公文書非開示決定において職務行為基準説を採用した判例

最判平成18年4月20日裁判所時報1410号8頁
2006.10.28 井上 航


事実の概要

 原告は静岡県旧公文書の開示に関する条例に基づき、知事に対し平成5・6年度の食糧費支出に関する請求書等(約300件900枚)を開示請求したが、公文書開示審査会の答申を受け、知事は「相手方名称」等につき条例9条2号(個人情報)、8号(行政運営・執行情報)に該当するとして一部非開示決定を行った。
 本件訴訟に先立つ非開示決定処分取消訴訟は一部勝訴に終わり文書が公開されたが、当該文書には不正支出に係る請求書等(ホテル名以外は虚偽事実が記載)6文書が含まれていた。
 原告は、知事らの①虚偽事実記載文書の作成、不正支出を隠蔽する目的での非開示決定、②非開示決定取消訴訟に対する応訴が、国賠法上違法な行為であるとして慰謝料等の損害賠償を請求した。
 ①について、1審及び、2審はともに損害賠償を認めるだけの違法はないとして棄却した。②について、1審は、知事が非開示不該当を知り得たから応訴の事実的・法律的根拠を欠き賠償責任を負うと判断したが、2審においては、取消訴訟では、虚偽でない文書も対象であり、審級で判断が分かれた等の事由をふまえ、知事の応訴には理由があるとして違法は無いとした(1審:静岡地判平成16年3月9日判時1857号100頁、2審:東京高判平成16年12月15日判時1909号39頁)。
 最高裁での争点は、①審査会答申が大阪府水道部接待費訴訟(最判平成6年2月8日民集48巻2号255頁)を引用しなかったことの不合理性,②職員は開示判断において真否調査義務があるか③一部文書の虚偽を知りながらの応訴が相当性を欠くか、の3点である。


判旨

上告棄却

1、( 最判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁(奈良民商事件)を引用し)「非開示決定に取消し得べき瑕疵があるとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記認定をしたと認め得るような事情がある場合に限り、上記評価を受けるものと解するのが相当である。」としたうえで、答申および答申の趣旨に沿った職員の判断について「本件各決定に係る判断に関与した職員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記判断をしたと認め得るような事情があったとは認められない」とした。
 そのうえで、争点①につき、審査会が大阪府水道部接待費訴訟(前掲)を引用せず一部非開示の答申をしたとしても、「本件答申はその当時においては相応の理由を有して」いたとし、争点②につき、条例において「一般的に、担当職員において請求に係る全文書の内容の真否の調査をすることは義務付けられておらず、文書の記載内容に基づいて迅速に開示等の決定を行うことが予定されているものと解すべきである。したがって本件条例の規定等から、県財政課の職員が、請求に係る多数の文書の記載内容の真否の調査を行わずに上記判断をしたことが、職務上尽くすべき注意義務を怠ったものということはできない」とした。

2、争点③につき、知事の応訴は、虚偽記載文書が訴訟の対象の一部で、争点も他文書と同様であり、審級で判断が分かれ、また静岡県食糧費をめぐる初めての情報公開訴訟であり、知事が虚偽の主張立証したこともうかがわれないから、応訴が著しく相当性を欠くとはいえないとした。
判旨1については、反対意見がある。


評釈

1、情報公開条例等に基づく公文書開示請求において請求対象文書が非開示文書に該当するか否かは、近時多数の事例において争われているが、本事例はその延長線上の問題である。  
 判旨1は、公文書非開示決定に関する国賠訴訟として最高裁が示したはじめての判断であり、違法な非開示決定に関わった公務員の責任について職務行為基準説を採用することを明らかにした点と、条例の規定等から職員の調査義務を否定した点において参考となる。  
 判旨2は、文書の一部が虚偽文書であることを知り得た知事の応訴が違法となるか否かについて判断しており、事例判断としての価値を有する。

2、違法な行政処分に対する国賠請求において、かつての判例においては処分の発動要件の欠如を国賠法上の違法と解し、この意味での違法を認識しなかった事を過失とする公権力発動要件欠如説を採用していたと考えられ、行政処分について国賠法上の違法性と取消訴訟の違法性を区別しなかった(違法性同一説)。  
 しかし、奈良民商事件(前掲)は、所得税の過大な更正処分がただちに国賠法上の違法とはならず、職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をした場合に限り違法と評価されると判示し、裁判行為や立法行為のように特質ある行政行為に適用されると考えられてきた職務行為基準説の更正処分への適用を示した(違法性相対説)。  
 そして、以降の裁判例においては、職務行為基準説(違法性相対説)が判決や更正処分のみならず、一般的な行政処分にも適用されることとなっていくが、本判例もその一例である。

3、本判例類似の事例について下級審では、①開示義務違反を理由とした国賠請求において、処分の違法を認定しながら国賠法上の違法を否定するもの(鹿児島地判平成13年10月1日判タ1134号208頁)、②取消訴訟と国賠請求を併合提起し処分の違法と国賠上の過失を認定したもの(甲府地判平成15年3月18日判例集未登載 LEX/DB文献番号28081772)、③文書非公開処分による精神的苦痛についての国賠訴訟において、処分の違法と市長の過失を認定したもの(大阪地判平成17年6月27日判タ1200号160頁)がある。①裁判例が明確に職務行為基準説を採用する一方で、②③裁判例は職務行為基準説をとらなかったものと考えられ、本判例は下級審で統一されていなかった点について判断を示したものといえる。

 

4、職務行為基準説の適用範囲の拡大については、学説からの批判が強い。
 例えば、客観的に違法な国家行為に対する賠償を主たる目的として制定された国家賠償法の沿革や起草者意思から、行政行為については客観的違法と主観的過失を区別すべきとするものや、国賠制度の違法行為抑止機能を著しく損なう、或いは取消訴訟と国賠の違法は異なるとする前提が自明ではない、というものがある(塩野宏『行政法Ⅱ』(有斐閣、第4版、2006)289頁、宇賀克也『国家補償法』(有斐閣、1997)61頁)。

5、また、最判平成16年1月15日民集58巻1号226頁にみられるように、最高裁も、処分の違法性を認定したうえで過失が無いとして賠償責任を否定することがあり、職務行為基準説があらゆる行政処分に対する国賠訴訟に適用があると考えているわけではないと思われる。したがって、職務行為基準説の適用範囲については、いまだ明確となっていない。  
 そうであるにも関わらず、情報公開請求権を侵害する行政処分について、職務行為基準説を採用する積極的理由について奈良民商事件(前掲)を引用する以外に理由を示さない本判例には説明不足の感が残る。
 なお、「県財政課の職員が本件対象部分を非開示としたことは、過失により職務上の義務に違反したというべきであって、この点につき被上告人は損害賠償責任を免れない」とする横尾反対意見が、多数意見と異なり違法性と過失の二段階審査を行っていると読み取ることもできよう。

6、職員の過失認定については、5人中2人の反対意見が付されているが、この点について1点だけ指摘したい。  
 多数意見は、開示請求に係る全文書についての真否調査は義務づけられていないと言う。しかし、情報公開条例は原則公開として、非開示該当事由を限定し、例外的に非公開処分とすることができるところからすると、非開示文書の非開示該当性についての調査義務が無いとはいえないのではないか。
 このことは、情報公開法の解釈運用とあいまってなお検討を要する点であり、さらなる判例の積重ねが待たれる。

7、応訴が不法行為となるかについては、最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁が行政訴訟分野においてもリーディングケースとしてあげられる。  
 行政訴訟における応訴の違法を主張して国賠請求を行ったものとしては、不法行為性を認めた東京高判平成12年9月25日判タ1113号144頁や、否定した東京地判平成13年1月19日判決(前掲)がある。
 前者の判例は、賠償範囲が民事訴訟費用法に定める定型的定額基準に限定されないとする点や、応訴の違法性についてなど、本判例とリンクする論点が多く、参考となろう。

8、本判例には、虚偽文書の非公開事由該当性とその取扱いや、反対意見の主張する同一組織体一体行為論(公文書の管理と開示の一体性)などについても議論があるところである。