鳥飼総合法律事務所

(13) 鳥飼総合法律事務所


はじめに

 今回は、鳥飼総合法律事務所を訪問しました。専門事務所として税務訴訟の評判はさることながら、会社関係の業務でも定評のある事務所です。
 お話を伺った同事務所の代表である鳥飼重和弁護士、同事務所の石井亮弁護士、ともに税務実務に限らず、ひろく弁護士業界全般にまたがる問題点を、分かりやすく語っていただきました。

(聞き手:竹石信一、川島孝之、渡邊寛人、壬生百香)


 1、鳥飼総合法律事務所について

――本日はお忙しい中インタビューに応じていただきまして、ありがとうございます。まず、鳥飼総合法律事務所は、税務訴訟や企業法務中心の事務所と伺っていますが、扱っている仕事について具体的に教えていただけますか。

鳥飼:端的にいえば、中核の業務は2つあります。いわゆる会社法を中心とした企業法務、そして、税法を中心とした税務訴訟です。
 うちの弁護士は、2010年7月時点で34名いて、そのうちの税務訴訟に関わっている弁護士が約10名ほどですね。税理士たちの税務部という税務専門の人は4名ほどです。弁護士と税理士を合わせて15,6名くらいの体制で税務をやっているんですよ。ですから、数からいえば、うちの中核が税務訴訟であることは間違いない。訴訟に加えて、パートナーという人たちがいるんですけど、そこは会社法をやっている。合わせて、企業法務と税務訴訟が中心ということです。
 ただ、もともと私が税理士界を相手に仕事をしてずっと伸びてきたというのもあるので、税理士関連の仕事として、中小企業の法務もやっていますね。具体的には、税務的な業務の中で損害を受けたとして納税者から税理士が訴えられる例が最近多くなっています。いわゆる「専門職業人の責任賠償」ですが、税理士賠償責任の専門の事務所でもある。
 縦割りの職分領域としては、税法を中心とした税務訴訟と、会社法を中心とした企業法務、こういう風に一応言ってるんですけど、もうちょっとバラエティーに富んでますね。もちろん、比較的専門性の割合が高い事務所であることは間違いない。

――いまお伺いしたところによると、税法を中心とする業務は租税訴訟というお話でしたが、税務では訴訟以外にどのようなお仕事を扱っているのでしょうか。

鳥飼:あくまで中心は訴訟ですね。もちろん訴訟の前に不服申立て手続きというのがあって異議申立てとか審査請求とかを受任しますけど、訴訟の件数の方が多い。
 税務案件では税理士の関与がまだ多いからね。われわれの領域に入ってくるのは大型事件になったような時に受任するのが多い。結局、一種の不服申立て手続と訴訟手続を合わせた争訟手続が中心になっている。
 ただ、それが中心なんだけど、だんだん前倒しの事件も出てきていますね。普通だったら、税務調査があって、調査の結果として更正処分が打たれてから、われわれが争訟手続とか訴訟手続の中に入って行くんですけど、その前段階の調査段階から相談を受けることも出てきてるし、税金問題でミスすると困るということで、一種のタックスプランニング的なところで入ってくる案件が出てきています。

 2、税務訴訟における変化

 

――前倒しの事件は後ほどお伺いするとして、まず、現在の業務の中心を占めている税務訴訟についてお伺いしたいと思います。前提として、税務訴訟をしている法律事務所はどれほどあるのでしょうか。

 

鳥飼:税務訴訟をまともにできる事務所ってそう多くないんですよね。たとえば東京地裁でやるときには、国税局に訟務官室ってあるんですよ。そこに訴訟を中心としてやる国税局が国税側の中核部隊、120人くらい専門官がいる、法律事務所がどこもかなわないくらい巨大な、税務訴訟の専門の法律事務所が向こうに設置されていて、そこと対等に戦わなきゃいけない。しかも、そこは四六時中それだけなのに対し、われわれはいろいろやってる中で税務訴訟の割合が高いだけだと。さらに、彼らは専門性がある上に、権限でいろんな証拠を集めてくる力がある。このような戦いの中で対等にやっていくためにはよほどの高い専門性を持った人たちを集団化しないといけないのだけど、そうすると本格的にやれる事務所っていうのは多くないんですよ。数えるぐらいしかない。

――一般に、租税訴訟で勝てる確率は低かったと聞いていますが、鳥飼総合法律事務所はずいぶん高いですよね。

鳥飼:2008年度は全国平均の勝訴率は14.2%ですかね。うちはね8事件中、7件勝訴だったんですよ。従来の常識からすれば、奇跡ですね。

――一般には、そうそう勝てるものじゃないのですね。

鳥飼:そうですね。納税者の権利を侵害するのが許せんという、そういう正義感がないとね、税務訴訟はできない。ただ勝つだけがいいという発想だとね、続かないですよ。国家と対峙してやるわけだから。こちらに、敗訴しても前向きに捉えて耐えるという忍耐力もないといけないよね。

――一般の数字と比較して、鳥飼総合法律事務所は相当に高い数字となっていますが、この数字が高くなったのにはどのような理由があるのでしょうか。

鳥飼:それは、裁判所の考え方が変わってきたというのがあるでしょうね。従来であれば、裁判所は官僚がつくりあげてきた法秩序を確認するだけで、一つ一つの個別的な事案にあてはめて個別的な解決を中心としてやってきた。行政官中心にやってる実務がやや法律からずれていようが、それが実務として、法秩序となっていた。裁判所もその法秩序を確認して、あまりにも弊害が大きい場合を除き、原則としてそれにそって解決してきた。

――官僚がつくりあげてきた法秩序というのはどのようなものだったのでしょうか。

鳥飼:従来の法秩序の基本的な価値観は産業重視だったわけですよ。民法の基本的な考えからすると、平等な人格の自由な契約によって社会が成り立っているでしょうと。大企業と一市民が法的紛争を起こして一市民が損害受けたから賠償しろというとき、自分で証拠集めてちゃんと立証しろということになる。集めてこいったって証拠のほとんどは企業の中にある。その上、従来は裁判所は証拠の収集にそれほど協力的ではありません。こうなれば、企業、産業が守られ、そのほうが国益にあうというのが行政官の基本的な考え方だったわけですよ。
 納税者は負け、普通の会社法関係の訴訟でも、投資家とか消費者が負けることになるのです。あるいは弁護士になるとわかるけど、PL訴訟とかは証拠が企業側にあるもんだから、証拠を集めてこれない。だから、訴訟ではなく、ADRに頼らざるをえない。

――それが変わってきたと。

鳥飼:平成16年くらいからですね。なぜかというと、日本社会も世界経済の中の一部だと海外でも思われるようになり、グローバルになってきたから。行政官の裁量によっていくらでも結論が変わるのでは、他の国から考えると予測可能性が立たない。初めから法律をルールとして理解して、それに基づくとこういう結果になるはずだというのを認めてもらわないと安心して経済行為できませんよと。そういう話から消費者とか投資家を重視する市場主義的な発想が裁判所に出てきて行政官の中にも出てきて。そこで、事前規制から事後的に法律を基準に悪い奴だけ鉄槌をくだすという司法重視の考え方になってきた。

――いまおっしゃった話は税務訴訟以外ではいかがでしょうか。

鳥飼:消費者契約法なんかは今までの常識を変えましたよね。たとえばこの前、大阪高裁で更新料に関する条項は無効だという判決が出た。更新料なんて一種の慣習法じゃないかと思うくらいだったのに消費者契約だと無効になっちゃう。それを今度は民法の債権法改正の中で根本原則に入れようって発想をしてるのは、意図はしていないようですが、それは法秩序の基本的価値観を変える意味で、革命を起こそうとしてると同視できる。消費者契約法の考え方を実質的な衡平っていうことを前提として裁判制度を起こそうというのが民法改正の思想の根底にある。平成16年くらいから司法が反乱起こしてきていて今までの裁量行政を許さんと行政裁量に絞りをかけていて司法が怖がらないという形で法治主義を貫徹し始めたんじゃないかな。

――この流れはこれからも続くとお考えですか?

鳥飼:まだまだ序の口だよ。他にも、グレーゾーン金利の最高裁判決。従来であれば、裁判所は社会的影響や経済的影響が大きいことはやらなかったのが、消費者金融の多くが大金融機関の傘下に入らないと資金繰りが立たなくてやっていけないくらい、それぐらい産業構造を変えちゃった。従来の裁判所では考えられなかった。司法機能の強化を最高裁が考え始めたんだよね。法律を基本とした秩序を考えて、実態が違ったら実態を直すんだよ。更新料の判決もそうだし、法律通りになってくると今までの常識がひっくりかえることが出てきている。

 3、税務実務の現状

(1)弁護士の役割

 

――租税訴訟に徐々に変化が起こりつつあるというお話、ありがとうございました。先ほど、争訟手続よりも、前倒しの事件が増えてきているというお話がありましたが、この点でも変化しているということですか。

鳥飼:前はあまりなかったんですけど、今はそれが入ってきてるというので新しい領域、従来税理士のやってきた領域にわれわれ法律家が入ってきたということです。

――訴訟以外にも、弁護士の役割が増えてきたということでしょうか。

鳥飼:税理士はあくまで実務で申告してるからね。実務から離れると更正処分受けてお客さんから怒られるから、ゆがんだものであってもそれに従ってやってきた。
 ところが、先ほどのグローバル化の中で予測可能性を考慮して、法律に基づく税務を構築しましょうという声が出てきた。そうすると、税理士は実務の中で構築された通達を中心とした実務でやってるから、ゆがみがどうかなんてそんなゆとりがない。それを矯正するにはわれわれ法律家が入るしかない。法律家の役割が少しずつ増えてきて訴訟になる以前の所から少しずつ関与が深まっているという当たり前のことが今起きてるというのが実際ですね。まだ弁護士の役割があまり認識されてないけど、少しずつ認識されるだろうと予測はしてるのだけど。

――今までそうなってこなかったのはどういうわけでしょうか。

鳥飼:今までの実務は行政官が強かったのですよ。税法領域でいうと、税法作るのは財務省の主税局だよね。では、行政官は作ったものに従うかというと、税法でのルールを政省令で少し変化を与えることができるし、政省令だけだと網の目が広いから通達という形で行政解釈を示すわけでしょ。この通達中心で動いてるのが税務実務。行政官の思うままの税法秩序があって、従来の裁判所も実態としてそれを認めてきたんですよ。もちろん、納税者の中には悪いやつもいるから、いい面もあるんですよ。
 ただ、まっとうな人が影響を受けている面があって、その副作用をどうするかということが問題になっている。たとえば、企業が同じ経済目的を達成するにしてもいろんな選択肢がある。売買契約以外にも、他の契約、例えばリース契約だって、様々な形態によって目的が達せられる。それによって税金額が違うんですよ。企業は税金が安く済む契約形態を選ぼうとするんだけど、税金が安い形態はけしからんと言って、国税が更正処分を打つ。通達をかさにきて、様々な手法で。このような法律から外れたものも今まで通用してたんだけど、裁判所が法律から外れたものは駄目だと裁量権に枠をはめてきて、その結果、更正処分で裁量の行き過ぎたものは国税が負けとそういう形を裁判官がとってきています。だんだん裁判所が考え方を変えてきていて、租税法律主義という法律中心で税法を運営しましょうという考え方に変わってきたから、その影響で法律の専門家であるわれわれ弁護士が入れるようになり、弁護士の領域が広がってきているという状況があるのかなと思います。

 

(2)開拓の困難

 

――そうすると、事務所内で税理士と弁護士が一緒に仕事されてますが、その役割分担にも変化がでてきたと。

鳥飼:確かに、実際に税理士がやってきたけどわれわれ弁護士が全然関与していなかった仕事、そこに訴訟みたいな形で少しずつ関与して、少しずつ職域を広げてきたんですよ。
 だけど、実は、まだ、広い空間の中で点にもならない存在なのですよ。例えばこれだけの広いところに税法実務の領域があるとするじゃない。われわれ弁護士が今まで入ってきた領域は、まだどこにも見えない。もうすぐ法律家にとってすごく大きな領域になるという時代は来てるんだけどね。

――まだ点にもならない?

鳥飼:われわれを使ってくれというアクションを弁護士界も起こしてないからね。われわれの現状は依頼されたものを消化するだけです。われわれ弁護士を使わなきゃだめですよ、と積極的に提案するところがまだまったくやれてないんですよ。

石井:われわれ弁護士にとって、税法はまだ未知の分野ですね。経済的な取引の裏側に税法の網が拘ってくるんですけど、従来税法というマターで問題になっているのは、ほんとに一部で、まったくカバーしてないですよね。だから、そういう誰も本に書いていないことや誰も意識してこなかったこと、しかも法律家が入ってなくて法律的な分析ができてないことがごろごろ転がってるわけです。
 少し目を転じて、外国の税務実務ですと、法律事務所に意見書をとってあらかじめ準備するっていうプラクティスがあるみたいなんですよ。なんでかって言うと、要件の判断に法律事務所の意見書を事前にとってるかを考慮される可能性がある。日本は進んでないけども、今後はそこまで進むかも。

鳥飼:判決しだいですね。いずれ進むよ。専門性ある専門家に判断を仰がないのもおかしいから。

石井:会社もそう言ってますよね。

――現状では開拓が困難なのは、税務特有の理由はあるのでしょうか。

鳥飼:まだまだ税理士が法律家入れないタックスプラニングをやってるのですよ。あるいはその先の調査だったり、更正処分打つぞってときも、審査請求やるときも、彼らがやってることが多い。もちろん会社の方が法律家入れたいと言えば入れるけれど、弁護士を入れると税理士の領域がせばまると勘違いをしている。

――なかなか協調関係に行かないと。

鳥飼:われわれが積極的に入り込んでいかないとだめだよね。待ってるだけじゃなくて。ただ、われわれは忙しいから、他人まかせで、あなたの方から言ってくださいじゃ、だめですよね(笑)

 

(3)企業側の反応

 

――弁護士側がそうだと、会社側の現状はどうですか。

鳥飼:企業が経済的な取引をしようとするとき、税金を計算して行動すべきだから、本来、税法って必要でしょう。ところが、企業法務は、企業の経済面を扱う仕事をするにも関わらず、通常はほとんど誰も税法面に関与していないんですよ。法務部ですら、まして、関心の度合いが著しく低いのが税法なんですよ。中には、自分たちの職域でないとさえ、専門の弁護士と専門の法務マンが言っている。これはキャッシュフロー経営の観点からすると、異常な事態なんですよ。

――先ほど、平成16年ころを境にグローバル化が訴訟に影響を与えたとのお話がありましたが、企業に対しても、税務に関して法律家を入れなきゃいけないんだというような影響はなかったのですか?

鳥飼:まったく広がってないですよ。われわれがやってる仕事は、訴訟関係から始まるという基本がぜんぜん変わらない。だって、今でも、更正処分を受けても争わない企業が圧倒的多数。それはおかしいだろうと争うところと、やっぱり背景には取締役の責任の問題で、大規模訴訟とか出てきたから、ちゃんとやんないと、まずいぜとなりつつはあります。だって税金払ってお金が社外に流出するんだから、それがちゃんとやってなかったら責任になるから。ある程度、争う必要はでできたけど、全体からすると、目に見えないくらいの数の少なさ。

――中小企業に広がりがあまりないとすると、鳥飼総合法律事務所で受け持ってるのも大企業中心になっているのですね?

鳥飼:うん、そういうのが多いね。

 4、弁護士側の「改革」

(1)「改革」の必要性

 

――依頼者である企業側に、税務における弁護士の必要性が浸透していないとすると、依頼が来たら受けるという従来のやり方が通用しないのですね。

鳥飼:われわれも革命の必要性は感じてるんですよ。われわれにとっては革命なんだけど、社会からみると、あたりまえのことをわれわれはやってないですよ。税務訴訟もそうですけれども、社会にある潜在的需要を掘り起こしておりませんから。相談に来たのを受けてるだけで。ところが、社会には潜在的にいくらでもあるわけですよ。その中をちゃんと見ると、更正処分おかしいですよというのはある。こちらの方から、こういうの問題じゃないですか、大丈夫ですか、という一種の営業や問題提起をまったくやってません。来るのをただやるだけ。もうそれで手いっぱいだから。

――司法試験でも、法的問題点のある事実関係を前提に、法的処理が問われますよね。

鳥飼:一番問題なのは何かというと、事件があることを前提として、それをどう処理するかしか、試験の対象にしていない。われわれ弁護士も来た仕事だけで十分忙しい中でやってきてるから、社会的にあるいろんなことを掘り起こすという発想はまったくありません。
 ところが、実際には世の中には潜在的な法律問題がたくさんあって、税務問題の中にも法律問題がたくさんあるのに、われわれはそこに一切目も触れず、来たものだけを処理すると。本当は社会のためになるんだったら、現場が問題だとして持ってきたものだけじゃなくて、もっと大きな問題を掘り起こさなきゃ。われわれは受け取ったものだけ、相談したものだけやるという体制から、少し社会に出て、現場を見させてくれ。なんか問題あるんじゃないですか。なにか困ったことありませんか。あ、これは意外と問題あるんじゃないか。こういうことをやるうちに、あ、これは意外と大きな問題だとつきあたる。われわれにとって新しい領域です。実はそれはコンサルティングの人とか税理士とか、他の人がやってる領域なんですね。

――社会ではすでに行われていることが弁護士業界ではまだやれてないのですね。

鳥飼:仕事を待っているのって下請けでしかないんですよ。弁護士事務所に「契約書をチェックして。」と。これは下請けなんですよ、法曹ってのは。仕事をつくってるコンサルティング会社はわれわれの10倍以上もお金をもらってる。そういうことが現実ですよ。自分たちの業界が社会の中でどういう位置づけをもってるのか、その中で自分の立ち位置はそうするのか。弁護士事務所はそういうことを考えていかないといけない。

 

(2)「改革」がもたらすもの

 

――いまおっしゃったように、今までの慣行や行政官の裁量などで運営されてたんだけれど、法律の結論としてはこうなるはずだ、おかしいんだと問題提起をしていくことで、弁護士が働くいろんな領域や場も増えていきますね。

鳥飼:増えますね。

――そういう意識からすると、弁護士の仕事もまだまだ残っている。弁護士が足りないくらいに。

鳥飼:足りないですよ。たとえば、消費者系の弁護士が地下鉄で広告を出してますよね。最初見たとき、なんでこんなことやるんだろうなと思っていたんですよ。

――弁護士が広告を出すのはあまりないことだった記憶があります。

鳥飼:僕らの常識では、お客さんは誰かの紹介を前提としていたんですよ。ところが、彼らは誰でもいいからこいと言う。広告宣伝費まで使って。破産をしたい人、債務整理で困ってる人、こちらにこいと。そうすると、一件一件は小さいお金なんだけど、過払金の返還訴訟は全体で数千億円にも達するそう。われわれの企業法務をはるかに上回る収益をあげるようなことをやってきたんですよね。

――(一同驚く)想像もつきませんでした。

鳥飼:ここまでくると、産業化している。われわれ中堅事務所もできてないことを作りあげた。そういう需要が社会にあるということを彼らが認めて、最高裁判例をきっかけとして、それを掘り起こした。営業をかけて、自分たちが出てってね。

――それなりの意識を持ってやった結果なんですね。

鳥飼:それを標榜するような人たちが影でちらほら見えてきてる。そういう人たちが大がかりになると市場が生まれる。ちゃんと敏感に反応するような弁護士が出てくれば、そこも市場になりますよね。

――現在、弁護士の就職難の理由の一つに仕事が足りないということが言われてましたが…。

鳥飼:就職できないのは嘆くことない。忙しい事務所に入ってしまうと、それ以上考えないしね。就職できないからこそ、必要に迫られて潜在的需要を掘り起こすことができるんだよ。

――そのような発想はまったくありませんでした。

鳥飼:ロースクールでも言うべきだと思うんだけど、弁護士の仕事は本来作れる。自分が仕事を作っていくんじゃなくて、どこかで仕事があることが前提としてる。そういう発想だから、就職先がないとどうしていいか分からない。他の業界からいうと、なに言ってんですか、あなたがたは。仕事ないなら仕事作ればいいじゃないか。やることやってないじゃないですかと。世の中の人に接することの中で、自分の仕事を見つけていくんだから、就職はあまり大事だと思わなくていいくらいの心持ちでやった方がいいんじゃないかと、僕は思うんだけどな。

 5、専門性の身につけ方

――だんだん税務における問題と思っていたことが税務に限らないことが明らかになってきました。自分自身で仕事を作る意識をもつことが求められていると。

鳥飼:もちろん、新人弁護士が最初から営業を意識して仕事を作るのは難しいけどね。なぜかって、税法実務を完璧にマスターしてないから。税法の科目とりましたって言っても、実際は使えない。だから、ある程度の期間は、事務所なりで仕事をする必要はある。

――そこの事務所で仕事を覚えさせてもらうと。

鳥飼:本当は、新人弁護士を養成するサポートできる場がほしい。法テラスもあるけど、あそこだけでは十分じゃない。実務をやりながら、先輩弁護士もいながら、来たい人が来て、独立できるような、中間施設というのかな。就職できない人とか、就職できたけど軒弁さんとかにね。

――そのようなところでも、専門性が身につけられるのですか?

鳥飼:専門はやってくうちに自然と身につく。自分に与えられた事件をひとつひとつ追及する中でね。それに、まだ専門家がいない領域って、意外と多いんだよ。

――ロースクールのときから、専門性を目指して勉強するのは必要だけど、目指すのはまだぜんぜん早い?

鳥飼:もちろん、決めていい人もいる。それはそれで満足いく。だけど、本当の意味での専門性ってのは珍しいのであって、やってくうちに自然に、場合によっては何十年もたってから、やっぱり天職だなと思えるものがあったら、そっからやっても遅くないんじゃないの。

――そのような発想はあまりありませんでした。あくまで、専門を作ってから仕事を探すのだと思ってました。

鳥飼:ふつうは事務所に入るじゃない。事務所に入って仕事を任せられて、はじめは歯車だけど、元気がいい。自分の領域だけじゃなく、全体を見渡して物事を考えて、こうやったらどうですか、ああやったらどうですかとアイデア出すとするじゃない。自分ができなかったら、知識持っている人に聞きに行く。そこに行くと、あっちの方がもっとすごい意見持っている人がいるから聞きにいったら、とか教えてもらえる。逆に、この人が最高峯だと思っていたら、全然限界あってよくわからんとか。つまり専門家不在の部分もでてきたり。そうするうちにだんだん、仕事をやっていくうちに、実は専門性を築けるんだよ。専門性築ける人は自分の努力も必要だけれども、自分より能力の高い人の所に行ける人なんだよ。

――最初は分からなくても、徐々に分かってくると。

鳥飼:そうそう。例えば自分が税法やってないときに、税理士のいる団体に飛び込むとするよね。そうすると、「あんた、こういうので自分のお客さん法律問題で困ってるんだけどなんとかならないか」とか、税理士の後ろにお客さんいるから税法問題だけでなくいろんな問題抱えていて、何とかしてくれないか、と仕事がやってくるじゃない。その紹介の中に税法問題があるとしても、税法を学んでないとしても法律的な思考はもうあるわけだから、税法は自分で学びなおして、さらに分からないところは分かる人に聞きに行けばいい、という唯それだけの話なんだよ。場合によっては税務訴訟で詳しい人に一緒にやってくれませんか、とか、バックヤードで手伝ってくれませんか、教えてくださいと。全然税法知らない人でも3件5件やってごらんよ、いやでもいっぱしの法律家、税法の専門家ですよ。
 僕はどちらかというと、そういう専門家を集めてきて、お願いしますね、という方だから、僕は税法の専門家というよりは、税務訴訟の仕組みを作る、組織を作る専門家なんだよ。自分より頭のいい人を集めている。さらに専門性の高い人にどんどん聞いていって、だんだん話が広がっていく。専門性ってそうやって築く方法だってある。自分の努力で専門性を築くだけではないので、専門性の築き方にも多様性があるのですよ。

石井:税法はまだ未知の分野なので、普段の業務でも、分からないところは超一流の専門家と話す。これが非常に大きいことですね。

――専門家の話を聞くことで専門家になっていくと。

鳥飼:私の場合は、たまたま、平成5年に株主代表訴訟の改正があって、一律8200円で、いくらの代表訴訟も出来ますよというのがあって、これが企業に対して恐怖を起こしたわけです。大変だぞという話になって、聴きに行ったセミナーの講師が弁護士の久保利英明先生。企業の役員や法務担当者がたくさんいて満杯だったよ。聞いたら、自分が今やっている仕事と違う。おもしろいんだよ。しかも、久保利先生は頭脳明晰だから面白く話すんだよ。同じ弁護士だったら、こんな面白い仕事したいよと思うじゃないですか。彼は営業でやっているから、お客さんの前で、法務の一番いい話をする。われわれ弁護士からしたらこんなにおいしい話ない。ノウハウ丸出しですからね。ノートとることばかり。それを1年ちょっと繰り返したのかな。福岡で久保利先生の講演があったときに、僕は財布を盗まれるんだけど、これが幸運なんだよね。翌日事務所に戻ったら、先生から電話きて、お金戻ったかとか聞かれるようになった。それから、講演で挨拶に行っても、良く来た、と嬉しそうな顔して、握手してくれるようになった。人間ってそういうもんだよ。ここから、私の企業法務の専門性の道が開かれていく。

――偶然がきっかけで。

鳥飼:それから何が起こるかというと、久保利先生から株主総会やっているか、顧問先あるか、と聞かれて、いやー、と答えていた。そのうちに、久保利先生や中村直人先生からお呼びがかかるようになって、じゃあ大企業で株主総会やるから、質問役やれと。そこで初めて、企業法務の弁護士がどういう事をやってどういう指導をしているか、株主総会の現場を初めて見たんだよ。本は読んで、セミナーにも出ていたけど、本に書いていないことをやっていた。しまいには、一緒にセミナーやろうと言われて、一緒にセミナーやって、こちらも知名度上がって。超一流の人と一緒にやってれば知名度上がってきて。弁護士になって10年目に日経ビジネスランキングとか入っちゃうんだよ。自分でもびっくりした。さらに、何人かの弁護士と株主代表訴訟等総会関係の訴訟をやらせてもらって、勝たしてもらった。すると、別の仕事の話がまた来たりして。やってくうちに専門性が生じてくるんだよ。総会とかそういう専門性が高いのは、他の弁護士さんが持ってないノウハウ、本に書けないからね、それを身につけさせてもらって、専門性を高めさせて頂いた。そういう風に、師と呼べる専門家から教えを受けて、道って開けるじゃないですか。

――経験談を踏まえたお話を頂き、ありがとうございます。仕事を自らとるということが専門性の獲得につながっていく過程がよく分かりました。

鳥飼:ロースクール生の人に言いたいのは、自分が裸になって全然仕事がない中でどうやってやりますかって、そこに置かれたなかで生き残る策はあるんですよ。逆にその場合チャンスなんですよということをロースクール生に知ってほしい。いくらでもチャンスは作れるのであって、そこの所を先輩達の行動類型を見て、どこかに就職しなきゃダメなんだなとか、専門の事務所行かなきゃダメなんだと、決めつけている。無理に社会常識をはめ込んでね。チャップリンの蚤のサーカスって知ってますか?私の著書『考運の法則』で詳しく紹介してますよ。

――いえ‥。御説明いただけないでしょうか。

鳥飼:チャップリンの『ライムライト』という映画なんだけど、蚤って、身長の5,60倍飛べる。蚤を放置すると、はねて逃げちゃうからサーカスできない。じゃあということで、蚤をビーカーの中に入れると、蚤は飛びはねてビーカーにぶつかる。人間だったら、ぶつかったらやめるじゃない。一度ぶつかったらもうダメだと。でも彼らはバカだから、どんどんぶつかっていく。それでもいつしかダメだとわかるらしいんだ。そうすると、天井まで行かないところまで、横でもぶつからないところでやめるようになる。それをみていて、ビーカーを外すんだって。本来なら、そうすると逃げることができるだろ、能力から言えば。でも、そこでぶつからないように飛ぶようになっている。そこにずっといる。それで芸が出来るようになる。
 つまり何かというと、蚤は自分の能力を限定してしまうんだ。人間は1回ダメだと思ったらそれでやめてしまう。就職できない、一生ダメだと、そういう敗北感で一生を送る人が多いんだけど。失恋した、それで一生ダメだと。失恋っていうのは、もっといい人に会える、チャンスなんだ。飛び出せるだろ。もっといいのがたくさんあるじゃないかと。でも修習生やわれわれもそうで、法律家ってこんなもんだとか、ロースクール生で研修所いって就職するべきだと勝手に決めつけている。それを自由にしたらどうですかと言いたい。

――先生のおっしゃっている専門性の身につけ方は、ロースクールにいる中でも意識できそうですね。

鳥飼:ロースクールってさ、優秀な教授の方がたくさんいるじゃないですか?学問だけ学ぶより、人間として付き合った方がいいですよ。自分の人間性を高められるし、仕事が後で分かんないときに教えてくれるし、専門家も紹介してくれる。ネットワークつくるの最適じゃないですか。勉強は仕事やってればいくらでもできるんだから、そこを勉強だけってもったいないですよ。自分の周りに優秀なロースクール生がいるでしょう。競争相手じゃないんだよ。この人は自分の仕事を手伝ってくれる人なんだよ。そういう発想をロースクールでできたらいいよね。

 6、最後に

――自分も先生のお話を聞いて、ロースクールにおける学習や、弁護士になってからの仕事に関して、これはこうでないと大変だとかそんな考えにとらわれてるところがあります。

鳥飼:ほとんどの人間はとらわれてるんだよね。自分の心に壁をもってると安心なんだよ。でも、安心してたらもう絶対成長しない。それをいかにやぶるか。少し壁を壊すと前やれてないことができるようになる。逆にいうと、自分の考え方で自由にできるんだよ、人生って。つくられた人生で満足してる人が多いけど、私みたいな人生からすると、もっといろんな人生つくれていいんじゃないかと思いますよ。チャンスたくさんあるんだから。弁護士はちゃんといい仕事をやってたらお金はちゃんとついてくるんだから、お金がとれるかとれないか心配しないでいい幸せな職業ですよ。
 たとえば、就職できない人。まさに壁にぶつかってると思うんだけど、それチャンスなんだ。なんでチャンスに見えないのか不思議な気がする。仕事がないからこそ、自分で仕事を探す、自分が仕事をつくる。今までの弁護士が誰も持ってないノウハウを自分でつくりあげる。一定の業界なら業界で、この人は先駆者だと言われるようになる。これ簡単じゃない?  ロースクールに来たんだから、そういう意味で本当の希望をもってほしいな。

――本日はありがとうございました。

 

<プロフィール>

弁護士 鳥飼重和
中央大学法学部卒。税理士事務所勤務後、司法試験合格。第二東京弁護士会。
会社法を中心とした企業法務、税務訴訟などを専門分野としている。
鳥飼総合法律事務所代表(2010年7月現在、所属弁護士34名・税務部4名)。
参考図書:『「稼げる」弁護士になる方法』(すばる舎リンケージ)、『「考運」の法則』(同友会)

弁護士 石井亮
早稲田大学法学部卒。第二東京弁護士会。租税訴訟、国際租税、税理士賠償請求事件など税務案件全般を得意分野とする。