森・濱田松本法律事務所

はじめに

 

 今回は、森・濱田松本法律事務所に訪問させていただき、松村祐土弁護士と青山大樹弁護士に、企業法務の実務をはじめとした、さまざまなお話を伺ってきました。

 


1.事務所の概要・全般について

――はじめに、事務所の沿革について簡単にお聞かせください。

松村:森・濱田松本法律事務所は、2002年に、森綜合法律事務所と濱田松本法律事務所が合併して誕生しました。森綜合法律事務所というのは、1940年代頃から訴訟・倒産・企業統治といった国内企業法務を中心に活動しており、1990年代から2000年代の当初期にかけて、総合的なM&A注1 、ファイナンスにも得意分野を拡大していました。一方、濱田松本法律事務所は、1970年代に、その後最高裁の判事となる濱田弁護士と松本弁護士の2人が開設した、いわゆる渉外事務所の先駆けで、キャピタルマーケッツの案件などの国際金融業務を中心に、取り扱う渉外事務所でした。その2つの事務所が統合したというのが沿革です。

――事務所の活動理念についてお聞かせください。

松村:「依頼者のために最善を尽くす」ということがもっとも基本的なものです。これは、事務所自体の目標というよりは、事務所に所属する弁護士共通の志であると私は考えています。各弁護士が、自立したプロフェッショナルとして切磋琢磨しながら、チームを作り、クライアントのニーズに応えていくというのが、我々の活動の根本的な部分となっています。
その他に活動理念として挙げられるものとしては、人材育成があります。「知性とバランス感覚に優れた人材の育成」というもので、このような人材を育成することは、クライアントの最善の利益の追求という第一の目的にも資することになります。
もう1つ挙げるとすれば、「社会への積極的な貢献」というものです。弁護士とは、国から誰からも監督されず、その独立した自治を認められている数少ない職業です。そのような立場を最大限に生かして社会へ貢献するということが、弁護士としての地位を有する者に課せられた使命だと考えています。
これら3つが、我々にとって、極めて大切な価値理念となっています。

――森・濱田松本法律事務所では、各業務分野について研究などを行う、「プラクティスグループ」が組織されているとお聞きします。その活動の趣旨や内容などお聞かせください。

青山:「プラクティスグループ」とは、森・濱田松本法律事務所の内部での勉強会の1つです。事務所内部の勉強会には大きく分けて2つの種類があります。ひとつはレクチャー形式で誰か一人が前に立って講義をするスタイルのもので、もうひとつは、ディスカッション形式で、その分野に興味がある弁護士が集まって、最先端の案件の話や、法律実務上の論点を議論するというスタイルのものです。「プラクティスグループ」というのは、後者の、ディスカッション形式の勉強会です。これを行っている理由というのは、一言で言うと情報の共有と共同研究のため、ということになると思います。ひとつの分野を専門とする弁護士といっても、経験もそれぞれで、一人の弁護士が当該分野の案件全てに関わることもできないわけですが、その分野の最先端の情報というのは、全員が共有しているというのが理想です。そこで、案件に関わった者は限られるけれど、それを全員に報告して共有をし、かつディスカッションを通して、その案件では担当弁護士はこう考えて処理したけれど、別の見方はないか、そのような案件の経験を他の事案でも応用して生かしていけないかということを全員で議論すること、そして、全員がその最先端の情報・議論を共有している状態を維持し、実務を発展させていくことが望まれるわけです。

松村:そもそも弁護士というのは、個々人がプロフェッショナルです。依頼者も法律事務所に依頼に来るというよりは、そこに所属する弁護士に依頼に来るのです。この事務所のように大所帯にならずに、弁護士は1人で仕事をしても当然よいわけです。実際、個人事務所が日本中にたくさんあります。それをあえて大勢の弁護士でやろうというのには理由があるのです。1人ではできないことを皆で一緒にやろう、ということです。自分の経験したことがないことや勉強していないこと、つまり知識がないところをお互いに補完し、アイディアを出し合ったり経験を生かし合ったりしながら仕事することによって、クライアントから求められているニーズを満たそう、というわけなのです。それが複数でやっている共同事務所の元々の存在意義です。そのためには、情報を共有して、ノウハウだとか知識だとかあるいは経験というものにアクセスができるようにすることが必須であり、我々も、そのための試みをいろいろな形でやっているのです。その一つの形が「プラクティスグループ」であり、勉強会を通じて経験や知識、ノウハウというものを共有していきましょう、そして仕事に生かしていきましょうというものなのです。

青山:若手の弁護士の経験の場としても「プラクティスグループ」には意義があります。事務所に入所してから少し経つと、若手の弁護士にも、「プラクティスグループ」で報告をして欲しいといった話が回ってくることがあります。そうすると、大勢の弁護士の前で発表を行い議論をリードすることになるわけですが、これは、事務所の外部に出てプレゼンテーションをする前の練習の場所にもなる、という感じですね。

――森・濱田松本法律事務所では、法律業務以外に種々の公益活動への参画を積極的に推進しておられますが、その理由をお聞かせください。また、具体的に行っておられる公益活動の内容についてもお聞かせください。

松村:公益活動の重視は、事務所の理念のひとつでもあるのですが、それは先ほど申し上げたように弁護士一人一人の共通の志のあらわれであると考えます。弁護士は、それぞれこのような弁護士になりたいという志を持って仕事をしていくわけですが、その志の中身は多種多様です。弁護士という職業は、資本主義の単なる1プレーヤーではなく、特別の役割が期待されているのだと考えています。国との関係で考えると、国から監督を受けない自治が認められています。市民という立場から自由や人権というものを擁護し考えていくという役割があるからです。我々は、普段の業務においても、クライアントの経済的自由権を中心とする各種人権を守っているという意識で仕事をしていますが、社会正義の実現というものは、業務に関わるものであると否とを問わず、弁護士の共通の志として共有されているものであると思います。このような理由から、我々の事務所は積極的に公益活動に携わっています。
 公益活動の具体的な内容として、ひとつには弁護士会の活動への積極的な参加、というものがあります。我々の事務所は、過去に日弁連の会長をはじめ、各弁護士会の会長、法テラスの事務局長といった弁護士会関係の役職に人材を輩出しています。弁護士会以外では、最高裁判事に就任した弁護士もいます。若手も、刑事事件の当番弁護や国選弁護、クレジット・サラ金の無料法律相談等についても積極的に参加していますし、子どもの権利や外国人の人権に関する委員会、環境に関する委員会などといったものに関与し、社会の基盤作りというか、我々のノウハウや知識、リソースというものを社会に還元していくという活動も行っています。さらに、司法研修所や各ロースクールに教員を派遣し、後進の育成に貢献するということも、多くの弁護士が積極的に行っている公益活動の一つです。

――では、各弁護士の専門についてお話をお聞きしたいと思います。
各弁護士の専門分野は、どのように決まっていくものなのでしょうか。また、各業務分野での交流はどの程度あるのでしょうか。

 

青山:専門分野は、事務所があなたはこれをやりなさいと決めてかかってやってもらうものではなく、いろいろな仕事を経ていくなかで、「運と縁」もありながら、徐々に決まっていきます。この過程には、意図して特定の分野に取り組んで専門性を高めていくこともあれば、たまたま取り組んでいた案件が非常に面白くて深く仕事に打ち込んだところ、そのときの実績から同じ分野の案件がまた回ってきて、次第にその分野のプロフェッショナルになっていったということもあります。このように、自分の意図半分、運と縁半分、といった形で自分の分野が決まっていきます。
 ちなみに、私は、今はファイナンスを専門にしているのですが、過去はいろいろな分野の経験をしたいということもあり、M&Aやコーポレートといった分野もやっていたことがありました。そして、ある程度時間が経った時に、自分はファイナンスをやろうということを決断しました。このように、いろいろな経験を積み重ねていくなかで、分野それぞれの特徴や、自分の肌に合うかといったことが分かってきて、徐々に方向性が決まってくるということだと思います。

――入所したときや採用されたときに、もうすでに専門分野が決まっているというのではなくて、経験を積んでいくなかで決めていくというものなのですね。

青山:そうですね。企業法務と一言で言っても、本当に色々なことをやっていますから、一人の弁護士が全ての分野で第一線の専門家であるということはなかなか難しいわけです。従って、ある程度どこかの分野にフォーカスしていくということはいずれ必要になるわけですが、だからといって、初めから専門を1つに絞らなければならないというわけではありません。もちろん、全くのノーアイデアというのではなく、どういった仕事に興味があるかというイメージくらいは念頭に置いて入所してもらいたいと思いますけれど、それ以上何か決めて入所しなければならないというわけではなく、事務所のなかで経験を積んで、自分の意思と、周りの環境とで徐々に決めていけばよいと思います。

松村:我々の理念のひとつとして、「バランス感覚を持った人材の育成」を掲げているということをお話しました。人材育成の方法としては、マニュアルがあって、それに従って専門分野を決めていくというものではありません。各弁護士にメニューを見せて、そのなかから、それぞれの置かれた状況や、個性、志向等を考慮しつつ、先輩弁護士と相談しながら専門分野を選択してもらうようなシステムを採っています。
 もちろん、新人のなかには、企業や銀行でのファイナンスの実務経験があるという人もいれば、知的財産権について深い知識を修得した上で入所してくる人もいます。このようなバックグラウンドで最初から目標を持って入ってくる人もいるのです。
 私自身は、業務分野についてあまりよく理解できていない状況のまま事務所に入ってきました。M&Aとは一体何なのかわからないし見たこともないという状態だったのですが、実際仕事をやっていくなかで、なんておもしろいんだ、ということに気付いていったのです。人によっては、たまたま先輩に一緒にやらないかと誘われて関与した案件が、実は日本で誰も考えたことがない案件だったということで、結果としてその分野の専門家と呼ばれることになったりもしています。自分がこれを専門にしようという明確な意識がなくても、その案件に一生懸命取り組み、それがたまたま誰も取り組んだことがない案件だったりすると、結果的にその分野について日本で一番詳しい専門の弁護士ということになるのです。
 狙って専門分野を作るという進取の精神や、この分野で日本一になってやろう、この分野で自分は誰にも負けないという気概ももちろん大事です。しかし、どれほど強い気持ちを持っていたとしても、その時代その場所で、そのような分野の案件が存在しなかったら実務としては何にもならないわけです。クライアントが依頼してきた案件のなかで獲得した知識や経験によって自らの専門が作られていくということもあり、そう考えると、専門が決まっていく過程というのは、ある意味、いろいろな要素の組み合わせのように思います。その人の置かれた状況や志向によって、専門がそれぞれ決まっていくのです。ひとつだけ誤解してほしくないのは、「専門」というと、言葉上いかにもその分野「だけ」をやるという印象もあると思うのですが、実はそうではないということです。若手の弁護士も、我々のような中堅の弁護士も、年配の弁護士も、それぞれいろいろな分野を日頃扱っています。私も、渉外的な訴訟、ファイナンス、刑事弁護等も現に業務として取り扱っていますが、そういったなか、M&Aの案件、特に上場会社の公開買付け、つまりTOBを必要とする案件や、金融機関のM&A、それから、クロスボーダーの案件等については、業界のなかでも一応それなりに頼りにしてもらっているのではないか、というような自負もあります。ですから、「専門」というのは、それを「専ら」やっているということではなくて、その分野が得意で、その分野においてはだれにも負けないという気持ちを持っているということなのではないかと思います。

2.業務分野等について

(1)M&Aについて

――M&Aの過程には、大別して(1)プランニング、(2)デュー・ディリジェンス注2 、(3)ドキュメンテーション、(4)ネゴシエーション等があると思いますが、法律事務所の弁護士がこれらの過程にどのように関与していくのでしょうか。

松村:M&Aには、今おっしゃった4つの局面に加えて、あと2つくらいの局面があると思っています。 1つはディスピュート・リゾリューション注3 です。M&A取引を行った後、その取引を巡って裁判や紛争が生じることがありますが、そうなった場合の紛争解決まで含めてM&Aの過程と見ることができると思っています。
 それから、エグゼキューションと私が呼んでいる局面があります。たとえば、許認可を得たり、公開買付けについて届出書を作って役所と折衝したり、合併であれば株主総会の開催準備をしたりといったプロセスハンドリングのような局面においても弁護士が重要な役割を果たすのだと考えています。

 それぞれの局面で、弁護士がどう関与するかについてですが、まず、プランニングもしくはストラクチャリングの場面では法律の知識そのものが生きてきます。たとえば、ある会社が他の上場会社の株式を50%買いたいと相談にきたとしましょう。その上場会社には50%の株式を持っている大株主がいて、その大株主から株式を買いたいというケースです。この場合、法律を知らない人だったら50%の上場株式を売買契約で買ってくればいいのだから、売買契約書を作成すれば足りると考えるかもしれません。しかし、法律では公開買付規制というのがあって、あえて単純化していうと、3分の1以上の議決権を得るような、そういう取引をするようなときには公開買付け注4 という手続を踏まなくてはいけません注5 。そうすると、上場会社の株式50%の売買契約というのは違法な契約になってしまうわけですから、それ(50%以上の取得)を実現するためには公開買付けという手段をとったらいかがでしょうか、というようなアドバイスになるのです。もちろん、実際にはこんな単純な依頼はないわけですが。
 また、現金を使うと大変なので株式を対価として使いたいという要望が会社側から出された場合であれば、どうでしょうか。エクスチェンジオファー注6 などといった制度もありますが、現実には公開買付けは現金でほとんど行われているので、TOB以外の手法で考えますと、自分の子会社あるいは自分自身と対象になっている会社とを合併させるという方法が考えられます。たとえば、自分たちの会社が存続会社、買収しようとしている相手会社を消滅会社として、消滅会社の現株主に対しては、存続会社の株式を対価として与えるというような方法です。

 クライアントが何をやりたいかということをよく聞いて、それを実現するためにはどのような解決方法があるのか、法律や判例、あるいは過去の経験に基づく知恵や知識を総動員しながらアドバイスしていくというのがプランニングです。プランニングにおいて、話の発端は、こちらからこういうのはどうでしょうか、こういうのをやったらどうでしょうかということを常に持ちかける、というわけではありません。クライアントの方がこういうことをやりたいのですと漠然としたものを持っている、あるいはもう具体的にこういうような取引を考えていますと相談を持ってくるのです。それに対して、我々は、この取引だとこういうふうに行った方がいいのではないでしょうかと指摘したり、これだと法的リスクがありますよと指摘します。また、法的リスクが明白な場合は、別の方法があるのではないでしょうかといった提案をします。そのような役割を果たすのがプランニングあるいはストラクチャリングといわれている局面です。

 次に、デュー・ディリジェンスというのは、会社にどのようなリーガルリスクがあるのかということを発見する作業です。会社の人にインタビューをしたり、会社の資料、契約書、議事録といったものを精査したりして、法的な論点が潜んでいないかをチェックしていきます。具体的には、違法なことをしていないか、法的なリスクになるような、たとえば訴訟になるようなことは起きていないか、業務停止となるような原因はないかといったようなことをチェックしていきます。

 ドキュメンテーションですが、これは契約書を作成していくということですね。我々は契約書の起案手法に関する広いノウハウを持っていますから、一つの条文を作るにしても、こういう条項にすれば、よりクライアントの利益を守ることができるだろうなどと考えながら作成していきます。2、3頁の短い契約もありますし、500頁というような長い契約もありますが、契約の長短にかかわらず、どういうポイントを指摘し、どういう文言を使えばクライアントにとって最善の結果になるだろうかということを考えて作成します。場合によっては、依頼者が求める目標を達成するためには、作成や検討を依頼された契約だけでなく、別の契約も必要ですねといって新しい条項や契約を起案することもあります。これがドキュメンテーションの局面での弁護士の役割です。

 最後に、ネゴシエーション(交渉)です。交渉については皆さんなかなかイメージがわかないと思うのですが、私自身は、これが一番魅力的な業務だと思っています。交渉というのは、必ずしも弁護士が担当する必要があるわけではありません。当事者のトップ同士で交渉をすることもありますし、フィナンシャルアドバイザーが前面に立って交渉をすることもあります。ただ、契約交渉ということですから、様々な法的論点についてどういう条件を契約のなかで勝ち取っていくのか、どういう契約文言にするのか、どういう契約を必要とするのかといったようなことについての交渉が主であり、それらに関しては、弁護士が中心となって行うべき、ということになります。もっとも、弁護士だけでできるものではないので、大きな交渉ではクライアントの担当者やアドバイザーを含め50人とか60人とかのチーム全員で議論をし、まとめあげたものを持って相手方との交渉に臨むこともあるのです。このような交渉では弁護士がチーム代表としてチームの意見を主張します。たとえば、相手方の提示してきた条件やそのなかの理念、あるいはある問題点について、お受けできない旨述べたり、それらの代わりに別のアイディアを提案する旨述べ、そのためにはこういう文言を入れたいと思いますとスピーチしたりするわけです。
 これに対して、今度は相手方のチームがどの部分を譲歩できるか、どのように反論するかを判断しなければなりませんから、別室などで再度議論を行います。会計・財務の観点や企画・営業の観点から意見を聞きつつ、会社の意向はどうなのかを議論します。そして、当該条件を受容すると対象会社の価値が大幅に変わってしまうという場合であれば、その旨主張して買収価格の方に反映させるべきだとか、この条項をこういう風に変えなくてはならないだといった作戦を立て、またそれを交渉のテーブルに持ち帰って逆提案をします、という形で主張していきます。これは典型的な大型交渉における弁護士の役割です。
 ただ、交渉といっても、相手方代理人に電話をかけて文言の変更の提案をしたら相手方が承諾したということで、1、2分で終わるという簡単なものから、1年かけて、毎回徹夜をして、交渉するということもあります。特に海外との交渉は激しいものになることが多いです。言葉と文化の壁といいますか、日本人とだったら、契約書に書いてあることは大体こういう意味ですよねということでそれを飲んだりしますが、外国人との場合は、契約文言の意味や表現を厳格かつ正確に表現することによって、言葉の壁や文化の違いをカバーすることになるから、というのがその理由だと思います。以上がネゴシエーション(交渉)の局面です。

 そのほか、M&Aがうまくいかない場合は紛争になるため、そのときに、法廷もしくは法廷外の場で紛争解決を行うといったことが、ディスピュート・リゾリューションです。また、先ほど申しましたが、エグゼキューションとして許認可を得たり、届出書の書面を作成したりすることもありますし、M&Aのやり方やその影響などに金融庁等の関係官庁が懸念を抱いている場合であれば、金融庁や公正取引委員会などの当局と折衝するということもありますので、そういう場面でも弁護士が活躍することになります。

 話が長くなってしまいましたが、こういったM&Aの一連の流れのなか、いろいろな局面で弁護士が活躍する機会があるのだということを理解していただければと思います。

――M&A業務では、チームを組んで臨まれているとおっしゃいましたが、大企業の場合はインハウスロイヤーを擁している企業も多くあると思います。インハウスロイヤーとの協力関係というのはどのようになされているのでしょうか。

松村:M&Aの推進チームには、社外の人間として、フィナンシャルアドバイザーの方々、会計士や税理士、弁護士などの専門家が加わることが多いですが、それ以外に会社内のチームというものもあります。社内のチームには、社長以下を始めとする経営企画のメンバー、財務面からの検討をする経理や財務のメンバー、法務のメンバーなどがあります。
 大きな会社では法務部員の方々が何百人もいるところもあって、そのなかに弁護士がいることもありますが、彼らとは会社内のチームの中でも一番密に協力しあいながら、契約の文言をどのようにするかとか、法律的な問題をどのように解決するかといったことにつき、相談しながら一緒に進めていくという形をとっています。

――インハウスロイヤーだけでM&Aをやってしまうというケースもあるのでしょうか。

松村:あります。契約もできれば交渉もできるという方々もいますから。インハウスロイヤーの方々は、会社が抱えている問題だとか、会社の業務だとか、会社が特に気をつけなければならない法律問題や役所との関係だとかいったものに関しては我々よりも詳しいのです。そういう点で、案件においても我々外部の弁護士が、インハウスの彼らに頼る場面も多々あります。
 一方で、私自身もかなりの時間をM&Aに割いてきましたから、そういう意味では、会社の方々が経験していないことを知っている場合もあります。そういう観点で我々外部の弁護士に頼っていただいているという側面もあると思います。お互い頼りあって、補完しあいながら進めていくのです。

――M&Aの契約が終了し、クロージング後の段階において、弁護士が関与することはあるのでしょうか。また、関与するとしたら、どのような態様になるのでしょうか。

松村:ありますね。PMI、ポストマージャーインテグレーション注7 、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。合併や統合がクローズした後に、どうやってそれを維持し、シナジーを出していくのかという点が非常に重要なのです。リーガルの観点からは、基本的にはディールがクローズすれば、いったんはクローズに向けた法律的論点は解決するのですが、M&A全体としてみると、ディールクローズした後にも課題は山積しているのです。買収前には、買い手は、売り手や対象会社のことをよく分からない。対して、売り手は対象会社のことはよく知っている。そういった情報の非対称性があるのですが、実際に買収した後に、買い手がその情報を全部知ることになるわけで、蓋を開けたら全然違っていたとかそういったトラブルが起き得るわけなのです。完璧に情報を共有することは不可能なのです。契約交渉時にはトラブルを予想して、様々な条件や条項を規定するのですが、実際にトラブルが生じると、それらの契約の解釈が問題になるのです。ポストマージャーの局面では、シナジーをどうするかという前向きのこととは全く別の、むしろ後ろ向きの、要するに紛争をどのように解決するかという形での対応が多くなるのですが、ポストマージャーでも弁護士が関与する場面というのは結構あります。先ほど申し上げた区分のなかでは、ディスピュート・リゾリューションといいますか、訴訟や紛争解決の場面で弁護士が関わり、それを解決するためにさらにまた新しいネゴシエーション、ドキュメンテーション行うという、そのような循環になってくるということです。

(2)コーポレートガバナンスについて

――松村先生は、コーポレートガバナンスを関連取扱業務とされておりますが、実際に、弁護士はどのようにコーポレートガバナンスに関与していくのでしょうか。

松村:一番典型的なものは、株主総会や取締役会が適法に運営されるためのアドバイスをするというものです。
 たとえば、株主総会の開催にあたっては、議案を作成したり、上場会社の場合には招集通知の参考書類規則を作成したりするのですが、それらの適法性についてアドバイスするというのが典型的な業務です。また、仮に総会で質問が出たときにどのような回答をするのがよいのかをアドバイスすることもあります。質問に対する回答は、答えすぎると営業秘密の漏洩ということにもなるかもしれませんし、逆に、答えが不足していると説明義務違反ということになり、後から取消訴訟を提起されるというリスクもあります。その辺りのバランスをとりながら、どこまで回答すべきなのかをアドバイスします。
 総会に向けてのアドバイスは、IR型注8 総会を考えているのか、非常に事務的な総会を考えているのかといった、総会に対する会社の方針を踏まえながら、その在り方についてアドバイスしていくことになります。
 取締役会の場合はもう少し生々しい話があります。場合によっては役員同士の権力闘争みたいなものがあったり、ジョイントベンチャー注9 の場合は、親会社同士の闘争の代理戦争が取締役会で起きるという場合もあります。そのような場合、当該取締役がいないところで決議されたり、取締役解任の決議がなされたり、いろいろな事態が起き得ます。これらの事態について後から違法だとチャレンジされたときにその適法性を主張していくこともあれば、チャレンジされないようにきちんとプロセスを踏みましょうといったアドバイスをすることもあります。こういったアドバイスも、コーポレートガバナンスという切り口からの弁護士の重要な役割のひとつになっています。

――日本振興銀行事件注10 を契機に、社外取締役についてのあり方が改めてクローズアップされることと思いますが、このことと関連して、弁護士が社外取締役・顧問弁護士・監査役それぞれに就任することの意義・期待される役割について、考えをお聞かせください。

松村:これは、私がアメリカに留学しているときに研究したテーマのひとつでもあります。取締役会はどのような構成であるべきかという問題なのですが、アメリカのボードメンバーはほとんどが社外取締役ですね。対して、日本は、業務執行者すなわち経営陣が取締役を兼務している場合が非常に多く、社外取締役がいないというような会社も、これまでは少なくありませんでした。上場企業においては、東京証券取引所など証券取引所の規則として、第三者割当増資をして25%以上希釈化するような株式発行をするような場合には、対象会社で特別委員会を作って、そこで適法だという意見をもらいなさいとか、あるいは敵対的買収がある場面など、防衛のための対抗策を発動するときには、特別委員会を作って、そこの意見を聞きなさいというものがあります。このような特別委員会がどのようなメンバーで構成されるか。日本の場合には社外取締役が少ないので、著名な学者や会社経営者、会計士や弁護士を構成員にするのです。しかし、その学者も、外部の有名な経営者も、その会社のことなんてよくわからないですよね。その会社のことをわからないと、その会社の価値の最大化を図るかどうか検討することはなかなか難しいですよね。
 そういった観点からすると、日頃から会社のボードに出席し、会社に関する情報を持っているものの、経営からは一歩離れた所にいる社外取締役とか社外監査役の役割は非常に重要になります。特別委員会のメンバーとしては、社外取締役といった会社内部に精通した立場の人が期待されるのです。

 アメリカでは、判例法上、利益相反取引がある場合などにおいて、会社がスペシャルコミッティー(特別委員会)を設置すれば、証明責任が転換され、取引の違法を主張する側に立証責任が移るといった制度になっています。逆に特別委員会を設置しなかった場合には、会社側に適法性を立証しなければいけないということになるわけです。アメリカでは、特別委員会を作っているといっても、ほとんどのケースではボードの社外取締役がメンバーになっているのです。そういった意味では、今後社外取締役が果たす役割というのはますます重くなっていくでしょうし、弁護士が社外取締役に就任して、有事の場合に法律的なバックグラウンドをベースに特別委員会に加わっていくような機会も増えるのではないかと思います。
 ただ、取締役の就任には個人的なリスクが伴います。取締役というのはいくら社外取締役とはいえ、善管注意義務を負い、利益相反取引の規制がかかり、株主代表訴訟の対象になります。そういった環境にあるので、弁護士が社外取締役に就任することに対しては、慎重な考慮を要すると思っています。

 もっとも、今の流れを見る限り、弁護士が社外取締役に就任するというケースは、これから非常に増えると思います。弁護士としての役割に期待があるという一方で、その重責も理解した上で、就任する必要があるだろうと考えています。

――弁護士が経営に関しての法的リスクについて相談されたとして、そのリスクが100%起きるとは限らなくて、たとえば発生可能性5%のリスクがあることがわかったときは、経営者にどのようなアドバイスをされるのでしょうか。

松村:非常にいい質問だと思います。要は、我々弁護士が何を期待されているかということだと思うのです。社外取締役に就任しているのであれば経営判断も期待されることと思いますので、弁護士として法律的にはこう思いますというだけでは許されない場合もある。その場合、社外取締役として決議に賛成することができるか、業務執行者の行為を止めるべきか、といった非常に高度な経営判断が期待されるのだと思います。しかし、社外取締役に就任しているわけではなく、あくまで外部の弁護士として相談を受けたのであれば、そこには純粋な法律判断しかないと思います。たとえば、「ここまでは違法で、ここまでは適法です。その間にはグレーゾーンがあります。」といってそれでおしまいという突き放したようなアドバイスがなされる場合もあります。これではクライアントのニーズに応えていないことになるかもしれません。場合によっては、そこの白黒のラインをはっきり分けることがニーズかもしれないのです。
 また、理論的にはここからは白で、ここからは黒で、ここはグレーとした上で、エンフォースメントの話として、実際に株主代表訴訟で訴えられるリスクがどのくらいあるかなどをアドバイスすることもあります。確かにこれをしたら黒ではないかもしれないけれども、これにはこういうリスクがあって具体的にはこういうハードルがありますよというところまで含めたアドバイスをすることはあると思います。さらには、会社のためだと思ったらやるべきです、とアドバイスする弁護士もいるかもしれません。ただ、私自身のスタンスとしては、弁護士は経営判断ではなく、法的分析を頼まれていると考えているので、判断の材料をできるだけ正確かつ十分に提供するところが弁護士のアドバイスの要で、それを踏まえてどういった経営判断をするかというのは、もちろん弁護士が相談に乗ることはあるとしても、最終的には依頼者がインフォームド・ディシジョンをする領域であると考えています。

―─経営判断に踏み込むか踏み込まないかは個人の考え方ということでしょうか。

松村:そうなりますね。ただ、社外取締役になった場合は、純粋に弁護士としてではなく経営者としての判断が求められるので、法律上こうなるというだけでは足りないことになると思います。

――それでは、事後的に相談を受けた場合において、これからどうしたらいいかと聞かれたら、どのようにアドバイスをされるのでしょうか。

松村:過去のことは変えられないので、発生したことを前提にどれだけ有利に戦えるかを考えます。刑事事件の場合、自白事件だとしたら、最大限情状を考慮してもらえるよう主張し、否認事件だとしたら、法律論や事実を争い、そこにスポットライトを当てるような主張をします。同じく、民事事件の場合でも、訴えられるなと思ったら、事実は変えられない以上、いまあるもののなかでどう有利に戦うか、これからどのような行動をした方がよいか、といった前向きなアドバイスをすることになるだろうと思います。

(3)ファイナンスについて

――青山先生はファイナンスを主要取扱業務とされていますが、ストラクチャードファイナンス注11 、バンキング及びキャピタルマーケッツ注12 において、具体的にどのように関わっていらっしゃるのでしょうか。

青山:大きな観点で申しますと、M&Aの世界と共通するところがありまして、プランニング、デュー・ディリジェンス、ドキュメンテーション、ネゴシエーションというのは、ファイナンスにもあてはまるところがあるのですね。クライアントからこういう取引がやりたいと、それについて一番有利な方法はなにかという相談が来た場合、まずプランニング・ストラクチャリングから始まる。どういった取引手法があり得るか、それぞれの手法について考えられるメリット・デメリット、リスクは何かを検討するということから始まり、それから、デュー・ディリジェンス、ドキュメンテーション、ネゴシエーションの経過をたどって案件が成就するという過程を経ることは、ファイナンス案件でもしばしばあてはまります。場合によって、ディスピュート・リゾリューションやエグゼキューションが必要になるという点も同じです。
 ただ、M&Aと異なるところもあります。たとえば、デュー・ディリジェンスを例に挙げますと、何をデュー・ディリジェンスするのかというのはファイナンスのそれぞれの手法によっても異なってきます。コーポレートファイナンスといって企業体の信用力を引き当てにする資金調達であれば、当該企業が引き当てとするに値する信用力を備えているかを調べるために当該企業のデュー・ディリジェンスをすることがあります。このようなものは、企業体を対象にデュー・ディリジェンスを行うという点では、M&Aの場面で行う対象会社のデュー・ディリジェンスと似たものがあると思います。これに対して、アセットファイナンスになると、企業の信用力を引き当てにするのではなく、たとえば、ある不動産やある債権のプールなどの特定の資産を引き当てにして投資家から資金を集めることができるか、という話になってきます。そうなると、アセットデュー・ディリジェンスをすることになります。具体的には、不動産の場合であれば、その不動産の所有権の来歴に問題はないか、担保権が設定されていないかを確認したり、建築基準法などの不動産関連法規を遵守しているか、賃貸借契約などの契約があればその契約内容はどうか、不動産を巡って紛争がないかを確認するといったことです。

 ドキュメンテーションやネゴシエーションも、ファイナンス業務の中核の一つです。たとえば、金銭消費貸借契約を締結してお金の貸し借りをするというときに、その契約一つだけとっても交渉ポイントを挙げれば切りがないことになります。資金使途はどのように制限されるのか、元本・金利の返済のタイミングはどう定めるか、お金を借りている期間中借り手が守らなければならない約束事は何か、借り手の業況をモニタリングするために貸し手はどういう情報を求めることができるか、借り手の業況がどうやら途中で怪しくなったような場合に期限の利益を喪失させるためにどういう条項を盛り込むか、逆に期限が到来する前に借り手の方で資金の余裕ができて途中で全額返済したくなったらどういう条件で返済することができることにするか、などなど、最も基本的な事項さえ挙げきれないほどの多岐のポイントにわたって交渉が必要になります。
 そして、そうした交渉結果を契約文言に落とし込んでいくのは、ドキュメンテーションのプロセスです。お金の流れが滞らないよう緻密に正確に、同時に、資金の受け手の資金ニーズを的確に満たしつつ資金の出し手の権利・利益もしっかりと確保されるような内容にすることを目指して、関係者が知恵を絞り細心の注意を払いながらドキュメントを作り上げていくことになります。そこでも、弁護士がドラフティングをコントロールする中心的な役割を担うことになります。また、ドキュメンテーションの対象になるのは契約書だけではありません。たとえば有価証券届出書や目論見書など投資家保護のための開示書類を作成する際にも、どういった情報をどの程度開示することが投資家保護の目的に資するか、関係者との折衝を踏まえて書類作成を行うのは弁護士の重要な業務です。

――新人弁護士がファイナンスにかかわっていく場合は、どのような仕事を経て、専門性を高めていっているのでしょうか。

青山:一口にファイナンスといっても様々な案件があり、新人弁護士にとっては、比較的単純に感じられる仕組みの案件もあれば、複雑でイメージのつかみにくい仕組みの案件もあると思います。また、問題になる法律も、案件によって、民法や会社法など勉強したことのある法律であることもあれば、聞いたこともない法律が出てくることもありますし、そもそもどの法律が問題になるかを見極めること自体が難問であるという案件もあり、難易度は様々に感じられるはずです。そのような中、新人弁護士には、できるだけとっかかりがありそうな案件から次第に難しい案件まで含めて、どんどんチームに入って案件をこなしてもらうことになります。最初はできることに限界があると感じるかもしれませんが、自分で限界を決めてしまわないことも大事で、若い弁護士がチームの中で中心的な役割を果たすことは決して珍しくありません。たとえば、プランニング・ストラクチャリングの段階で若手弁護士からいいアイデアが出ることも大いにあるのですよ。様々な案件に入ってもらい、できるだけ多くの経験をしてもらう中で、特に興味を持って深く関与する分野があれば、その分野でさらに専門性を磨いていくというのが成長のプロセスだと思います。

(4)紛争回避の方法

――先生方は、交渉の段階では紛争が起きないように心がけていると思うのですが、先ほどから、コーポレートでもファイナンスでも、いろいろと交渉していく段階において契約の文言をこうしようというお話が何度も出てきています。先生方が契約の文言を作成されるにあたって、特に心がけていることや方法がありましたら教えてください。

松村:契約文言の作成、というのは、最も悩みの生じる場面のひとつでもあります。確かに予防という観点からすれば、契約文言は明確であるにこしたことはありません。しかしながら、交渉をまとめるという観点からすれば、現時点で紛争を顕在化させるようなことは避け、将来的に紛争が起きないことに賭けるという判断もあり得るわけです。M&Aの場合、交渉段階で、誰が見ても後に紛争になり得ないほど明確な契約文言で契約書を完成させることのはなかなか難しいのが現実です。M&Aでは、交渉段階で紛争が起きないようにするための考慮から、あえて解釈の余地を残す契約文言にするということもあります。それがポストマージャーの紛争が起きてしまう原因だとは思うのですが…。理想をいえば、将来的な紛争を予防するのも私たちの重要な仕事ですから、契約文言は明確にした方がいいのかもしれませんが、明確化を追及するあまりディール自体がなくなってしまったり、交渉段階で紛争が顕在化してしまったりするのでは本末転倒ですから、そういう観点から、いま紛争が起きることを避けるために、将来的な紛争予防を後退せざるを得ないということもあり得るわけです。

青山:同じことの繰り返しになりますが、理由がないのに二義を許す書き方だとか、曖昧な契約条項を盛り込んだりだとかはしないようにしますね。合意内容がはっきりしていて、全当事者がそれを正確に契約に落とし込むことを一致して求めているという局面では、当事者の合意内容どおり二義を許さない表現をすることに注力すればいいわけです。他方、当事者の利害が対立して契約文言を巡って綱引きになっている場合や、意見の不一致が顕在化してはいないけれども問題を突き詰めて詳細な規定を作ろうとすると当事者間でおり合いがつかなくなるような場合には、多少曖昧さが残っても当事者双方が合意できる文言で合意することもあるでしょう。要するに、ケースバイケースで対応することが重要ですね。

――企業法務の場合、将来の紛争をどのくらい想定し、どのような応対までしておけば、弁護過誤に問われず義務を全うしたといえるのでしょうか。

松村:クライアントに十分納得してもらうことが、義務を全うしたといえるために大切なことだと考えます。クライアントにきちんとリスクを説明した上で、この内容でいいですかと確認するのです。たとえば、交渉を全面的に任されている場合で、相手との交渉でどうしてもまとまらないからその文言を選択したところ、後から紛争が起きてしまい、クライアントからどうしてリスクヘッジできなかったのかと責任を問われるといった場合、予め、将来紛争が起きるリスクがある旨説明するとか、「甲は乙に対して何々の権利を有する」という内容でまとめた場合、現段階で「執行」について触れると交渉がまとまらないことから、とりあえずこの文言で落としておきましたと説明するといったことが大切なのです。我々にとって一番大切な仕事のひとつに、クライアントの説得や十分な説明というものがあります。このようにして、クライアントとの間できちんと信頼関係を構築することが重要だと思うのです。

青山:どのような取引にもリスクはつきもので、取引に伴う将来のトラブルの種をゼロにする方法は、その取引をしないという決断でもしない限り、ないわけです。全てのリスクシナリオに手当てを施した完璧な契約書を作るということも現実的な想定ではない。しかし、そういった中でも、現実的な対処として、どのようなリスクを想定し、どのような手当てを行うか、理由をしっかり説明できることが重要ではないでしょうか。弁護過誤というと大げさな問題のようですが、結局、弁護士が日々の業務の上で心がけることができるのは、全ての案件に誠実に全力投球することというようなごく当たり前の話に尽きるので、そのことは、企業法務の弁護士にとっても、そうでない弁護士にとっても、同様に当てはまることではないでしょうか。

(5)法改正への対応について

――金融分野では頻繁に法改正がなされますし、また、近い将来には債権法の改正も控えています。このような法改正にあたって、どのように対応されているのでしょうか。事務所としての取り組みや先生ご自身の取り組み等ございましたらお聞かせください。

青山:事務所の弁護士はそれぞれにいろいろな法律に興味を持っていて、日頃から労を惜しまず勉強するという人が多いように思います。そういったなか、主要な法律の改正に向けた動きが始まれば、多くの弁護士が興味・関心を持ち、動向を追いかけることになります。そうなると、事務所内に勉強会が組織されることもあります。
 法改正が具体的な形をとり始めると、論文の発表であるとか、講演であるとかの機会が与えられることもあります。債権法改正を例に挙げますと、我々の事務所の弁護士有志でNBLに連載をしました。これは、連載前から勉強会をしていたメンバーで執筆にあたったものです。
 そうした日々の活動の中で、弁護士の勉強の度合いも深まり、情報の蓄積も進んでいきます。そして、中間試案やパブコメ注13 の段階を経て、成立、施行に至る過程では、クライアントから、法改正対応のための多くの相談を受けることになり、弁護士は、それまでに蓄積した情報をもとにアドバイスをすることになります。
 施行後は、改正法のもとで実務が動き出し、新しい実務が形成されていく過程に直接関与することになります。実務慣行が固まってきますと、一応その法律の実務について安定してきたといえると思います。
 以上は純粋にいわば在野の弁護士としての関わり方ですが、これとは別に、法改正の審議自体に委員として参画するというケースも少なくありません。債権法改正について鎌田薫弁護士が法制審議会の関係部会の部会長を務めていることは特別な例としても、特にビジネスに関わる法律の改正について弁護士が知見を求められ法改正のプロセスに関与することがありますし、また、公官庁への出向者がその立場で法改正に携わるなど、弁護士が法改正に携わるあり方には多様なものがあります。事務所としては、これらのチャンスも適宜よく生かして、常に情報の収集と発信に努め、クライアントサービスの向上に努めていくということになります。

(6)企業法務の道に入ったきっかけと学生時代にすべきこと

――松村先生、青山先生が企業法務を志されたきっかけなどお聞かせ願えたらと思います。

青山:私は大学に入る頃は金融や経済の分野の官僚になりたいと思っていたのですが、どうも考えていくうちに、もう少し現場的といいますか、ビジネスの実際に近い場所に身を置きたいと思うようになりました。ちょうどその頃、法学部の授業で、企業法務というカテゴリーの弁護士がいることを知りました。法律の勉強も嫌いではなかったですし、弁護士の世界はある意味職人の世界ですから、自分の腕が立つかどうか、自分の努力次第である。そういった世界に飛び込んで、自分に何ができるか甚だおぼつかないけれど、一つ頑張ってみたいと思いまして、それでともかくこの世界に飛び込んでみたという感じです。このように、私の場合は、裁判官と検事と迷ったけれど最後は企業法務を志しましたというタイプではないですね。法曹という括りで進路選択が始まってはいないので、その点では少数派かもしれません。

松村:もともと弁護士を目指したひとつの理由として、刑事事件に関心があったということもあり、修習生になった頃は、企業法務という分野について具体的にあまり良く知りませんでした。ある日、研修所の教室の黒板に同級生が「今日事務所を訪問して、しゃぶしゃぶを食べたい人募集」って書いてあったのが、今の事務所に訪問してみたきっかけです(笑)。一方、クロスボーダー案件で、日本の企業やクライアントを代理して海外の一流の弁護士と交渉して、クライアントの利益を擁護できたら、という気持ちもあったので、その結果、今の仕事に辿りついた、というのがシンプルな回答になると思います。

――松村先生は渉外法務を志されたことがこの道へ入るきっかけだったとのことですが、クロスボーダーの案件をこなすにあたって必要なこと、理念があればお聞かせください。

松村:資質とか理念とかについては国内案件にあたるときと全く同じだと思います。クライアントのニーズを誠実に聞いた上、相手方を説得していくという作業に変わりはありません、当然語学力は必要になってきますが、そのほかは全く同じだと思います。自分の発言を現地の言語に訳してもらう場合でも、こちらの熱意といいますか、何を説得しようとしているのかということは、目、表情、声のトーンなどから伝わりますから、たとえ語学ができなくても、コミュニケーションのテクニックというか、日本語の会話で普段やっていることが海外の案件でも通用することもあるのだというのが最近の体験から受けた印象です。

――かつては日本企業が海外に進出するというケースが多かったと思うのですが、国際化の進行とともに、今度は、海外の企業が日本に進出するというケースが目立ち始めています。このようなケースにかかる案件が増えてきているのではないかと思うのですが、こうした変化に対応するために求められることは何でしょうか。

松村:一つは異文化についての理解です。その文化のことを全て知識として持っていることまでは必要ないかもしれませんが、言葉や国が抱えてきたバックグラウンドが違うと、我々が常識だと思っていたことが通用しないことがある、という考え方自体がとても重要だと思います。違う言語や文化の人たちがお互いにどうやって理解・意識・ゴールを共有できるかは、このような考え方を前提にしてはじめて見えてくると思います。日本企業が外国で企業を買収するとき、逆に外国の国が日本企業を買収しようとするときに、自分たちの常識や文化だとかいうものを前提に議論しようとすると、最後まで誤解が残ってしまったり、実は理解しあえずゴールが共有できなかったりすることがあるわけです。やはりそこは違うことを前提に、違うものとわかった上で、どのように理解を共有していくかに努めることが重要だと思います。私自身、外国に実際行った経験は大きいと思っています。
 私はアメリカの学者や弁護士としばしば話をする機会があるのですが、彼らから、最近日本人は内向きになっていて、特に若い人たちは、日本のリーガルの市場が成熟し国内でも十分な法的ニーズがあるからか、昔は外国に行って新しいものを吸収してこないと仕事にならないという事情があったからか、昔と比べて海外に目を向ける人が少なくなっているのではないか、と指摘されることが少なくありません。皆さんもぜひ、学生の間に、短くてもいいので海外に行き、その文化に触れて、異文化の人たちがどのようなことを考えているのかを学び経験してほしいと思います。そういうものがクロスボーダーの案件に携わるときにも生きてくると思いますし、国内の案件、たとえば日本企業同士の合併であっても、グローバル化の進む現在では投資家や取引先の関係から、アメリカ、ヨーロッパ、アジア各国の法律に直面することもあるのですから、そのような経験が生きてくるのです。たとえ英語を使って交渉しなくても、そういった異文化との接触は必ずあると思いますから、海外の文化に触れるという経験をぜひしておいてほしいと思います。

3.法曹養成制度について

――能力や資質といった観点から、新司法試験合格者と旧司法試験合格者が比較されることがありますが、実際に実務にあたるなかで、両者の特徴・差異といったものを感じることはありますか。

松村:まだ判断するには時期尚早かと思います。ただ、今までの3年ぐらいを見ている限りでは、全く差異を感じません。旧試験合格者であろうと新試験合格者であろうと、それぞれ個人として素晴らしいものを持っているし、場合によっては欠点もまた持っているということです。試験のカテゴリーとしてそれぞれこういうメリット、デメリットがあるというのは、現時点では感じていません。

青山:僕も全くないですね。後輩が新試験合格者なのか旧試験合格者なのか知らないケースも多いですし、あまり意味を持つ区別でもなくて、ただ同じ弁護士として同一資格者ということに尽きると思います。

――法律の知識といった点で、旧司法試験組に比べ新司法試験組は劣るのではないかという意見を聞いたことがあるので、お二人のご意見を伺って少し安心しました。

青山:法律の知識の量そのもののレベルでいうと、新司法試験の人も旧司法試験の人も、事務所に入所してきた時の知識は、実務においては全く足りないですね(笑)。実務に必要な知識が100だとして、入ってくる時に持っている知識はせいぜい5か10だとすると、仕事をしていく間に残りの90、95を埋めなければならないという点では一緒なのですね。

松村:我々の仕事は知識がなければ話にならないので、法律家であり続ける限り勉強を続けていかなければならないし、また、知識を持っていたとしてもそれが使えなければ、仕事にならないわけなので知識の使い方も知っていなければならない。勉強に対する姿勢や、知識の使い方を知っているということは、法律家にとって一番大事な資質です。法曹養成においては、単に知識を詰め込んだり、知識を持つということだけではなくて、どうやって知識を得ていくのかという知識習得のプロセス、それから、その知識の使い方、この2つを身につけることがとても大事だと思っています。旧試験の場合には、論文試験なり口述試験なりを突破するための勉強を通してそういったものを培っていくことになっていたし、ロースクール制度では、ローでの教育を通してそういったものを磨いていくということになっているわけですが、大事なことはそのプロセス自体なのだと思っています。

――法曹養成機関としての法科大学院について、ご意見がございましたら、メリット・デメリットの観点からお聞かせ下さい。

松村:旧司法試験との違いでいうと、机を並べて勉強する、という点で法科大学院は高校みたいな感じですよね。一長一短あると思うのですが、敢えて懸念があるとすれば、一人で勉強することに対する意識が少し希薄になりはしないかな、ということです。我々はチームで案件に取り組んではいますが、最後は本人の直感、決断力、良心、価値観といったものが大事になってきます。最後は責任を持って自分でやるのだという自覚が、教室でみんなで勉強するというだけで、十分に鍛えられるのか、という視点です。
 反対に、議論をする訓練は、昔に比べれば相当できているのでは、という印象を持っています。
 したがって、ロースクール生は、個人としての実力や自信が本当についているか、最後は自分でやっていくのだということを自覚しているかという点を確認しながら、一方で、一人では出来ないことを集団でやっているというところの強みを意識して勉強を進めていくことが大事ではないかなと思います。ロースクール制度の問題点というよりは、ロースクールで学ぶ人の心構えの問題かもしれないですね。

――将来的に企業法務を専門分野にすることを考えている場合、ロースクールの授業以外に勉強しておくことが望ましい学問分野等がありましたら、お聞かせ下さい。

青山:その手の質問を受けたときには、実務に直結しそうな簿記、会計、英語などは、もし興味があるなら勉強しておけばいいと思います、とお答えするのですが、それはロースクール生にとって最も大事な勉強だとは思いませんので、いま興味がなければ無理にとまで言うつもりもないのです。それよりも本質的に大事なことは、法的議論というのはどのような作法で行うものなのか、法的なロジックの積み重ね方というのはどのようなものなのか、ということを学んでおくということだと思います。というのも、こういった法的な思考様式とか議論様式、作法といったものは、実務に出てから誰かに教わったり覚えたりするものではないと思うのですね。法曹としての足腰というか、土台のようなものは、まさに学部とかロースクールで身につけてくるものだと思います。土台さえしっかりしていれば、知識はあとからいくらでも上乗せすることができますから、そういったところを一生懸命身につけるということが大切なのだと思いますね。
 ですから、「ロースクールの授業以外に」目を向けることはもちろん有意義でしょうけれども、まさに「ロースクールで勉強していること」そのものに本質的に大事なものが含まれているということには改めて意識を向けておくとよいと思います。憲法でも刑法でも、ロースクールのどんな科目でも足腰という意味では共通の地盤をなすものですから、ロースクールのなかに重要な宝物が転がっているということはよく知っておいていただきたいと思いますね。

 あとは、ロースクールには実務家教員も来ていますよね。裁判官や検察官と接する中で、それぞれどのようなことを考えているのか、どのようなマインドの持ち主で、何に価値の力点を置いているのかというようなことを感じ取ることができればよいと思いますね。いろいろな法律家に会って、共感できる点とそうでない点を感じながら、その結果、もし自分が企業法務の弁護士になろうと決めたのなら、なぜそう決めるのか、何を志したからこの道を選択しようとしているのかということを、自覚しておくとよいと思います。ただなんとなく決めたからそっちの方向に行くのだという人がいても悪いとはいいませんが、自分の初志がその後の道しるべになる時が来るかもしれませんから、ロースクールで学んでいる現時点の自分がこういうふうに考えた結果、このキャリアの一歩を踏み出そうとしているのだということを、自分で考えて知っておく方がいいのではないかなという気がします。

松村:ほとんど同意見です。同じ質問をされたときに、英語とかそういうのは、余裕があって好きだったらもちろん勉強しても良いと思いますが、本質はやっぱり引き出しをたくさん持てるかどうかということだと思うので、その役に立つことをすればいいのだと思います。実務に出て、難しいこと、最先端の案件に関与すると、日々、本当にそれでいいのか不安になったり、もっともっと自分のバックグラウンドにいろいろな引き出しがあればいいのにと思ったりします。それは必ずしも法律の引き出しに限りませんが、法律の引き出しについていうならば、そもそも法律ってなぜ存在するのか、そもそも法律家って何を期待されているのかといったことを今のうちに考えておくことが大事ではないかと思います。だからといって、今から法哲学とか法社会学とか外国語だとかの授業だけをとれとはいいませんが、ときどきそういうものの教科書をめくってみたりすると、それが引き出しになっていくと思いますから、そういったことにも興味をもってもらいたいですね。

 みなさんに期待することのもう一つは、日本の社会や自分たちのコミュニティーが置かれている状況をマクロな視点で捉える姿勢を持つということですね。いま日本はピンチだと思っていす。昔に比べ、みんな内向きになっていて、外に対してアクセスする意欲がなくなっているというのが理由の一つです。私はこのままではまずいなと考えています。ですから、みなさんには、積極的に外国人と友達になって話をしたり、もっと身近なことからでもいいから、海外に対して興味を持って、それをきっかけに、もっと広い視点の中で日本社会について考えてほしい、と思います。弁護士という職業は、目の前にある個々の案件というミクロなところでの解決を実現するにとどまらず、それらを通してマクロな視点で社会を変えていくという志を持って取り組むことが必要なのではないかと思っていますので、皆様には、そのような視点を意識した法曹としての活躍を期待しています。

――以上で、インタビューを終了させていただきます。本日は、貴重なお話をありがとうございました。


 

松村祐土

主要取扱業務
 M&A/企業再編
 国際的紛争解決
 金融規制法
関連取扱業務
 コンプライアンス
 コーポレートガバナンス
 プライベートエクイティ、バンキング

経歴
 1996年 東京大学法学部卒業
 1998年 弁護士登録
 2002年 アメリカ合衆国コロンビア大学法科大学院卒業
 同年 アメリカ合衆国ニューヨーク市Sullivan & Cromwell法律事務所で執務
 同年 環太平洋法律家協会(IPBA)
 2003年 ニューヨーク州弁護士登録


 

青山大樹

主要取扱業務
 ストラクチャードファイナンス、バンキング
 キャピタルマーケッツ
関連取扱業務
 M&A/企業再編
 LBOファイナンス
 金融規制法、コンプライアンス
 不動産法

経歴
 2001年 東京大学法学部卒業
 2002年 弁護士登録
 2007年 アメリカ合衆国ハーバード大学ロースクール卒業
 同年 アメリカ合衆国ニューヨーク市Debevoise & Plimpton法律事務所で執務
 (~2008年)
 2008年 ニューヨーク州弁護士登録


注1 Mergers and Acquisitionsの略。企業の買収・合併を意味する。

注2 企業買収の意思決定及び契約書作成等の上で考慮すべき被買収企業の様々な問題点を法的観点から検討すること。
注3 紛争解決のこと。
注4 株券等の発行会社または第三者が、不特定かつ多数の人に対して、公告等により買付期間・買付数量・買付価格等を提示し、株券等の買付けの申込みまたは売付けの申込みの勧誘を行い、市場外で株券等の買付けを行うことをいう。
注5 金融商品取引法27条の2第1項2号参照。
注6 TOBにおいて、株式等を対価として用いる方法。

注7 合併後の統合化作業のこと。経営資源からオペレーション等を統合していく作業。M&Aを検討する際に試算したシナジーを得る上で、最重要な作業とされる。
注8 インベスター・リレーションズ。投資家や株主の企業に対する理解度を深めるため、株式を公開する企業が投資に必要な情報を投資家や株主に提供する活動のこと。
注9 複数の事業者が共同計算により損益を分担して共同事業を営むことまたはそのために結された共同事業体。
注10 日本振興銀行の前会長ら同行経営幹部が銀行法違反で逮捕された事件。社外取締役に弁護士や会計士出身者が配置されていたが、実質は会長のワンマンであり、十分な監視ができていなかったとして社外取締役の責任を問う声もある。

注11 証券化などの手法を用いて資金調達をする方法。仕組み金融。
注12 長期金融市場。

注13 パブリックコメントの略。意見公募手続(行政手続法38条以下)。