住民監査請求における対象の特定―公金支出差止請求事件

最高裁平成18年4月25日第三小法廷判決 平成16年(行ヒ)312号
2006.6.29 西村 祥平


事実の概要

 東京都羽村市の住民らは、羽村市を施行者とする「福生都市計画事業羽村駅西口土地区画整理事業」は違法であると主張して、羽村市監査委員に対し、地方自治法242条1項に基づく住民監査請求を行った。監査請求書には、「この土地区画整理事業は、・・・憲法第11条、第25条、第29条、・・・地方財政法第4条等々の法令に違反する。」などと記載されていた。羽村市監査委員は、平成14年10月15日、「財務会計上の違法性・不当性が具体的に主張されていない」との理由で監査請求を却下した。住民らは、これを不服として、羽村市に対し、同事業に関する公金の支出の差止めを求め(1号請求・地方自治法242条の2第1項1号)、また同事業に支出した公金額相当額等の損害賠償を当時の羽村市長に対し請求することを求めた(4号請求・同項4号)。
 一審及び控訴審(原審)は、監査請求に必要な請求の特定がなされていないと判断し、適法な監査請求を得ない不適法なものとして本件訴えを却下した。住民らが上告。


判旨

 破棄差戻し。
Ⅰ 住民監査請求の「対象となる当該行為が複数であるが、当該行為の性質、目的等に照らしこれらを一体と見てその違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合には、対象となる当該行為とそうでない行為との識別が可能である限り、個別の当該行為を逐一摘示して特定することまでが常に要求されるものではない」。

Ⅱ 「地方公共団体が特定の事業(計画段階であっても、具体的な計画が企画立案され、一つの特定の事業として準備が進められているものを含む。)を実施する場合に、当該事業の実施が違法又は不当であり、これに関わる経費の支出全体が違法又は不当であるとして住民監査請求をするときは、通常、当該事業を特定することにより、これにかかわる複数の経費の支出を個別に摘示しなくても、対象となる当該行為とそうでない行為との識別は可能であるし、当該事業にかかわる経費の支出がすべて違法又は不当であるという以上、これらを一体として違法性又は不当性を判断することが可能かつ相当ということができる」。

Ⅲ 「当該行為を防止するために必要な措置を求める場合には、これに加えて、当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かについての判断が可能である程度に特定されていることも必要になるが、上記のような事案においては、当該事業を特定することによって、この点を判断することも可能である場合が多い。したがって、そのような場合に、当該事業にかかわる個々の支出を一つ一つ個別具体的に摘示しなくても、住民監査請求の対象の特定が欠けることにはならない」。


評釈

判例の状況
 住民監査請求は、地方公共団体の財務会計上の違法・不当な行為又は怠る事実を対象として監査委員に監査を求める制度である(地方自治法242条1項)。住民訴訟の提起には、それに先立って住民監査請求が必要とされる(監査請求前置主義・同法242条の2第1項)。その監査請求にあたっては、請求の対象をどの程度まで特定することが必要であるかが問題とされてきた。
 この問題のリーディングケースとなった最高裁平成2年6月5日判決は、「当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要し、また、当該行為等が複数である場合には、当該行為等の性質、目的等に照らしてこれを一体とみてその違法または不当性を判断するのを相当とする場合を除き、各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要する」とした(最三小判平成2年6月5日民集44巻4号719頁)。つまり、対象となる行為が①一つの場合、②複数あるが違法不当の判断を一体として行うべきでない場合、の二つの類型については、個々の支出を具体的・個別的に適示することを要する。そして、③複数あって違法不当の判断を一体として行うべき場合、については何らの基準もない。
 ③の類型における対象特定の基準につき参考になるのは、住民訴訟における1号請求に関する平成5年9月7日の最高裁判決である。それによれば、一つ一つの行為を他の行為と区別して特定し認識することができるように個別、具体的に摘示することまでは必ずしも必要でない。そして、(1)当該行為の適否、(2)当該行為の実現が相当程度確実に予測できるか、(3)自治体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか、の3点について判断できる程度の特定があれば足りる(最三小判平成5年9月7日民集47巻7号4755頁)。ただし、このうち(3)は改正前地方自治法242条の2第1項但書にいう住民訴訟の要件を明示しただけであるから、住民監査請求にあたって必要なのは(1)(2)のみとなろう(本件下級審判決)。

本判決の位置づけ
 では、上記③の類型に該当する行為とは、そもそもいかなる基準により判断されるのか。そして、③の類型にあたる行為について、監査請求において要求される特定の程度はどのようなものか(平成5年判決の基準を準用できるのか)。これが本判決の争点である。具体的には、既に実施段階にある事業計画を違法不当と主張する住民が、既支出部分につき4号請求、未支出部分につき1号請求を併合して住民訴訟を提起する場合につき、監査請求における特定の程度が争われている。
 本件一審・原審は、4号請求にかかわる部分と1号請求とにかかわる部分とを完全に分離して判断した。そして、4号請求について上記②の類型に該当するとみて、平成2年判決に基づき、個々の支出の「日時、支出金額、支出先等」を明らかにしなければ、「個別的、具体的に摘示」したといえないとした。他方、1号請求についてのみ、上記③の類型であるとして上記平成5年判決の基準を採用したが、監査請求当時にはまだ事業計画の基本的事項が定まっていなかったから、(1)当該行為の適否を判断できないし、(2)相当程度確実にその実現が予測されるかも判断できず、やはり対象の特定を欠くとした。
 なお、「個別的、具体的に摘示」という文言の解釈については、本件原審判決の直後に別事件で最高裁判決が出ている。ここでは、「住民監査請求の対象が特定の当該行為であることを監査委員が認識することができる程度に摘示」すれば十分であり、「上記の程度を超えてまで当該行為を個別的、具体的に摘示することを要するものではない」、しかも、「この理は、当該行為等が複数である場合であっても異なるものではない」とされた(最一小判平成16年11月25日民集58巻8号2297頁)。つまり、支出の日時、金額、支出先等を逐一明らかにすることまでは必要ないのであるから、本件原審判決はこの点ですでに上告審での破棄を約束されていたとはいえよう。
 しかし、最高裁は本件で4号請求と1号請求とを分離する構成そのものを不当とし、「地方公共団体が特定の事業(計画段階であっても、具体的な計画が企画立案され、一つの特定の事業として準備が進められているものを含む。)を実施する場合に、当該事業の実施が違法又は不当であり、これに関わる経費の支出全体が違法又は不当であるとして住民監査請求をするとき」は一括して③の類型として扱うことを明らかにした(判旨Ⅱ)。これは、③の類型の認定に関する初の判断である。
 そして、最高裁は、③の類型における請求対象特定の程度につき、平成5年判決の基準をそのまま採用する判断を示した(判旨Ⅰ)。しかも、本件下級審とは異なり、平成5年判例にいう(1)(2)の要件についても、極めて緩やかに認定する態度を明らかにしている。すなわち、事業自体が特定されていれば、一体として(1)適否の判断が「可能かつ相当」となり(判旨Ⅱ)、さらに、(2)実現可能性の判断も「可能である場合が多い」としたのである(判旨Ⅲ)。

本判決の射程
 本判決は、平成2年判決とあわせて、監査請求の対象の特定について網羅的な基準を打ち立てた。また、事業計画の同一性さえ特定されていれば、正式な認可・決定がなくてもその違法不当を判断しうるとした点、既に支出された部分と一体として判断できるとした点は、都市計画等に対する住民監査請求を大きく勢いづかせることになろう。

参考文献

前田雅子「住民監査請求・住民訴訟」行政法の争点(第三版)(2004年)210~211頁
三辺夏雄・ジュリスト臨時増刊980号(1991年)49~51頁(最判平成2年6月5日評釈)
村井龍彦・ジュリスト臨時増刊1046号(1994年)63~64頁(最判平成5年9月7日評釈)
薄井一成・ジュリスト臨時増刊1291号(2004年)54~55頁(最判平成16年11月25日評釈)