渋谷パブリック法律事務所

(11) 渋谷パブリック法律事務所



はじめに

 渋谷パブリック法律事務所は、東京弁護士会が3番目に設置した都市型公設事務所として國學院大學キャンパス内に、2004年7月1日に設立された事務所である。この公設事務所は、日弁連や各弁護士会による法科大学院制度支援のための新たな取り組みのひとつでもあり、臨床法学教育の実践の場としての役割を担うと共に、法科大学院に安定的に実務家教員を提供している。
 現在、渋谷パブリック法律事務所で、リーガルクリニックを受講しているのは、4つの法科大学院(國學院大學、明治学院大学、獨協大学、東海大学)の学生で、その数は30人以上にのぼる。また、司法修習生の弁護実務修習を4年間で9名を受け入れ、法テラス事務所へ派遣する弁護士を毎年1名養成するなど、法曹養成全般に力を入れている。
 
 また、2008年、所属弁護士であった大沼和子弁護士が裁判官に任官し、同年に若松光春裁判官が渋谷パブリック事務所に着任しており、弁護士任官推進、判事補・検事の他職経験受け入れの機能も果たしている。
 今回は、2004年から2009年3月まで早稲田大学大学院法務研究科で教鞭をとり、現在は、國學院大学法科大学院教授・渋谷パブリック法律事務所所属弁護士として活躍中の四宮啓弁護士のご紹介により、渋谷パブリック法律事務所の先生方に、公設事務所や、リーガルクリニック、法科大学院制度などについて、インタビューさせていただいた。
文責:加藤和子

 

1.設置の経緯

 

――このたびは、インタビューの依頼をご快諾いただきまして本当にありがとうございます。よろしくお願い致します。
渋谷パブリック法律事務所は、都市型公設法律事務所ということですが、私としては公設事務所というのは地方にあるというイメージが強かったので、意外に思いました。都市型公設事務所である渋谷パブリック法律事務所が設置された経緯については、少し法学セミナー注1の方でも読ませて頂いたのですが、はじめて知る人にもわかるように軽くご説明いただけるでしょうか。

 

 

今泉:基本的には、法学セミナーをお読みになられたんだったら、あそこに書いた通りです。なぜ都市型公設かというところはいろいろあります。司法アクセスが十分ではないのは必ずしも地方に限らなくて、都市にいたってどこに相談したらいいかわからない、という人はいるわけです。そういう人たちのための市民の駆け込み寺という趣旨で、まず都市型公設事務所の必要性というのは、あると思います。ただ、ご承知の通り、東弁(東京弁護士会)は4パブリック作っておりますが、それぞれ特色があります。みなそういう駆け込み寺としての目的があるのですけれども、他にも、たとえば北千住(北千住パブリック法律事務所)とか多摩(多摩パブリック法律事務所)ですと、刑事事件…裁判員制度に対応した刑事公設という目的を持っていたり、あるいは渋谷パブリックであれば法科大学院の中にあるということで、法曹養成にある程度特化したような形の仕事という特色が持っています。地方には地方の必要性があると思うんですが、都市でリーガルアクセスという意味で、公設でなければできない弁護士業務の仕事というのがあり、それを実現するために都市型公設というのが作られたというのが経緯であると思います。

 

――ありがとうございます。おっしゃる通り、渋谷パブリック事務所というのは臨床法学に特化しているとお聞きしたのですが、東京弁護士会として、新しい法科大学院制度という法曹養成制度に対応するにあたっては、エクスターンシップを受け入れるとかいろいろ方法はあったと思います。そのなかで、なぜリーガルクリニックに特化した事務所を作ろう、という流れになったのでしょうか。まだ始まる前だったにもかかわらず、リーガルクリニックというものに対し、どういうイメージ、必要性が感じられていたのだと思われますか?

今泉:私は創設にかかわったわけではないので、あくまでも今ここにいてここでやっている中で、なぜこの事務所を作ったんだろう、という、ある程度憶測でしか語れない部分があります。ただ、法科大学院制度がどういう趣旨でできたかというと、ご存じのとおり、今までのような座学での勉強、ある種の詰込み型の勉強ではなく、多様な人材を育成したいということがありました。その中で、単に机の上での勉強だけでなく理論と実務が架橋できている、実務的な知識と感覚、センスを併せ持った法律家を育てたい、というのがそもそもの法科大学院制度の理念の一つだったわけですね。それを実践するにあたっては、理論面は大学院の教員ができるかもしれませんが、実務面でそれを補っていくならば弁護士しかなかろうと。実務を学ばせる上で一番いいのは何かといえば、実際の生の事件に当たって、生の事件の中から事案を分析し、そこから法律的な問題を拾い上げて法律的な解決に向けての理論を構築していくことです。臨床教育は、そういう実践の場になるし、あとは法曹の倫理ですとかあるいはモチベーションですとか責任感ですとかも合わせてできる。そういうことを総合的に学べるのは、やっぱり臨床教育、リーガルクリニックが一番ふさわしいのではないかと思って、東弁は法科大学院内事務所というものを設置して、臨床教育というのを公設事務所の役割の一つにしたんだと思います。



注1 三澤英嗣「都市型公設事務所の挑戦――弁護士を待つ人々の中へ(14)渋谷パブリック法律事務所の設立経緯と役割」法学セミナー650号2009年2月号44頁。
道あゆみ「都市型公設事務所の挑戦――弁護士を待つ人々の中へ(15)臨床教育を担う使命――渋谷パブリック法律事務所の到達点」法学セミナー651号2009年3月号42頁。
今泉亜希子「都市型公設事務所の挑戦――弁護士を待つ人々の中へ(16)クリニックの効用と課題――渋谷パブリック法律事務所での臨床教育を振り返って」法学セミナー652号2009年4月号66頁。

 

2.リーガルクリニックの手法

 

――こちらにいらっしゃる先生方は、全員リーガルクリニックで教えておられるんですか?

志澤:そうですね。

――この中の全員がリーガルクリニックを体験したことがないので、どんなことをされているかエピソードなどを交えてお話しいただけないでしょうか。

志澤:リーガルクリニックというのは、今やっているのが上級と言って、まさに臨床、事件を具体的に扱うということをやっています。どういう形でやるかというと、学生を大体2人ないし3人のグループにして、そのうち2グループくらいを一人の弁護士が持つことによって、具体的な事件を一緒に相談する。まず相談から入ることもいれば、一緒に立ち会って聞き取りを行い、そこから訴状を一緒に書いて、法廷に行く。また刑事であれば接見に行くとか。そういう形で一緒にやります。また、時間が決まっていて、そこで我々は講義をしなければならない。どういうことかというと、たとえば私の場合だったら木曜と金曜に3時から5時。それがリーガルクリニックの時間なんです。そこに当たれば、そこで事案について解説したり、その時間に依頼人を呼んだりします。もし、その時間を法廷に使った場合は、東弁の相談室で、終わった後、今回はこの問題はどうだったか話すと。講義の中で、そういうことをやるという形なんですね。そういう形で時間、単位を使っていく、という形かな。

――では、事件ごとに説明の時間がかなりある、ということですね。

志澤:見ておしまいというわけではないんですね。それは非常にいいかな、と思っています。

――たとえば依頼、相談というのは、依頼者の方と先生がお話するところを、見学するということですか?

志澤:そうですね。もちろん同意書を事前に頂きます。法科大学院の学生が入っていいですか、構いません、という。是非にという人もいらっしゃいます。

――そうなんですか。

志澤:基本的に、いやですっていう人はあまりいない。

今泉:家庭内のすごいプライベートに深くなっちゃう場合はちょっと、という人はたまにいますけどね。逆にそういう事件でも、むしろ入ってください、という人もいたりしますし。八割くらいは大体同意を得られますね。今までの感覚から言うと。

――同意しない理由がそういう立ち入った事柄だからというのはわかるのですが、同意してくださるのはどうしてなんでしょう。

志澤:私はこうした事務所は今回が初めてなんですけど、基本的にいえば、法律事務所と併設して法学教育をやっているということで、逆に平均より高いリーガルサービスを受けることができるんじゃないかという期待が向こうにあるんじゃないかと思うんですね。

今泉:私たちもそう思っています。学生さんが入るということは、決してマイナスでもゼロでもなく、プラスなんですよ。その事件に協力していくれる人が弁護士だけなら1人のところ、学生さんが2人入れば2人助っ人が入って、3人なら3人助っ人が入って、その分だけリサーチ能力も上がるし、起案もきっといいものができるんでしょう。要は、事件に皆さんが関わることによって、事件がよりよく解決できる。一生懸命できる、やってもらえるという期待があるんでしょうし、私たちもそう思っている。学生さんたちが入るっていうのは、依頼者にとってみれば、自分の味方が増えることだから、むしろ喜ばしいことである、という風に考えてくれているんじゃないかと思っています。

――いま、起案がよくなるとおっしゃいましたが、リーガルクリニックをやるなかで、学生に書かせたりということもあるんですか。

志澤:もちろんそれはやります。もちろんというか、それがかなりの部分を占めるところがあるんじゃないですかね。

若松:書かせっぱなしじゃなくて、議論や講評とかも、単に弁護士が一方的に講義するだけじゃなくて、ここのところの主張はこうあるべきだ、とか議論もしますね。弁護士も、一つの同じような立場に立って、一方的に上から見るんじゃなくて、議論の中で、ああこういう見方もあるんじゃないかとか新たなアイディアが出てくることもあります。それをまた実際に、裁判所に出す書面に盛り込んだりとか。

――とすると、学生が言ったことが、なにか事件にとって先生方も思いつかなかった形で寄与することもあるということでしょうか。

今泉:ありますよ。各所であります。

渡辺:私、訴えの変更したことあります。

――その内容についておおざっぱでいいので、ちょっと話していただいても問題はないでしょうか。

渡辺:ああ、どういう訴えの変更をしたか、ということですか。フランチャイズでだまされたという人がいて、いろいろ契約金とかを取られていたので、いくらかでも取り返してほしい、ということでした。私は詐欺取消と解していたんですが、学生に振ったらいろいろ判例を調べてくれて、過失相殺はされるんですけれども、損害賠償という形で認められている判例がたくさん出ているということがわかって、あわてて追加的変更を致しました。

――そうなんですか。

四宮:弁護士がやるのを見るんじゃないです。見て学ぶんじゃなくて、やって学ぶんです。発想として、学生は弁護士としてかかわるんです。資格はないから限界はあるけれど、考えや行動は原則として弁護士なんです。だから我々の仲間なんです。

渡辺:教えるというよりは一緒に学ぶというかんじ。

飯田:Law and Practiceのホームページにボートピアの件注2と、刑事事件の記事注3がありましたが、まさにあんな感じですね。

――とすると、そのように学生を仲間として扱うというのは、リーガルクリニックの本質みたいなところがあるんでしょうか。こちらの方ではかなりたくさんの学生を受け入れていらっしゃるようなので、そういったことは難しいのではないかと思っていたのですが。

志澤:だから、だいたい2、3人を1グループにして、弁護士が2チームを担当するわけです。後ろに助っ人が3人いる、という形ですね。

今泉:さっき、学生さんも入って見学して、というのが気になったんですが、見学じゃないんです。そういう意味では、学生さんも主体的に、こちらがいいよ、といった場合ではあるけれど、聞きたいことがあれば、進んで聞いてもらったり、むしろメインで依頼者の人から聞き取りをしてもらったりとかもします。決して見学ではないんですよね。

――なるほど。しかし、依頼人との相談ならともかく、学生だと接見とかは入れてはもらえない、ということもありますよね。ロースクール生が参加する上で、ロースクール生であるがゆえに、ここまでやらせてあげればいいのにできない、ということはあるでしょうか。

志澤:まあ、刑事はねえ。それは、修習生と一緒の立場で接見させたいねえ、とか。刑事はまだ限界がありますね。

渡辺:あと、調停ですか。家裁の調停が駄目ですね。学生は入れて貰えない。弁論準備はずいぶん入れてくれますけれど、調停が駄目ですね。

――家裁の調停というのは、当事者もいやだということが多いんでしょうか。

今泉:最近は、家裁の調停も、裁判所の対応が変わったのかもしれないんですけど、入れてもらったこともある。でも、やっぱり非訟事件は非公開が原則なので、壁は大きいな。民事でもそういうのはありますね。

――なるほど。


>注2 河崎健一郎「民事クリニックにおける公益弁護 ~習志野ボートピア訴訟のご紹介~」2006年6月29日。
http://www.lawandpractice.jp/contents/special/clinic/narashino/rinsyo_minji1.html

注3 西舘畔奈「刑事クリニックを経験して」2006年6月29日。
http://www.lawandpractice.jp/contents/special/clinic/kcli/rinsyo_keiji1.html