 先ほどおっしゃった、案件創出段階からの提案という点が関係してくるのでしょうか。

稲田: その通りです。他のプレイヤーはいずれもそれぞれに強みを持っていますが、その強みが全ての顧客に通用するわけではありません。
 例えば外資系の投資銀行が有するグローバル・リーチの強みは、国内企業同士のM&Aには必ずしも活かせません。 また彼らは、相当額のフィーを要求できる範囲に営業対象を絞り込んでいるため、日本でいえば上位百社ほどの企業に対してしか営業をかけていません。
 次にメガバンクは、確かに強固な営業ネットワークを有しています。 しかし、支店ごとの営業部隊の人数が数十人程度しかいませんから、新たな借り入れ需要がなさそうな顧客企業に対しては対応がおざなりになりがちです。 業績が低位安定状態の企業などがその典型ですね。
 証券会社も同様に、当面資金調達の需要がなさそうな顧客企業に対しては、対応が不充分になりがちです。 担当者が顧客企業へ年に一回も顔を出しに来ない、などということもあると聞きます。
 しかし、業績が低位安定状態の企業にもM&Aのニーズは存在します。 実は、今の日本では中小企業のM&Aのニーズがどんどん大きくなっているんですよ。 財政状況が劣悪で、とてもファイナンスの見通しの立たない企業であっても、M&Aのニーズが見込めるケースがあるということです。 M&Aというのは可能性のある戦略なので、財務状態の良し悪しを問わずかなり幅広い企業にとって有効な選択肢になりうるんですね。 我々はそこへM&Aの提案を持ち込み、先に信頼関係を築いてしまう。 案件創出段階からの提案実行が、我々の差別化戦略であるといえます。

 

2.M&A業務における法律家の役割について
(1)M&A実行時の法律業務について


――次に、M&Aを実行する際に必要となる法律業務についてお聞きしたいと思います。 まずM&Aの提案段階では、法的な問題についてどの程度まで検討するのでしょうか。

梅本: まず、どういう法的スキームが両社のニーズに合うのかということを色々と考えます。 例えば、この会社の場合には共同持株会社が良いなと考えれば、そのためのスキームが色々とありますから。 どのような提案が社長の気持ちにフィットするかなどを考えます。 提案段階では法的問題というより、企業文化や社長の気持ち・考え方をよく汲み取って、 両者の考え方にフィットする法的スキームを選択する、という検討がなされますね。 ここでは法律の知識よりも、社長のフィーリングやいろいろな人の考え方を知っておくことの方が重要になります。

稲田: 提案段階では、法的検討はそれほど問題とならない場合が多いですね。 昔であれば債務超過の会社は合併ができないとかいう話があったので、提案の前段階で検討すべき要点というものも存在しました。 ただ最近は、その点も解決されましたし、法的な問題のために入り口でつまずくことはなくなってきた感じですね。

――例えば、エグゼキューションに入る前の段階から、従業員の雇用確保についての話し合いをしているのかと思ったのですが。

稲田: 従業員の取り扱いについては、確かに多くのケースにおいて基本契約で雇用確保に関する規定を置いています。 特に買収の話では多いですよ。日本のM&Aの実務は非常に変わりましたけれど、そこだけは引き続き変わらないですね。 色々な部分についての変容がありつつも、従業員に対する配慮についての条項が入っているところだけは昔から変わりません。 これは無くなる感じがしないですね。

――無くなって欲しくない気もしますね。

梅本: その通りだと思います。経営者としても、かつての同僚・先輩であり一緒に釜の飯を食ってきた人を、 M&Aの実行時に整理してしまうのはやはり忍びないですよ。 従業員の処遇について継続性を保って欲しいと、経営者の方から要請されることは多いですね。

稲田: そこに異論を唱える人はほとんど聞いたことがありませんね。 確かに人員整理をした方がシナジーも上がるし、計量化もしやすいです。 それに非常に目に見えて株価が上昇するんでしょうけれども、 だからといってそれを前提にしているディールというのはやったことがないですね。

――では次に、エグゼキューション段階における法律業務について伺いたいと思います。 この段階での主要な法律業務としては、法務デューデリジェンスが挙げられると思いますが、 このデューデリジェンスを行った結果、発見される問題とはどのようなものなのでしょうか。 典型的な例など、いくつか伺えればと思います。

梅本: よく目につくのは知的財産権の問題です。本当にその会社が知的財産権を所有しているのかとか、 あるいはチェンジ・オブ・コントロール条項(注)がついているのではないかとかね。 例えば、売りを頼んできた会社が、外国の企業とライセンス契約を結んでいて、 支配者が変わった場合にこのライセンスが一体どうなるかという問題がありました。 このライセンス契約はどうなるのかと聞いたところ、社長に聞いてきますとか口を濁していましたが、 結局、支配株主が代わった場合にこの契約が打ち切られることになっていたんですよ。 これでは、お宅の会社は売り物にならないじゃないですかと。ところが上場会社でその会社を買った会社があるんですよ。 たぶん、気付かなかったのでしょうね。その後、その会社は倒産して、買った上場会社の方は膨大な損失を計上していました。
 あとは、定款もちゃんと確認する必要があります。 とんでもない種類株を発行しているかもしれないし、社長が一人だけ拒否権付き種類株を持っていることも、あるいはありうることです。

稲田: 実際の話、多くの事業会社において、法的な管理体制は相当いい加減だと考えておいた方が良いですよ。 重要な契約書がどこにあるのか分らないといったところは、上場会社でも山ほどあります。 契約書が本当にあるのか無いのか分らないとか、契約更新の覚書を交わしたらしいのだけど覚書がないとか。 実際に契約書があったとしても、問題は色々出てきますしね。 例えば、アメリカの会社から商標のライセンスを受けて営業している会社がありまして、 当然、ロゴの使用方法に関して定型的で詳細な英文ベースの取り決めがあるんですよ。 用途を厳格に指定して、それ以外の利用は認めない、必要があれば別途文書で承認をとると。 それで現実に何が行われているかというと、アメリカのその会社もオーナー会社で、オーナー同士の仲が良く、 「良いよなこのぐらい、まぁ良いよ、OKOK」と口頭ベースで承認を取り付けている。 明文上の契約には完全に違反しているけれども、オーナー同士が生きていて友達であり続ける限りは絶対問題にならないんですね。 ただ、こういう場合に会社を売れるかというのは別問題になるわけです。

――契約書をチェックしているだけだと気付かなさそうで怖いですね。各店舗でのロゴの使用方法を見てみないと分からないとか。

稲田: だから本当に大変です。重箱の隅をつつくようにチェックしていかなきゃなりませんから。 そういう問題を解決しないとディールができないですからね。 我々は、店舗を持ってチェーン・オペレーションをやっている会社のディールというのを相当やっています。 外食のチェーンやスーパー、ドラッグストアのチェーンとかね。そういうのになると、一番重要なところは店舗の賃貸借契約です。 店舗のネットワークがあるというところが最大のバリューですから。 でもだいたいチェンジ・オブ・コントロール条項がついているんですよ。 特に営業譲渡や事業譲渡をする場合なんかは絶対についていますね。 そうすると、例えば何百店舗の契約書を全部チェックすることになります。 するとそういうところに限って、契約書が全然見つからない。 十数年前に結んだ契約書なんか一回も出したことありません、どこにあるかわかりませんと。

――店舗の引き出しの奥に、放り込まれていたりするんでしょうね。

稲田: 将来、もし皆さんがデューデリジェンスを担当することになったら、 だいたい思った通りには会社から資料が出てこないと思っておくべきですよ。 ものすごいフラストレーションがたまると思います。そこで怒らないで下さいね。 若い弁護士さんに怒られたという話が良くあるんですよ。何でこんな資料がすぐに出てこないんですか、おかしいじゃないですかと。 確かにそうですけれどもね、そんなものですよ、中堅から下の企業は。 こういった意味で、デューデリジェンスをやられると売り手サイドの企業さんはすごい嫌な思いをすることになります。 取締役会をちゃんと開いているかとか、総会の決議がどうのこうのとか。定款を見られて一から全部やるわけです。 そんなに調べられるのだったら止めるとか、そういう話になりかねないぐらい嫌な思いをするわけです。 けれども、一回デューデリジェンスを受けておくと、その対象会社にとっては大きな財産になります。 だから僕は言うんです、人がお金を払ってくれて自分のところの法的な問題を調べてくれるなんてないですよ、と。

――そういう場合はやはり買い側が資金を負担するのでしょうか。

稲田: それはそうですよ。だからデューデリジェンスのレポートは余程のことがない限り、売り側の会社へは渡されません。 が、ここはまずいですよみたいに、主な問題点の指摘ぐらいは伝わってきます。それだけでも物凄い価値があるんですよ。 そういう機会でもないと、総ざらいで自分の会社の法的なリスクを棚卸しするなんて絶対にやりません。




 ライセンス供与や販売代理店等の契約において、 当事会社の一方の支配株主が交代した場合には、他方が当該契約を破棄できるとする条項。

 

(2)弁護士事務所に対する評価、満足な面と不満な面について

――次に、M&A業務において、外部の事務所で働く弁護士にはどのようなことが求められるのか、お聞かせ頂ければと思います。

稲田: 弁護士の先生には色々な方がいます。 保守的なご意見をおっしゃる方、つまり、こういうリスクがありますよというご指摘を下さる方は結構たくさんいらっしゃって、 そちらの方がむしろある意味では常識的な弁護士さんのお答えなのかもしれません。 ただ、我々はリスクがあることを承知の上で相談に行くことが多いので、リスクがありますよと言われても、 じゃあ全部やめましょうとは言えないじゃないですか。 それでも何とか実現する方法がないかということで相談をしに行っているので、 新たな手法などを一緒に考えて頂ける姿勢が重要となります。 ただ、そういう実現方法について積極的にアドバイスをして下さる弁護士の先生というのは数が少ないですね。

――なるほど、他には何かありますか。

稲田: M&Aをやる人間のほとんどは土日が関係ありませんから、我々は遠慮なく土曜日曜に来て下さいと弁護士の先生に頼みます。 むしろ切羽詰っているのはだいたいそういう時期なんです。平日昼間に切羽詰っているというのはあまりありません。 ですから、夜中の12時を過ぎて明日の朝までにどうしようかというような時に連絡が取れるということも重要な条件です。 でもやはり、リスクをあげつらって判断は会社の方でして下さいという弁護士が一番困りますね。

――経営の視点に立って一緒に悩むような姿勢が必要なんですね。

梅本: そうですね。あくまで解答を出してくれる、そこは大丈夫ですよというふうに一歩踏み出すために背中を押してくれるというのが重要だと思います。

稲田: あと感心しますのは、我々が複雑怪奇な事案を相談しに行っても、その場で答えてくれる方です。 事案を説明しますと、それを書き取って、これこれこういうことですかと概略を把握して、この場合はこうしたら良いですと。 例えば、上場会社というのは監査報告が出ないと上場廃止になってしまいます。 それが出ないかもしれない、明日の監査法人でトップの委員会があってそこでゴーサインが出ればそれはOKですが、 もし出なかったら意見差控(注)になる、しかもそれが既に2か月の期限を超えている。 東証に行ったら間違いなく上場廃止問題になる、しかもそれが前日になってしまったときにどうしたらいいか、 そんな話をしに行くわけです。そういう局面になった時にすらすらと答えてくださったことが、この間もありました。

梅本: 安心ですよね、いざとなったら助けてくれます。

稲田: 具体的で詳細なプランをその場で答えてくれます。 そういう局面で助言を求めたことがあったのですが、すらすらと答えてくれましたよ。 それは経験のなせる技でもあるのだと思います。迅速さというのは非常に重要な要素ですね。 ちょっと一日あずからせて下さいとか言われたら、やはり困りますから。

梅本: 我々が弁護士事務所に頼んで、その返事がきたら我々はクライアントに対して電話をするわけですが、 クライアントの方はずっと待っています。ですから答えが翌日になるというのは駄目ですよ。

――回答の迅速性と的確さが条件なのですね。ただ、複雑な事案について即答できる弁護士さんというのは非常に少ないと思います。 そうすると一部の一流の方に殺到するというような状況にはなりませんか。

稲田: それはあると思います。出てくる先生の名前は10人ぐらいですから。

梅本: 要は、回答をあらかじめ作っちゃっている。自分の引き出しの中に回答が入っているのでしょうね。 その引き出しの中のものを組み合わせて答えを出せる。 それができることがすごくて、アメリカ人の弁護士も彼らのことを平気でGeniusといいます。

――先ほど伺いました法務デューデリジェンスに際して、弁護士に求められる素養についてお聞かせ頂けますでしょうか。

梅本: 法務デューデリジェンスというのは型が決まっていて、関連する書籍もいくつか出版されていますし、 弁護士事務所の中に数多くのノウハウの蓄積があります。なので、弁護士個人の能力で差がつくという類のものではないと思いますね。 皆さんきちんとやられていますよ。スピードの問題はありますけれどね。

稲田: 大規模化してもそんなにパフォーマンスの差があるように感じることはないですよ。 ただ、あれだけ膨大な量の業務を、質を保ちつつこなすということは、やはり容易い作業ではありません。 契約書の中にどんなリスクがあるか、皆さん全部目を通していますね。 よくこんなことを見つけたな、と思うこともあります。その意味で、皆さんよくやっているなと思わされますね。

梅本: だから体力勝負です、本当に。

稲田: 本当に寝ていないですよね。一流の先生というのはどんなに寝ていない状態で会議をやっても絶対に会議の場で眠そうにしていません。 あれが不思議なんですよ。若手の人は結構眠そうにして、半分寝ているみたいな人がいるんです。 割と大型のディールでは弁護士の先生が10人ぐらい集まってデューデリジェンスの報告会みたいなことがありますが、 そこで他の人の報告を聞いているときは眠いと思いますよ。でも、一流の先生はまず寝ないですね、本当に。
 そういう意味では、体力は絶対的に必要な要素だと思います。土日は全部休みが無いと思った方が良いと思います。 我々も土日に先生方を追い掛け回すのですけれど、先生方も必ず連絡がとれるようになっています。 土曜日の夜中に捕まえて、急ぎますので明日の朝までに書いて下さいみたいに言っても、彼らはできませんとは絶対に言いませんね。 こことここの時間帯は捕まえられません、連絡がとれませんと、そういうことは勿論おっしゃいます。 それでも余程の話を頼んだ時に、できませんとは絶対に言いませんね。

――法的な問題を解決する作業以外で、交渉過程をある程度弁護士に任せるということはありますか。

稲田: 大枠のところの交渉の骨格については、我々アドバイザーのところでほとんどやります。 その段階から弁護士の先生が関わることはあまりないと思いますね。 ただ、最後に色々な免責条項や保証条項の細目の話になって、ここは譲れないといった問題が必ず起こってきます。 主に危険負担の問題が往々にしてありますが、そこではどういう文言を入れるのかというテクニカルな話になるので、 そういうのは全部弁護士の先生同士で決めて下さいということになりますね。

梅本: 買い手側の弁護士になった場合にはこういうことに注意するとか、売り手側の弁護士になった場合にはこういうことに注意するとか、 事務所に蓄積があるのだと思います。

――たぶん裏返しなんでしょうね。売り手側が取りにいくべき点と、買い手側が譲ってはならない部分とで。




 監査人が、自己の意見を形成するに足る 合理的な基礎を得ることが出来なかったことにより、監査意見を表明しないことをいう。 不適正意見が表明された場合と同様、その影響が重大である場合は、上場廃止基準に抵触する。

 

(3)弁護士事務所と企業法務部との役割分担について

――数十人規模の法務部を擁する企業もあることと思いますが、そのような規模になると、 M&A関連の法律業務を自社の法務部で内製化することもある程度可能なのでしょうか。例えば、デューデリジェンスとか。

稲田: M&Aのディールについては、あまり企業の法務部の方は出てきませんね。出てくるのは契約書のチェックです。 レコフと結ぶ契約書についても、クライアント同士の契約書についても、厳しくチェックが入ります。 そのためにこそ企業の法務部はあるのだと思いますよ。自分たちが国内外で結ぶ無数の契約書を正確にドキュメントし、 会社にリスクが無いようにチェック管理をしていくと。これが最大の任務ですから。
 一方で、自分たちが会社でM&Aをやるというので、 自分たちで自前の法務デューデリジェンスのチームを作って出かけていくというのは聞いたことがありません。 確かにレポートはそれらしいものを書けると思いますが、 外部の専門家を使ってちゃんとしたレポートを書きましたという体裁ができないですよね。 やはり、第三者に頼んでちゃんと調べて貰いました、という体裁が必要だから他の人を使うのでしょう。
 さらに言えば、リーガルオピニオンを自分で書くというのは不可能ですね。 自分の会社の中にどんな立派なローデパートメントがあったとしても、自分の会社に対してリーガルオピニオンを書けないですよ。 やっぱり外部の、第三者のオピニオンが必要になります。

――確かに、自分たちでオピニオンを書いたら、全部行けということにもなってしまいますね(笑)。

稲田: そうですよね、そういうことで外部の人たちを使うということなのだと思います。 フィナンシャルアドバイザーも同じで、企業は自分たちで企業価値の計算をできるわけですけれど、 第三者の専門家に頼んだらこの回答を得た、というものが必要になるわけです。 例えば敵対的買収が起こったとき、2つのパーティーから統合提案というのが同時に取締役会にきた場合に、 どちらの提案が優れているのかを、取締役会が株主たちへ説明する責任を負う。そんな局面はたくさんあります。 その時に取締役会は、勿論自分たちでも統合提案について検討を行うわけです。 定量的なシナジー分析をやり、事業計画を作り、DCF法(注)で企業価値を計算していく。 しかしそれだけでは、株主に対して十分な説明にはなりません。

――利益相反が存在するから、でしょうか。

稲田: その通りです。エージェンシー問題(注)が生じる典型例ですよね、これは。だから第三者の中立的な意見を貰うことに価値が生じるわけです。 そこで、第三者のフィナンシャルアドバイザーが出てきて、その統合提案について詳細な財務分析を行って、 こちらの方が良いですというオピニオンを書くと。そしてそのオピニオンについて、経営陣と一緒に、訴えられるリスクを負うわけです。

――リスクを負担することで、意見が中立的であることを保証するわけですね。

稲田: そういう側面もありますね。

――では次に、企業内での専門職の登用状況について伺いたいと思います。レコフの社内に弁護士や会計士の方はいらっしゃるのですか。

稲田: 会計士が現在数名在籍しています。M&A担当チームの一員として、会計・法律の専門知識を活かして貰っています。 弁護士は10月に1名が入社しました。現在は研修中ですが、その後は個々のM&Aにおける法的問題について、 全般的に助言をする役割を果たしてもらう予定です。

――近時の法曹界の動向からしますと、中長期的には弁護士の供給増加に伴って、 企業も弁護士を採用し易い環境となることが見込まれます。 レコフにおいては、将来的な弁護士採用ニーズについてどのようにお考えですか。 例えば、法務部を全員弁護士にするということもありえますか。

稲田: それはあり得るでしょうね。ただ、僕たちのような100名少々の会社では、リーガルの部門というのはほんの数名です。 その数名が全員弁護士でも構いませんが、その程度です。当面は、1人いてくれれば十分だと思いますね。


3.ロースクール生へ一言


――長くなりましたが、最後にこれまでのお話を踏まえつつ、おニ人からロースクール生に対して一言お言葉を頂けたらと思います。 M&Aに関わる弁護士を目指すロースクール生は、どのような分野について知見を深めておくべきか、 また企業法務の法律家に対して期待する素養とは何かについて、お話頂けますでしょうか。

梅本: まず、法的な面について研鑽を重ねる、ということは当然の前提ですね。非常に大切であり、また必須のことです。
 それに加えて、これからの法曹には、社会の仕組みを知悉することを心がけてもらえたらと思っています。 法律は、社会における行動の枠組みですよね。社会がどう動いているかを理解せずに、その枠組みを規定することはできないと思うのです。

――なるほど。

梅本: M&Aを巡っては色々な判例がありますが、現実の社会がどう動いているかと、 必ずしもかみ合っていないのではと思われるものもあります。 そのような批判を受けてかは知りませんが、例えば最近では、裁判官が企業へ研修に出ると聞きます。 企業社会の仕組みを理解し、資本市場のメカニズムを理解する。非常に重要なことです。 企業法務に携わる弁護士についても同じことです。法律を学ぶ傍らで、常にこの点を心がけていてほしいと思います。

――ありがとうございます。次に稲田さん、よろしくお願いいたします。

稲田: これまでの話を訊いて、大変だと思いますよね。夜中の2時まで頑張りながら、質問にはすぐ回答し、かつ間違えない。 体力的には相当きつく、修得すべき専門知識は膨大です。
 でも、顧客にとっては、それが当然なんですよ。要求水準が非常に高い世界なんです。 顧客企業にとって、M&Aは、自らの命運を左右するほどの重要な問題です。 その過程で専門家に要求される水準も、相当に高いものとならざるを得ないのです。

――分ります。大変だとも思いますが(笑)。

稲田: さらに期待することといえば、経営者に対する質の高い助言業務を実現できるよう、心がけて頂けたらと思います。 あるスキームのリーガル・リスクについて意見を求められ、問題点を指摘する。これは当然の責務ですよね。 そのようなテクニカルな問題、自分の専門の範囲を超えて、この会社にとって何をアドバイスしてあげるのがベストか、 ということを考えられる先生と仕事をしたい。そのためには、実務経験を積んで知識をつけるとか、 スキルを身につけるとかだけでは足りない。他の分野を学んでいく必要もあるし、人格的な陶冶を重ねる必要もある。 そういった意味では茨の道と言えるかもしれないですけれど、そんな姿勢の先生と仕事をしたいですね。 どうせ目指すのなら、そういうレベルの高いところを目指した方がいいと思うんです。がんばってください。

――本日は興味深いお話を伺うことができ、大変勉強になりました。本当にありがとうございました。





 ディスカウント・キャッシュ・フロー法の略称。 ある事業が産み出すキャッシュ・フローの割引現在価値をもって、その事業の価格を算定する手法。


 エージェンシー(代理人)がプリンシパル(依頼人)の利益を省みず、 自らの利益を追求するために発生する利害対立の問題。情報の非対称性と両者の利害の不一致がその原因となる。