外国国家による商業取引に関する裁判権免除の可否

最高裁判所第二小法廷平成18年7月21日判決(裁判所時報1416号8頁)
2007.1.1 古谷 修一


事案の概要

 上告人らはそれぞれ、パキスタン・イスラム共和国(以下、パキスタン)国防省の関連会社でかつ同国の代理人であるA社(被上告人)との間で、パキスタンに対して高性能コンピューター等を売り渡す旨の売買契約(以下、本件各売買契約)を締結し、売買の目的物を引き渡した後、売買代金債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約(以下、本件各準消費貸借契約)を締結した。しかし、パキスタンは貸金の返済を行わなかったため、上告人らは貸金元金およびこれに対する約定利息と約定遅延損害金の支払を請求した。これに対し、パキスタンは、主権国家として我が国の民事裁判権から免除されると主張して、本件訴えの却下を求めた。なお、A社名義の注文書には、本件各売買契約に関して紛争が生じた場合、我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されていた。
 原審である東京高等裁判所は、以下のように判断して、本件訴えを却下した(平成15年2月5日、判例集未登載)。
 主権国家である外国国家は、原則として我が国の民事裁判権に服することを免除され、外国国家が自ら進んで我が国の民事裁判権に服する場合に限って、例外が認められる。このような例外は、条約でこれを定めるか、または外国国家が当該訴訟について、もしくはあらかじめ将来における特定の訴訟事件について、我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示をした場合に限られる。そして、このような意思表示は、国家から国家に対してすることを必要とし、外国国家が私人との間の契約等において我が国の民事裁判権に服する旨の合意をしたとしても、それによって直ちに外国国家を我が国の民事裁判権に服させる効果を生ずることはない(大審院昭和3年12月28日決定民集7巻1128頁)。
 本件訴えについては、パキスタンから我が国に対して、我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示がなされた事実はなく、またパキスタン政府代理人A社名義の注文書には、紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されていたとしても、その意思表示は、本件各売買契約の相手方である上告人らに対してされたものにすぎない。したがって、被上告人パキスタンに我が国の民事裁判権からの免除を認めることが相当であるから、本件訴えは不適法であり、却下を免れない。


判旨

 破棄差戻し
「原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)外国国家に対する民事裁判権免除に関しては、かつては、外国国家は、法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合や、自ら進んで法廷地国の民事裁判権に服する場合を除き、原則として、法廷地国の民事裁判権に服することを免除されるという考え方(いわゆる絶対免除主義)が広く受け入れられ、この考え方を内容とする国際慣習法が存在していたものと解される。しかしながら、国家の活動範囲の拡大等に伴い、国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行為とに区分し、外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷地国の民事裁判権を免除するのは相当でないという考え方(いわゆる制限免除主義)が徐々に広がり、現在では多くの国において、この考え方に基づいて、外国国家に対する民事裁判権免除の範囲が制限されるようになってきている。これに加えて、平成16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された「国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約」も、制限免除主義を採用している。このような事情を考慮すると、今日においては、外国国家は主権的行為について法廷地国の民事裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在については、これを引き続き肯認することができるものの…、外国国家は私法的ないし業務管理的な行為についても法廷地国の民事裁判権から免除される旨の国際慣習法はもはや存在しないものというべきである。
 そこで、外国国家の私法的ないし業務管理的な行為に対する我が国の民事裁判権の行使について考えるに、外国国家に対する民事裁判権の免除は、国家がそれぞれ独立した主権を有し、互いに平等であることから、相互に主権を尊重するために認められたものであるところ、外国国家の私法的ないし業務管理的な行為については、我が国が民事裁判権を行使したとしても、通常、当該外国国家の主権を侵害するおそれはないものと解されるから、外国国家に対する民事裁判権の免除を認めるべき合理的な理由はないといわなければならない。外国国家の主権を侵害するおそれのない場合にまで外国国家に対する民事裁判権免除を認めることは、外国国家の私法的ないし業務管理的な行為の相手方となった私人に対して、合理的な理由のないまま、司法的救済を一方的に否定するという不公平な結果を招くこととなる。したがって、外国国家は、その私法的ないし業務管理的な行為については、我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り、我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。

(2)また、外国国家の行為が私法的ないし業務管理的な行為であるか否かにかかわらず、外国国家は、我が国との間の条約等の国際的合意によって我が国の民事裁判権に服することに同意した場合や、我が国の裁判所に訴えを提起するなどして、特定の事件について自ら進んで我が国の民事裁判権に服する意思を表明した場合には、我が国の民事裁判権から免除されないことはいうまでもないが、その外にも、私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって、我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも、原則として、当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。なぜなら、このような場合には、通常、我が国が当該外国国家に対して民事裁判権を行使したとしても、当該外国国家の主権を侵害するおそれはなく、また、当該外国国家が我が国の民事裁判権からの免除を主張することは、契約当事者間の公平を欠き、信義則に反するというべきであるからである。

(3)原審の引用する前記昭和3年12月28日大審院決定は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。

(4)本件についてみると、上告人らの主張するとおり、被上告人が、上告人らとの間で高性能コンピューター等を買受ける旨の本件各売買契約を締結し、売買の目的物の引渡しを受けた後、上告人らとの間で各売買代金債務を消費貸借の目的とする本件各準消費貸借契約を締結したとすれば、被上告人のこれらの行為は、その性質上、私人でも行うことが可能な商業取引であるから、その目的のいかんにかかわらず、私法的ないし業務管理的な行為に当たるというべきである。そうすると、被上告人は、前記特段の事情のない限り、本件訴訟について我が国の民事裁判権から免除されないことになる。
 また、記録によれば、被上告人政府代理人A社名義の注文書には被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されていることが明らかであり、更に被上告人政府代理人A社名義で上告人らとの間で交わされた本件各準消費貸借契約の契約書において上記条項が本件各準消費貸借契約に準用されていることもうかがわれるから、上告人らの主張するとおり、A社が被上告人の代理人であったとすれば、上記条項は、被上告人が、書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約したものであり、これによって、被上告人は、我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明したものとみる余地がある。
 したがって、上記大審院の判例と同旨の見解に立って、上告人らの主張する事実関係について何ら審理することなく、被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めて、本件訴えを却下した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。…」 


評釈

1.本判決の意義

 本判決は、昭和3年に大審院が下した主権免除に関する日本の立場を、約80年ぶりに変更したものとして重要な意義を持つ。
 国家は、その行為や財産に関し、国際法上一般に、外国の裁判管轄権に服さない。国家は原告として外国裁判所に訴えを提起することは認められるが、その同意なしに被告として裁判に服することはない。この原則は、国家の裁判権免除、国家免除、主権免除などと呼ばれる。
 これは、すべての国家が主権を有し、互いに平等であって、いかなる場合も他の主権国家の権限に従属することはないという考え方に基礎を置いている。このため、法廷地国に存在する不動産を目的とする訴訟、法廷地国に存在する財産の相続に関する訴訟を例外として、外国国家を被告とするすべての事件について裁判権が否定されるとする絶対免除主義が一般的な原則であった。しかし、その後、次第に国家の活動領域が拡大し、私人の領域と考えられてきた経済活動にまで及ぶようになり、また旧ソ連をはじめとする社会主義諸国では、国家が対外的な経済活動を独占的に行うことになると、従来の絶対免除主義では外国国家と取引関係に入る私人に不公正をもたらすとの批判が起こることとなった。そこで、国家の行為を主権的行為(acta jure imperii)と業務管理的行為(acta jure gestionis)に分け、前者にのみ裁判権免除を認める制限免除主義の考え方が次第に有力になってきたのである。
 1972年に、制限免除主義を採用するヨーロッパ国家免除条約が採択されると、1976年にはアメリカが同じく制限免除主義を採用する主権免除法を制定した。コモンロー諸国がこれに続き、イギリス、シンガポール、南アフリカ、パキスタン、カナダ、オーストラリアなどが次々と制限免除主義に基づく国内法を整備するに至った。
 翻って、日本においては、昭和3年に大審院が絶対免除主義の立場に立った判断を下して以来、長らくこれが変更されることはなく、諸外国からも日本は絶対免除主義を支持する国との評価を受けてきた。しかし、こうした見解の維持は、絶対免除主義を積極的に支持してきたと言うよりも、西欧諸国に比較して主権免除に関する事件が圧倒的に少なく、同原則に関する再検討を行う機会がなかったことが原因であるとも考えられる。いずれにせよ、近年にいたって外国国家を被告とする事件が日本の裁判所にかかる機会が増えたことにより、主権免除に関する判断を行う事件が増加してきていることは事実である。 
 こうしたなかで、制限免除主義への移行を示唆する下級審判決も見られるようになってきた。たとえば、ナウル共和国の円建債償還等請求事件第1審判決(東京地判平成12年11月30日判時1740号54頁)、横田基地夜間飛行差止等請求事件控訴審判決(東京高判平成10年12月25日民集56巻4号796頁)などは、そうした例である。しかし一方で、横田基地夜間飛行差止等請求事件第1審判決(東京地判平成9年3月14日民集56巻4号795頁)、マーシャル諸島共和国に関する不当利得返還請求事件控訴審判決(東京高判平成12年12月19日金融・商事判例1124号36頁)、円建債償還等請求事件控訴審判決(東京高判平成14年3月29日平成13年(ネ)第894号,判例集未登載)など、制限免除主義の採用に消極的な判決もみられ、下級審の判断は分かれていた。
 ところが、最高裁は横田基地夜間飛行差止等請求事件上告審判決(最高裁平成14年4月12日民集56巻4号729頁)において、「外国国家に対する民事裁判権免除に関しては、いわゆる絶対免除主義が伝統的な国際慣習法であったが、国家の活動範囲の拡大等に伴い、国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで民事裁判権を免除するのは相当でないとの考えが台頭し、免除の範囲を制限しようとする諸外国の国家実行が積み重ねられてきている。しかし、このような状況下にある今日においても、外国国家の主権的行為については、民事裁判権が免除される旨の国際慣習法の存在を引き続き肯認することができるというべきである」との見解を示した。結論としては、米軍による航空機の離発着は主権的行為であり、我が国の裁判権からの免除が認められると判断されたが、この判決は大審院の判例を実質的に変更し、制限免除主義を採用する方向に道を開いたと評価されている。実際、この最高裁判決の後、下級審ではアメリカ・ジョージア州港湾局の日本代表部の職員に関する解雇無効確認等請求事件(東京地判平成17年9月29日判時1907号152頁)、サウジアラビアに対する報酬金請求事件(東京地判平成17年12月27日判時1928号85頁)など、制限免除主義を採用する判決が続いていた。
 本判決は、こうした平成14年の最高裁判決以来の流れを決定づけ、制限免除主義へと判例変更することを明確に宣言したものである。

 

2.免除の基準

制限免除主義を採用する場合、免除が許容される主権的行為と免除が否定される業務管理的行為とに区分する基準が重要となる。一般に商業活動は後者に属し、免除が認められないと考えられているが、何が商業活動に該当するのかを判断することは、実際にはそれほど容易でない。たとえば、外国国家が私企業と自国軍隊の装備に関連する売買契約を結んだ場合などを考えると、売買契約そのものは通常私人でも行うことのできる法律行為であるが、その目的は軍隊の管理・軍事力の保持という国家に特有な活動に関連しており、一概に主権的な行為でないとも言えない。こうしたことから、商業活動に該当するかどうかを判断する基準については、これまで行為の性質に着目して判断すべきとする「行為性質説」と、行為が行われた目的・意図を重視すべきとする「行為目的説」とが唱えられてきた。
 先に触れた諸国の国内立法においては、たとえばアメリカ主権免除法1603節(d)が「活動の商業的性格は、行為の過程、あるいは特定の取引の性質に照らして判断されなければならず、その目的に照らしてではない」と明確に規定し、行為性質説の立場を採用している。こうした立場は、イギリスをはじめとする国内立法の多くで採用されており、国内法の趨勢としては行為性質説が主流である。
 一方、本判決でも言及されている「国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約」(以下、国連裁判権免除条約)2条2項は、商取引であるかの判断基準について、「第一義的には当該契約または取引の性質を参照すべきである。もっとも、当該契約もしくは取引の当事者が合意している場合または法廷地国の実行においてその目的が当該契約もしくは取引の非商業的性格の決定にあたり意味をもつ場合には、その目的も考慮すべきである」と定め、行為性質説を中心としながらも行為目的説の立場も加味している。
 国家は本来、他国における訴訟において被告となることを望まない。その意味では、いずれの国家も主権免除を広く認める考え方を支持するように思われる。しかし実際には、外国国家を相手として訴訟を提起する可能性の高い私人・私企業を自国内にかかえる先進国は、こうした自国民・法人の利益を擁護するうえで、免除の範囲を狭く解する行為性質説を支持する傾向にある。他方で、そうした私人・私企業から訴えられる可能性の方がむしろ高い途上国は、免除の範囲を広く認める行為目的説を一般に支持してきた。この条約の規定は、こうした先進国と途上国の思惑の妥協として成り立ったものである。
 日本について言えば、これまで制限免除主義を採用した判決は、いずれか一方の説を支持するよりも、むしろ両説を折衷するといった立場が多かった。たとえば、前述のジョージア州解雇無効確認等請求事件では、雇用契約の性質そのものに加えて、これが結ばれた経緯・目的についても検討が行われ、「本件における雇用契約は、その性質上も目的上も私法的・業務管理的行為というべき」と判断されている。また、サウジアラビア報酬金請求事件でも、「この区別は、外国国家の行為の性質の外、外国国家の行為の動機・目的を総合的に考慮して判断するのが相当である」と指摘されている。最高裁も、横田基地夜間飛行差止等請求事件判決においては、「夜間離発着は、我が国に駐留する合衆国軍隊の公的活動そのものであり、その活動の目的ないし行為の性質上、主権的行為であることは明らか」と述べるにとどまり、判断基準については曖昧さを残したままであった。
 ところが、本判決においては、「その性質上、私人でも行うことが可能な商業取引であるから、その目的のいかんにかかわらず、私法的ないし業務管理的な行為に当たるというべきである」と明確に指摘されており、その点で判断基準として行為性質説を採用することも明言されたと理解できる。

 

3.免除放棄の方法
 本判決は、こうした主権免除に関する基準を示したという点で価値があるだけでなく、主権免除を任意に放棄するに際して、どのような形式での意思の表示が必要であるのかという問題について、明確な指針を提示した点でも重要である。
 免除の放棄に関して、昭和3年の大審院決定は、放棄の意思表示は国家から国家に対して行われることが必要であり、外国国家が私人との間の契約等において免除を放棄する旨の合意をしたとしても、それによって直ちに外国国家を民事裁判権に服させる効果を生ずるものではない、という立場をとっている。本件の原審もこれに従ったものである。これまでの判決を見ると、ナウル共和国円建債償還等請求事件第1審判決が、債券の券面上の約束において、本件債券に関する訴訟については東京地方裁判所の裁判管轄権に服し、日本の裁判所における訴訟においては司法上の手続からの免責特権を放棄する意思が書面で明示的に表示されていることを理由に、免除を否定している。しかし、同控訴審判決では「上記大審院決定は、日本においていわば判例法として確たる地位を有しているから、上記債券買受契約証書…の内容も、当然に上記大審院決定に反してまで無制限に主権免除特権を放棄するというものではない」とされ、大審院の立場が再確認された。
 免除放棄の方法に関しては、各国の実行も少なく、不明確な部分が残されているのが実情である。しかし、ヨーロッパ国家免除条約2条は、免除を援用できない場合のひとつとして、「書面による契約中に含まれる明示の文言による」場合を挙げている。また、国連裁判権免除条約7条も、「書面による契約」により、他国の裁判権の行使に明示的に同意している場合には、免除を援用できないとしている。
 したがって、本判決が、「私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって、我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも、原則として、当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である」と判断したことは、免除に関する大審院の見解を変更するとともに、国際条約の立場に従う方向性を示したことを意味する。

4.残された問題
 すでに指摘したように、本判決は制限免除主義を採用し、さらに行為性質説に従うことを明示した点で、画期的な意義を持つ。しかし、これだけで主権免除に関する我が国の問題が、すべて解決されたわけではない。
 制限免除主義に立脚するヨーロッパ国家免除条約、国連裁判権免除条約、多くの国内立法は、免除が認められない行為を商業活動に限定していない。たとえば、国連裁判権免除条約は、免除を援用できない訴訟手続として、商取引(10条)に加えて、雇用契約(11条)、人の死亡・身体への傷害・財産への損害などの不法行為(12条)、財産の所有・占有・使用(13条)、知的財産権および工業所有権(14条)などを挙げている。これらの種類については、原則として主権的行為か業務管理的行為かといった区分は適用されず、類型的に免除が否定される。換言すれば、主権的行為/業務管理的行為、行為性質説/行為目的説などは、あくまで商業活動の例外を支える概念であって、他の種類の訴訟手続については別の考慮が働く。
 たとえば、不法行為について定める同条約12条によれば、外国国家に帰属する行為が法廷地国内で行われ、人の死亡・身体への傷害または有形財産への損害・滅失に対する金銭賠償に関する訴訟が提起されれば、当該外国国家は免除を享受できない。ここでは、当該行為の性質または目的が主権的であるか、業務管理的であるかは問題とはならない。同様の規定をおくアメリカ主権免除法に関する判例では、外国国家機関による暗殺行為などについても、免除は認められないとされている。
 一方、日本の状況を見ると、本件は明らかに商業活動に関連するが、横田基地夜間飛行差止等請求事件は不法行為に、またジョージア州解雇無効確認等請求事件は雇用契約に関する事件である。したがって、これらの事件においては、行為の性質や目的に注目するのではなく、むしろこうした種類の訴訟が類型的に免除の例外を構成するのか否か、もしするとすれば、どのような要件の充足が必要なのかが問題とされなければならないはずである。商業活動以外についても免除の例外を広く認めようとする世界の趨勢から見れば、日本における議論が未だ不十分であることは否定できない。制限免除主義が認められた本判決がステップ台となって、この問題に関する検討がさらに深化することが望まれる。 


参考文献

広部和也「最近における主権免除原則の状況」『国際法外交雑誌』104巻1号(2005)1-21頁 水島朋則「主権免除―最高裁2006年7月21日判決までとこれから」『ジュリスト』1321号(2006)37-44頁
Fox, H., The Law of State Immunity (2002).
Bankas, E.K., The State Immunity Controversy in International Law (2005).
Hafner, G., Kohen, M.G. and Breau, S. eds., State Practice Regarding State Immunities (2006).