法律事務所MAIMENは2009年12月17日にスタートした、長野県須坂市初の法律事務所です。「MAIMEN」とは「respect=尊敬」とほぼ同義の「my
man」という言葉をもとに事務所メンバーによって考え出され、「いつも尊敬できる仲間たち」という意味が込められています。
事務所のメンバーは弁護士の鏡味聖善(かがみまさよし)さん、行政書士の資格を持つ事務員の尾西浩貴(おにしひろたか)さん、同じく事務員であり弁護士を目指している金沢理映子(かなざわりえこ)さん・稲村朝(いなむらあした)さんの4人です。彼らは全員、上智大学法科大学院の卒業生であり、長野県出身者もいません。またMAIMENは鏡味さんが司法修習終了後、既存の法律事務所に就職せず、直ちに独立した、「即独事務所」でもあります。この様にいくつもの挑戦的な特徴を持つ法律事務所MAIMENへのインタビューは、司法制度改革により変化を余儀なくされるであろう我々法科大学院生にとって大変興味深いものとなりました。
今回は鏡味さんと稲村さんからお話を伺うことができました。
1.設立の経緯 ―仲間と一緒に働きたかった―
(1)きっかけ
――同じ法科大学院の出身者で事務所を立ち上げることになったきっかけは何だったのですか。
鏡味:事務員である尾西の誘いがきっかけです。尾西とは在学中に大学院のバスケットボールチームで知り合ったのですが、彼との「せっかく出会ったんだから、一緒に事務所をやらないか、就職なんてつまらなくないか」という冗談めいた話から始まって、卒業して司法試験に受かって修習という中で、就職にこだわる必要は無いかなと考えるようになりました。
――就職でなく即独というのはどの時点で決められたのですか。
鏡味:最終的に開業を決めたのは、司法修習中のゴールデンウィーク前でしたね。プロジェクトとしてはそれよりずっと前から進めていて、企画書をお互いに作り合ってそれをすりあわせて、不測の事態が無い様あらゆることを想定しました。
――それまでは、就職もいいかなと思いながら秤にかけていたのですか。
鏡味:そうですね。最終的に即独することは決めていましたけど、周りからは就職してからの方がいいのではないか、という意見もあったので。任官も選択肢から外さず、一応就職活動を経験して内定をもらった上で、それでも即独がいいと思えたらすぐに開業するつもりでした。
――決定打は何だったのでしょうか。
鏡味:それも普通の人とは違うと思うのですが、仲間と一緒に働きたかったのというが正直一番大きな理由です。なので即独か就職かを秤にかけたといっても、どれにしようか迷うというよりは選択肢を並べた上で選んだことに価値があるというか、それくらいやりたいことなんだ、というのを自分に言い聞かせて周りにも分かってもらうためでした。元々仲間と一緒にやるということで腹は決まっていました。
あとは、大きい事務所に入るつもりはなかったんです。就職するなら東京の小規模な事務所に入るつもりで就活していたんですが、そういうところって結局ボスに丸投げされた仕事をやるので、その意味では即独も小規模事務所への就職もあまり変わらないのではないか、と感じました。それなら最初から自分でやって、成功も失敗も自分と仲間の責任でやれた方がいいんじゃないかと思ったんです。
(2)修習中の過ごし方
――事務所に入った場合、確かに仕事を丸投げされることもあると思いますが、ノウハウを得られるというメリットがあります。即独する場合はそのメリットが無い訳ですが、どの様に対処されたのですか。
鏡味:僕は修習で充分だと考えていました。本来はそのための修習ですしね。就職してからが弁護士の勉強だということで修習中は緩く過ごす人が多いですが、自分は即独すると決めていたので「ここで全部習得しないと」という気持ちでやっていました。
また、就職した場合、確かにその事務所が培ってきたノウハウをいきなり得られる、というメリットはありますが、実務では結局それだけでは足りないと思うんです。就職しようが、即独しようが、弁護士として働いていく以上はいずれにしても日々研鑽を積むことが重要になる。ならば自分はそれを修習中からやってやろう、そうすれば就職組が就職してから得られるはずのものを自分は修習中に得ることができるはずだ、そういう気持ちで修習に挑んでいました。
――修習生は結構飲み会をしたり遊びに行ったりしていると聞きますしね。
鏡味:飲み会とか遊びには積極的に参加してましたけどね(笑)。修習中の法律事務所での取り組みだけで充分でした。担当していただいた弁護士の先生が良い先生だったというのもありますが。
先輩や修習でお世話になった方達がいるので、独立後も分からない時は電話して「これどうでしたっけ」と聞いたり相談したりしています。本で調べれば済む事もありますが、実務的な部分はそれだけでは分からない時があるので。あとは長野の弁護士会の集まりなどに行くことで、自然と長野の弁護士の先生達とも親しくなれたので、分からない事があればメールで「ちょっと先生、これ知らないんですけど」とか「長野での運用はどうですかね」とか聞かなければ分からないことは遠慮なく聞いてますね。
――修習の時に、具体的に何か即独を前提にしてこういうことに気をつけたということはありますか?
鏡味:即独を考えているということは、修習先の法律事務所のボスに言っていたので、ボスもそこを意識して仕事は丸投げしてくれていました。今ここで習得しなかったら、次は依頼者の前で知りませんとか分かりませんとか言わなければならなくなるとか、独立後にやり方が分からなくて困ってしまうと思い、それこそ常に緊張感を持ってやっていました。もちろん他の修習生の過ごし方が悪いとは思いません。むしろ僕も就職が決まっていたら修習中はもっと緩い過ごし方になっていたんじゃないかと思います。ただ、僕の場合、即独を選んだ以上は自分の責任なのだから緊張感・危機感をもって臨まなければというのはありましたね。
(3)長野県須坂市を選んだ理由
――どの様な理由で長野県を選ばれたのですか。
鏡味:仕事とプライベートを両立できるところに事務所を構えたいというのがあったんです。加えて自分が名古屋出身で他の三人が東京と茨城出身なので、アクセスが良いということで、間をとって長野に決めました。要は地理的な理由ですね。実際に東京に行くことも東京から人が来ることも多いですが、やはり長野にして良かったと思います。便利です。
――長野なら弁護士が少ない、といった理由ではなかったのですか。
鏡味:独立する際の企画の時点で、人口や弁護士数を調べて長野についてはどうか、ということはもちろん検討しました。ただ、その時点で長野と他を比べるというよりは、長野に当たりを付けて検討していく中で、長野のうちの何処にするべきかという視点でそういう調査をしました。
――須坂を選ばれたのは。
鏡味:当初は長野市の郊外に事務所を構える予定だったんです。尾西も都会育ちですし、自分も比較的大きな都市を転々としてきたので、自分たちには小規模都市の地域の人たちの暮らしがイメージできていない、という判断で。弁護士登録の申請時期ぐらいまではそのつもりで準備していました。
でも、登録申請の時に、自分には地縁が無いということで、推薦人になっていただける弁護士の先生の知り合いがいなかったので、弁護士会の会長さんと副会長さんに推薦人になってもらったんですが、その時に「どうせ独立するなら須坂は今弁護士がいないからいいと思うよ」と言われて、もう一度尾西と検討して結局須坂にしたんです。どうせならこれまで法律事務所のなかった地域で挑戦してみるのもいいんじゃないかって。長野市に隣接しているので官庁街もそう遠くはないですし。
須坂は人口5万人ほどの市なのですが、実際に来てみたら「今まで須坂には法律事務所がなかったので、できて良かった」という理由で来てくれる人がたくさんいますね。それまでは北信地域で長野市以外となると、須坂市の北側にある中野市に法律事務所が一つあるだけだったんです。
――細かくなりますが、この建物がある場所を選ばれた理由はあるのでしょうか。周囲には会計事務所や土地家屋調査士の事務所などいくつか事務所を見掛けましたが、そういう場所を探されたんでしょうか。 注1
鏡味:須坂で事務所を開こうと決めてからすぐに前もって準備していた物件チェックリストを持ってみんなで物件を探し回ったんですが、そもそも事務所スペースに適切な物件がそれほど無く、不本意ながら消去法に近い選び方をしました。それでもここでやってみて良かったと思うのは、駅から近いということと、市役所がすぐ隣にあるということ、他士業の人が近くに住んでいることです。特に市役所の前にある司法書士事務所の方はよく相談に来てくれます。市役所が近くて書類を取りに行くのにも便利ですし、結果的にここを選んで良かったと思います。以前はすぐそこに法務局の支部があったらしいんですが、今もあったら完璧でしたね(笑)。どうせ長野の裁判所に行くので、外回りの時についでに長野の法務局に寄ったりできますし、それほど困ってはいませんが。
2.現在の状況 ―敷居の低い「普通」の雰囲気の法律事務所にしたい―
――法律事務所MAIMENはこういったスタンスや気持ちでやっているということがあれば聞かせてください。
稲村:そうですね、若さを生かして柔軟にお客様の気持ちに応えていきたいと思っています。面談の予約などもできるだけ相談者の方の都合に合わせて入れるようにしていきたいです。たとえば土日や夜間の相談対応など。もちろん既にそういった対応もしていますが、もっともっとニーズに応えていきたいですね。
それから若さとともにフットワークの軽さも売りにしているので、「素早い事件処理」というのもこれからどんどん追及していきたいところです。
――事務所のWebサイトを拝見すると「今週のMAIMEN」というコーナーがあって、皆さんの仲の良さがうかがえる写真が載っていますね。共同経営者としてだけでなく、プライベートの付き合いもあるということでしょうか。
鏡味:そうです。むしろプライベートの付き合いの方が(笑)。休日もほとんど一緒に過ごしています。飽きないメンバーだからこそ仕事も一緒にやっていけているのかなと。
――事務所の基本的な情報はWebサイトで公開されているのですが、他のWebサイトや雑誌・新聞などで取り上げられたということはありますか。
鏡味:まちなみカントリープレス注2 発行の「NaO Four
Seasons」いう長野県のタウン誌に情報を載せてもらっています。第1回は、事務所にはこういうメンバーがいてそれぞれがこんなキャラクターでとか、事務所設立の経緯などを紹介してもらいました。第2回以降は、コラム形式で連載しています。たとえば、主婦がある相談をしてきたという事例を設定して弁護士がこう答える、というような。事務所の特色としてフットワークの軽さと若さがありますが、もう一つ「予防法務」というのを考えていまして、この「何か紛争が起きる前にそれを予防しておく」という予防法務という考えがまだ一般に浸透していないので、それを広めるという目的もあります。
その他は、須坂新聞というローカル紙で何度か取り上げていただいたり、弁護士ドットコムなどの各検索システムへの登録、それから親しくしているお店などがホームページにリンクを貼ってくれていたりします。
(1)弁護士の業務
――鏡味さんの仕事の概要を教えてください。
鏡味:法律相談は多く、そのうちの受任率も結構高いと思います。訴訟事件は3割くらいで、協議離婚の交渉など訴訟まで行かない示談交渉事件や労働事件が多いですね。今は清算法人の代表もやっています。
日々の業務としては、昼間は訴訟や調停に行ったり、依頼者の家で相談を受けたり、刑事事件の接見に行ったりしています。朝から上田や松本まで車を飛ばして行くこともあります。書面の起案などは専ら営業時間が終わってからですね。
――清算法人の代表についてもう少し詳しく聞かせてください。
鏡味:須坂の結構大きな公益法人が4月くらいに解散したんです。清算人が何人かいて、その代表が僕なんです。弁護士は僕だけで、税理士さんとかと一緒に解散後の財産の処分などを行っているんですが、これがなかなか大変なんですよ。今ある財産のうちでマイナスを賄わないといけないので。具体的には、たとえば土地を売って市内にある電柱などを撤去する費用を捻出するなどして、最終的にきちんと帳尻を合わせなくてはいけないんですが、そのためにはまず土地が売れないといけないというのがあるのでそれが大変なんですね。土地が売れた上で電柱撤去なんですけど、撤去費用も業者によって全然違うので値下げ交渉して、「3千何百万円がようやく2千5百万円くらいになって、土地が2千万円で売れれば、残りの財産は1千万円だから建物も売れば何とかなるんじゃ」とか話し合うんです。
(2)事務員の業務
――さっきから電話がひっきりなしに鳴っていますが(笑)、一日にどれくらい鳴るんですか。
稲村:そうですね、掛けるのと受けるのを合わせて2、30件ですかね。月曜が多いです。土日でたまった分が来るのかもしれないです。
――事務員の方の仕事の概要を教えてください。
稲村:私は9時から事務所にいて定時は一応17時までですが、最近は忙しいので17時以降も残ることが多いですね。20時ぐらいまではだいたい仕事をしています。
一日のスケジュールは、9時に来て、観葉植物に水をやって、前日のメモを見て整理してメールチェックをして、破産とか過払いとか事務員がメインでやることを整理していって、という感じですね。あとは鏡味から指示された仕事を適宜やります。たまに市役所や郵便局に行ったり、お客様が来た時にはお茶をお出ししたり。
――9時から17時までが定時と仰っていましたが、事務所自体は9時から19時までやってらっしゃいますよね。
稲村:はい。私と金沢は一応受験生なので(笑)、17時に上がれた日は事務所の机を使って勉強しているという形です。電話は取りますし、お茶もお出ししますけどね。
鏡味:尾西は行政書士資格を持っているので、行政書士の仕事も個人的にしつつ事務員もしてくれています。登録申請とかであちこち行くので、昼間はあまり事務所にいないですね。金沢は、今日は今受けている遺産分割調停事件の関係で銀行や法務局に行ったり、あとは先ほどの清算法人の関係で取引先に行ったりしています。今はちょうど時期的に忙しいです。ただ、どんな時も事務員は必ず一人は事務所にいる形にしています。
(3)須坂市住民との関係性
――長野の弁護士では鏡味さんが一番若いのですか。
鏡味:
そうです。北信地域では同い年の人もいないですね。
――26歳の若い人がいきなり独立した事について、地元の弁護士会の反応はどうだったのでしょうか。
鏡味:正直な話、長野に地縁がなくていきなり飛び込んできたので「異分子だ」という感覚はあったと思うんです。最初は特に。若くて元気のいい奴が来たというのはあったと思うんですが、若いから積極的にフォローしてやろう、仕事を回してやろうということは、全くなかったですね。歓迎して下さる人もいれば、変な奴が来たなという人もいれば、どっちでもない人もいるというか、新しい人が来る時にされる普通の反応ですね。今の段階でも、弁護士とのつながりでやっている仕事は、2、3件くらいですかね。あとは全部自分でとる仕事です。
――若いからといって甘く見られるとか、そういうことは無いですか。
鏡味:それは無いですね。ただ、依頼者の方でWebサイトなどの事前情報無しで来ていただいた方には「あらまあ、こんな若い人が」とびっくりされることはあります。もちろん仕事はきちんとするので、最終的に若いからということで敬遠されたりする事は今のところ全く無いですね。依頼者が年長者でも、ちゃんと扱ってもらえます。
あと若さの利点という点で、若いから話しやすいというのもあるみたいです。特に若い相談者の方は、歳が近い方が自分の話も分かるというか、特に離婚などの場合、あまり年上の人には相談しにくいとか話しにくいとかいうこともあるので、「Webサイトを見て自分と歳が近いから話しやすそうだし、雰囲気も良さそうだったので来ました」という人が結構いるんですね。年上の方も、法律事務所と言われてイメージするのが、「おじいちゃんとかおじさんがどっしり構えていて、ゆっくりしゃべって、ちょっと偉そうで、恐縮してしまう場所」という感じで、ちょっとした覚悟を持って事務所に来る人が多いみたいです。実際に来てみたら話しやすくて良かったと言ってもらえることが結構あります。だから、気付いてないところで若さのデメリットがあるのかも知れないですけど、感じているのはメリットばかりですね。
法律事務所の敷居を下げたいという気持ちが元々あったので、今までの法律事務所と違う色を出して、弁護士だから偉いとか法律事務所だから仰々しいとかそういうのをなくして、「普通」にしたいと思っています。弁護士の敷居の高さや品格・雰囲気を求める人は、ここではなくそういった方針の先生のところに行けばいいので、選択肢としてそうじゃない事務所もあった方がそれを選びたい人にとっては助かる。自分たちはそれをやると、そういうことですね。
3.将来の展望 ―MAIMENはF1チームみたいな感じです―
(1)現在の法曹の問題について
――最近弁護士の就職難だとか、先輩の事務所の机を借りるだけで給料はもらわない「軒先弁護士(ノキ弁)」や自宅を事務所として登録せざるを得ない「タク弁」の新人弁護士などが取り沙汰されるようになってきました。そんな中で、今後こちらのようにロースクールを卒業した仲間達で一緒に独立する事務所が増えていくとお考えでしょうか。また、お知り合いの間でそういったお話を聞いたことはありますか。
鏡味:今のところ自分達のような形態での開業は聞いたことないですね(笑)。今後増えていくかどうかも、元々この形でやるにはある程度人生が懸っている部分があるので、そこを共有してもいいよというような信頼関係が無いとやっぱりそこまではなかなかできないですよね。もちろん、自分達はそういう形もありなんじゃないかという考えで始めているので、そういう形でやり始める人がもっといてもいいんじゃないかと思いますけど。今のところ、知り合いや耳に入ってくるところでは聞いたことがないです。
――顔見知り、という程度では難しいですからね。
鏡味:ゼロからスタートするわけですから、やはり顔見知りという程度の関係では挑めないことだと思います。自分達のような形態での開業は個人的には良い形だと思っていますが、それがどんどん増えていくかというと難しい部分があるでしょうね。
ただ、即独という形ではなく、たとえば2~3年既存の事務所での経験を積んだあとにロースクールの同期で一緒にやろうという話であれば、ロースクール制度ができた以上今までより増えてくるんじゃないでしょうか。
――今までは修習の同期という形での繋がりだったのが、私たちの世代になるとロースクールのつながりがありますからね。
鏡味:僕たちも、2~3年経った後にという案もあったんです。正直、その方が安全だと思いますし。でも、それだとつまらないというか、それなら上手くいって当たり前ですし、ゼロから全部自分達でやることに意味があるんじゃないかと。それで上手くいって何年か経ってまだ残っていられたら、その時の経験とか財産というのはすごく価値のあるものだと考えたんです。やっぱり2~3年経ってからというのは違うな、と。
その意味ではロースクールのつながりがあるというのは大きいと思います。ゼロから作り上げるには、メンバー全員の信頼関係が無いと難しいと思うんですけど、ビジネスとは関係の無い「学生」という状態を共に過ごすことでお互いの人間をよく知ることができて信頼関係が築けるので。修習だけではそういった関係を築くのはなかなか厳しいかなと。
――即独が一番面白いだろう、と。
鏡味:まあ、いろいろ経験を積んでから集まるとそれぞれの譲れない部分とかが出てきますしね。全員でゼロから考えて方針を決めてやっている事務所よりも運営が難しくなってしまいますし、そういうのは本意ではなかったので。分からないことだらけだとしても、みんなで力を合わせて知恵を絞りだすのも楽しいですしね。それで上手くいかなければそれも良しということで(笑)。頑張ればいいじゃないか、と。
――また、弁護士が就職先が無いとぼやき、弁護士会の会長が合格者を減らそうと言っている現状については、どうお考えですか。
鏡味:就職しなきゃいけないというのが最初に来ている発想が僕には疑問です。そこまで就職にこだわったり、就職口が無いと悲観的にならなくてもいいのではないでしょうか。もちろん自分も就職という選択肢は考えましたが、弁護士という資格は就職しなくても自分で登録して仕事をすることが許されているんですから。就職する事が当たり前になっているのは、弁護士の数が増えて大きい事務所も増えて弁護士を雇い入れる事務所が増えてきた結果即独する人が減って、まずは就職というのが一般的になったというだけですし。昔は、即独する人がほとんどで、それでやってきたわけです。その時と何が違うかというと「就職することが当たり前だと思われているかどうか」という違いが一番大きい。それしかない。よく考えてみたら、独立すればいいじゃないか、と。修習が短いから昔とは違うと言いますがロースクールもありますし、さっきも言ったように修習の過ごし方次第では充分ノウハウを吸収できます。就職難というのは、就職しなきゃ始まらないというのが前提になっているフレーズだと思いますけどね(笑)。
――即独するとなると、お客さんがついて営業が軌道に乗るかどうかというのが大きな不安要素の一つになると思います。その点に関して、鏡味さんが何か働きかけをしたということはありますか。
鏡味:事務所を開く前に積極的に働き掛けたということは無いです。ただ、事務所を開いた時にどういうことをしていればお客さんが来てくれるかというのは、尾西と企画を練る段階でかなり詰めていました。それが功を奏して実際に仕事が来ているので、対策をしてイメージをちゃんと持って企画を練れば充分集客が出来るんじゃないかなと思います。
――仕事を取ってくるノウハウや方法論を皆さんで検討された、ということでしょうか。
鏡味:取ってくるというよりは「自分が依頼者・法律問題を抱えている身だったらどうやって事務所に行き着くかな」というのを考えました。僕らの世代だと間違いなくインターネットが最初に出てくる。Webサイトについては、事務所の情報が分かりやすくて、敷居の高さも感じないし、聞きたかったことや知りたかったことが見れば分かる、という点にこだわりました。ここならちゃんとやってくれそうだと思ってもらえる内容にしよう、と。あとは須坂でやることが決まってからは、弁護士事務所が元々無いというのと人口も少なく都会ではないということで、紙媒体も結構重要なんじゃないかと考えました。なのでリーフレットを作って配ったり、『広報すざか』という地域限定の広報誌があるんですが、そこに広告を載せてもらったりしました。やるべき事を決めてそれをきちんとこなせば仕事が来ないはずはない、と考えていました。
あと、長野県ではホームページを出している事務所が少ないんですよ。これを言ったら怒られてしまうかもしれませんが、長野では広告自体一切ダメだという時代があったんです。それが一部自由化されたんですが、それでもまだ弁護士は広告を出すべきじゃないという考えの人が多いんですWebサイトも広告の一環なので、かなりそういう意見も多いです。でも自分達の感覚としては、Webサイトもチラシも宣伝で積極的に客を引くために出すというよりも、問題を抱えている人が解決策を探すための情報を提供するという範囲で出すものだと思っています。そこの線引きというか棲み分けをまだあまり分かってもらえていないのが悲しいです。
(2)MAIMENの今後について
――MAIMENの将来的な見込み・展望をお聞かせください。Webサイトに「将来的には税理士や司法書士、社会保険労務士の方たちも招き入れることで、市民の皆様に『MAIMENならすべて解決してくれる』と言っていただけるような、いわゆるワンストップサービスの構築を実現させるべく、頑張って参ります。」とありますが、このあたりを詳しくお願いします。
鏡味:現状では、ワンストップサービスというのはまだ目標です。今の段階でワンストップサービスに近いものが実現できているという自覚はありません。
現時点で良い効果が表れていると感じるのは弁護士と行政書士が同じ事務所にいることです。弁護士と行政書士の間ではよく非弁活動が問題になります。行政書士が弁護士しかできない分野のことに手を出して、それで飯を食う。それがどの地域でも問題になっていて、長野でも弁護士と行政書士の対立がなかなか激しい。行政書士の資格を持つ尾西も形式的には事務員ですけど、弁護士と行政書士の資格を持つ事務員が一緒の事務所でやっているということなので、そこを問題視されることは充分あり得ました。でも実際は、尾西がやっているのは法律事務所に関しては事務員としての仕事だけなので全く問題はなかったですね。むしろ彼が行政書士だということで、行政書士の仲間が行政書士ではできない紛争性のある事件を「おまえのところの弁護士でやってくれないか」という形で投げてくれるんです。おそらくですが、弁護士会の人たちは行政書士と組むことで非弁問題をむしろ回避できるのではないでしょうか。実際にやってみてその手ごたえを感じます。もちろん非弁活動については僕らも反対なので、そういったことは疑われないようにきちんと線は引いています。
という訳でワンストップサービスというにはまだほど遠いですけど、一緒に他士業がつながりを持ってやる事で、得られるメリットは変わります。今後は、できれば司法書士とか税理士などの資格を幾つか持っている人で集まって「この事務所に来たら全部解決する」というのを目指しています。実際今は、遺産分割事件をやっていても紛争性があると調停や審判などは弁護士でないと代理人はできないんですが、それが終わると土地については移転登記しなきゃいけないとか、税務が関係することがあります。その部分については「司法書士さんや税理士さんに頼んで下さい」と今のところは言わざるを得ない。それをしないで良くなる、うちに任せてくれれば全部やるので、と言えるようになったらいいな、と。
――なるほど。現在は、尾西さんが行政書士をされているということですが、金沢さんや稲村さんも他の資格を取られる、というわけでしょうか。
稲村:それは、ちょっと考えています。元々、金沢は行政書士の資格を持っておりまして、登録していないだけで、やろうと思えばできると思います。あとは、司法書士や税理士とか欲しいですね(笑)。ただ、もともとロースクール卒業生で、司法試験の勉強をしているので、まずは司法試験をがんばりたいと思っています。司法試験に受かれば司法書士や税理士は登録できますよね。今の試験制度だと、税理士とか司法書士を一から目指すよりも、司法試験に受かっておいて登録だけ司法書士・税理士でするという方が資格を取るだけという意味では近道だと思います。ただ、実際それで登録しても、実務的なことは全く分からないので、それはそれで自分でやらないといけないと思いますが。
――最終的には、この事務所にいらっしゃる方は全員が、司法試験にまずは合格しよう、ということでしょうか。
鏡味:新しい弁護士ももうすぐ入りますし注3、司法試験に興味を持っていない尾西はともかく稲村や金沢には受かって資格を取ってもらいたいです。僕は、個人的には自分が弁護士じゃなくてもいいと思ってるんで。ほかに弁護士が増えて自分が他の資格で登録して何かできるんであればそれも楽しそうだな、と。弁護士じゃなきゃいけないとは思っていません。その時は事務所のカネで勉強します(笑)。
――これから司法書士や税理士が増えたらいいなということでしたが、その拡大のイメージというのはどのようなものでしょうか。元々の仲間を中心にして広げて行きたいということなのか、それとも有用な人材であればどこからでも迎えようということなのか、そのあたりはどうお考えでしょうか。
鏡味:閉鎖的にするつもりはないのですが、基本的には仲間内でと思っています。元々始めた理由が、気心が知れている連中であれば色々効率の良い面・融通が利く面があるということだったので、そこは最大限生かしていきたいと思います。外部から人を入れることで得られるメリットはあると思うのですが、やはり自分達の個性は維持したいので人間的に繋がりがあり信頼できるという人とやっていけたらいいな、と。
――元々即独という道を選ばれたモチベーションも、そのあたりにあったということですよね。
鏡味:そうですね。仕事だから厳しくて当たり前、と世間ではよく言われますが、僕たちはそうは思ってないんです。もちろん仕事の内容それ自体は集中して臨まなければならないものだと思っていますけど、職場の雰囲気や人間関係は落ち着ける環境を求めていいんじゃないか、楽しくて仕方がない職場があってもいいんじゃないかって。
それから事務所拡大となった場合、もちろん須坂に事務所は置いておきたいのですが、もしできるのであればこういった形でまた弁護士が足りていないところに事務所を設立するということはやってみたいです。法律事務所のままだと2件目・2号店みたいなのは出せないので、規模的に可能になってくれば弁護士法人化したいです。法人化すれば2号店が出せるので、やってもいいかな、と。一つの事務所として1号店・2号店ということで、情報も共有するしノウハウも共有するし経理の面も法人である以上は一つにして。
――イメージとしては、法律事務所MAIMENから、弁護士法人MAIMENという形になっていくのもいいかなということですね。
鏡味:個人的には、それが理想ですね(笑)。かなり先のことだと思いますが。
――即独を成功させる上で、この要素は外せないということはありますか。繰り返しの質問になってしまいますが、即独って面白そうなんじゃないかというのがまさに僕らの取材のきっかけでして、即独をした先輩に話を聞きに行こうかというのが始まりだったということがあるので。
鏡味:一番の要素というと、なんですかね、やっぱり、仕事を始めた時に仕事が入って来るというのが一番重要だと思います。どれだけ修習でノウハウを磨いてやる気と自信と能力を揃えたとしても、仕事がなかったとしたら得たものを発揮できないので。それで飯を食っていく、つまり事務所としてやる以上には依頼があるということが第一です。依頼が最初からあるという状態をどうやって作り出すかが一番重要なはずで、自分達も実際にそこに一番ポイントを絞っていました。どこでやれば仕事が来るかとか、何をすれば客が来るかっていうのを、かなり詰めて考えていましたね。スタートの段階でそれをしっかり実現するというのが大事だと思います。
正直、僕一人だったら絶対無理だったと思うんです。修習を終えて二回試験もあって、その後すぐに自分で事務所を見つけて準備して、というのは間違いなく無理でした。尾西はじめ他の事務員が、僕が修習をやっている間に準備をやってくれていたので、修習が終わった段階ですぐにそれに加わって準備できたというのが大きかったです。
――実体としては、弁護士が1人いて事務員3人を雇っているというのでは全くなくて、それぞれが全員で事務所を作っているということなんですね。
鏡味:むしろ、F1チームみたいな感じです。車の運転をするのは自分だけど、タイヤを変えてくれたりコース取りとか色々情報を与えてくれる人がいたり、どれが欠けても無理だよね、ということだと思います。
――即独に欠かせないものは、一緒に計画を練って一緒に目標を実現できる仲間、ということでしょうか。
鏡味:そうですね。少なくとも僕の場合はそうだった、という感じです。ただ、一人で独立されている方もいらっしゃるので、即独だけに絞れば「仕事がある」ということが一番大事なので、一人であろうが仲間とであろうがそこについての検討をきちんとする、というのが一番大切なのかなと思います。
――それでは、長々とありがとうございました。
鏡味:こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。