TMI総合法律事務所

はじめに

 前回は、法務省民事局の坂本三郎局付、冨田寛局付、仁科秀隆局付、野上誠一局付を訪ねてお話を伺いました。

 今回は、その坂本局付・仁科局付と共に法務省民事局局付として、会社法を立案された葉玉先生にお話を伺ってきました。

 民事局局付としての任期を終えて東京地検に戻るものの、2007年春には弁護士へ転身し、 TMI総合法律事務所のパートナーとして活躍中の葉玉先生。

 司法試験予備校講師、検察官、会社法の立案担当者、東京地検特捜部、弁護士、ブログ運営。様々な顔を持ち、 既存の法曹像の枠に収まることなく、精力的に活動される葉玉先生の原動力、いままでとこれからをお話いただきました。

 

1.TMI総合法律事務所の概要

葉玉: どうぞなんでも聞いてください。まず、好きなタイプからですか(笑)。

――(笑)。ありがとうございます。よろしくお願いいたします。 今までは事務所をメインにお話を伺うスタイルというのが多かったのですが、今回はTMIのお話と葉玉先生個人のお話、両方伺えたらと思っております。 早速ですが、TMIの概要や業務内容などをお話し頂けますか。

葉玉: 基本的には企業法務全般についてやっています。よくTMIというと、IP(Intellectual Property:知的財産関係)が強いと言われますが、全体の25パーセントですね。そして、残りがファイナンスとコーポレートで半々ずつという形です。75パーセントが知財以外なんですね。そのような構成になっています。

今、弁護士の数が約140人、弁理士が40人くらいですけど、今年の秋にまた入ってきますので、専門家だけで言えば、200人を超えるような体制ですね。そして、外国のSimmons & Simmonsというイギリスの事務所やMorgan, Lewis & Bockiusというアメリカの事務所、それからカナダのWakely事務所というところと共同の事務所を持っていますから、そういったところのやりとりを通じて、日本法人だけでなく、外国法人も含め、かなりのところと取引をさせて頂いています。特徴的なのは、単純に上場企業だけではなくて、非上場の大企業というのも多いことです。実際にMBO(Management Buyout)をした企業や、上場はしないけれども売上げは上場企業以上のところなども幅広くお取引させて頂いています。

 

2.仕事の受け方・コンフリクトの問題

――新規のクライアントというのはどういった形で受けていらっしゃるのでしょうか。

葉玉: それは色々なパターンがあります。こういう分野が強い、ということでご紹介頂くようなこともありますし。 飛び込みでお客さんが入ってくるということも結構ありますね。

――葉玉先生を指名されるのですか。

葉玉: 指名というか、私のところに連絡がきて、実はこういうことで相談したいのですけど、ということでいらしたりですね。 コンフリクトがなければ、そういう形でも問題はありませんから。

――大きい事務所だとそういうコンフリクトの問題というのは結構大変なんじゃないかなと思うのですが。 葉玉先生は前職が弁護士というわけではないので比較的そういったことは少ないかもしれませんが、 別の事務所から移ってくるといった場合にはコンフリクトという問題は生じやすいですよね。

葉玉: そうでしょうね。ただ、コンフリクトと言っても、訴訟をしているということであれば、相当問題はありますけれども、 訴訟はしていなくて、こっち側は知的財産のことを相談しているけれども、向こうは全然別の分野の相談をするということはよくあることですし。 とは言え、大事務所になればなるほど顧問っていう契約を結びにくくなるっていう傾向はあるのではないかとは思います。 そういう場合は、事案ごとにやるしかないですね。

――アメリカの大規模な事務所などでは、事務所内でコンフリクトだけを事前に徹底的に調べるというような部署があるというふうに聞いたのですが、TMIにもそういう部署はあるのでしょうか。

葉玉: 部署として管理はしていないと思いますけどね。ただ、コンフリクトチェックは常に回ってきます。 一般的にはまずデータベースでコンフリクトがあるかないかということをチェックして、あとは表面には現れていないけれども、 その下の子会社であるとか、または逆に親会社とコンフリクトがあるっていうこともありますから、関係しそうなところは、メールなどで一斉に通知したりしています。 そして実際に可能性があるような場合は、お互いに確認したりしますね。

 

3.仕事の仕方・アソシエイトの教育

――HPを拝見すると、知的財産業務などは弁護士と弁理士がチームを組んで仕事をするというような感じだったのですが、 それ以外のファイナンスなどでも弁護士同士がチームを組んで、チーム制で受けるのでしょうか。

葉玉: 仕事にもよりますが、パートナー同士で協力し合うということは多いですね。パートナーとアソシエイトはもちろんですけれども。 アソシエイトにしても、このパートナーに専属的なアソシエイトという概念があまりなくて、色々なパートナーと仕事をしたりして、 色々な仕事ができるように配慮していますね。

――アソシエイトもこの部門専属ということではなくて、動いていくということですね。

葉玉: そうですね。メインでファイナンスをやっていますとか、メインでコーポレートをやっていますとかはもちろんありますけど、 多分ファイナンスだけとかコーポレートだけとかいう人はいないと思いますね。

――そこは事務所の教育体制として何か方針があるのでしょうか。

葉玉: そうですね。やはり弁護士っていうのは、機械の中の一部品ではなくて、一人一人が弁護士としてのトータルの能力を高めていかなければいけないんですよね。それは確かに効率性という意味では、ファイナンスならファイナンスでチェックだけとことんやってもらうというのが、短期的に見たら効率的なのかもしれませんよね。しかし、TMIの場合には基本的に、アソシエイトの皆さんがどんどん成長していって、最終的には事務所の中でパートナーとして、事務所全体の経営に関与し、またお客さんとの間でも会話ができて仕事ができるようになるというのが、基本的な発想なんですね。若い頃からお客さんと直接お話をして頂く。色々な経験を積みながら。得意分野だけだとどうしても視野が狭くなるんですよね。ファイナンスをやっているときには常にコーポレートのこととかも考えないといけないし、M&AをやるときはIPでこの辺が問題になりそうだっていうことに気がつかなければいけないし。幅広い視野の中で本当に適切な協力体制が作れるように、色々な分野を経験させているということだと思うんですよ。

実際私なんかもそうですよ。私はまあ会社法や税金のことはそれなりにわかるわけですけど、IPなどは今まで殆どやったことがないですから。検事時代に偽物の摘発とかはやりましたけど(笑)。特許と言われてもよくわからない。特に特許というものは分野ごとにも、見方が違いますし。そういう意味では、適切なところに適切な人をアレンジメントできる能力というのが個々の弁護士に必要なんじゃないでしょうかね。あとは、TMIは若い人にも企業に常駐させたりします。週3日とか週4日とか。そういうことを通じて、企業の現場の人たちが何を考えて何に困っているのかということを肌身で感じてもらう。それによって自分の弁護士としての一番コアな部分を形作ってもらおうという考えなんですね。やはり機械の部品じゃないので、デスクワークで目の前の案件だけやっていると、どんどん視野が狭くなっていきますから。そこは、色々な人と会話することで法律家としての幅が広がっていくんですよね。

――机上の勉強だけでなく、コミュニケーション能力なども含めて、ということですね。

葉玉:そうですね、パートナーとアソシエイトが並んだときに、他の事務所ではパートナーばかり喋るところもあるかもしれませんが、TMIはアソシエイトもよく喋りますね。特に企業に常駐しているようなアソシエイトはむしろお前はどっちの味方なんだという感じです(笑)。まあ喧嘩してるわけじゃないんですけど。向こうの言いたいことをきちんと取次ぎをして、「あ、なるほどそういうことか」と。そういう非常に上手いコミュニケーションスタイルができていると思いますね。

――汲み取る能力というのが必要なのですね。そうすると、ロースクールで今やっているようなことは直結しそうですね。

葉玉: だと思いますよ。ロースクールがどこまで中身に入っていけるかということは別にして、やろうとしていることはおそらくそういうことじゃないかなと思いますね。

 

4.葉玉先生のこれまで

――では、今度は葉玉先生ご自身のことを伺いたいのですが、自己紹介をお願いいたします。

葉玉: 昭和63年に司法試験に合格して、その後専任講師として2年半くらい予備校の先生をやっていました。面白かったですね。僕の法律家としての基礎がそこで作られたと思います。

司法試験を勉強し始めたのが、大学4年生の頭くらいで、大学5年生のときに合格しました。だいたい1年くらい勉強して合格したわけです。その時は自分なりに力はついたんじゃないかと思ってましたが、人に法律を教えることで、自分の理解不足のところが深まりましたし、生徒たちの質問に答えることによって、自分の法律家としての能力、コミュニケーションであるとか、法律を説明する能力というのが非常に磨かれた気がしますね。そこで2年半くらい講師をした後、研修所に2年行きました。

――予備校講師をされていたのは、修習の前だったのですね。

葉玉: ええ、前ですよ。元々法律家になるつもりがあんまりなかったので(笑)何かの拍子で司法試験を目指すことになってしまって。

――受かっちゃったという感じですか。

葉玉: うっかり受かっちゃったわけではないね。ちゃんと本気で勉強したのは間違いない。まあ、元のきっかけっていうのは、当時片思いしていた女の子が、「司法試験に一年で合格したら何してくれる?」って聞いたら30秒キッスをしてくれるっていうんでね。

――(笑)。

葉玉: 「じゃあ、絶対だな。」って言ったら、「絶対よ。」って言うから。動機は非常に不純なんですよ(笑)

でも、1年間非常に濃密に勉強した結果、こういう方法でやっていけばいいというのがわかって、次世代の人にこれを伝えていきたいと思ったんですよね。私は本当に大学に行かなかったんですよ。1年間に、試験がある7日だけ、授業一回も出たことありません。大学4年の始めの頃は「刑法199条は何?」と言われても「なんでしょうね…」という状態でした。でも、そういう状態から、いざ「30秒キッスのために頑張ろう」と思い始めてから、1年間一生懸命色々なノウハウを身につけつつ勉強したら、かなり択一も取れるようになった。論文も初めは非常に悪かった。全然知らないわけですから、悪いのは当たり前なんですよ。だけど、論文試験の直前の模試なんかは、すごく成績が良かった。論文のノウハウみたいなものも身につけられた。これがなぜできたのか、みんな10年かかっている試験が1年でできたのだから、それを率直に若い人たちに伝えたいなと思ったんですよ。それが予備校講師時代の気持ちですね。

検事になるなんて全く思ってなかった。そもそも検事が何の仕事してるかも知らなかったからね。だから実務に出て初めて、「検事ってこういう仕事なんだ」と思いましたね。研修所に入ってから、最初は弁護士になろうと思ってたんですけど、なんとなくね、弁護士の仕事は僕の感覚に合わないなと。僕は福岡出身で、福岡で就職しようと思ってたから、「まあいいか、また予備校に戻ればいいか」って思ってたところに、検察庁から、明日締め切り、もう二回試験っていうときに電話がかかってきたんですよ。「葉玉、おまえ就職決まった?」って。「いや、決まってません。」って言ったら、「じゃあ、5年でいいから検事やらない?」って言われて「ああ、いいですよ。」って軽く答えたら「本当!?じゃあ俺申し込んでおいていい?」って言われて。それで、5年でやめるつもりで検事になったんです。

 

5.検事時代の話

葉玉: そうしたら、ちょうど4年目くらいのときに、在外研究でイギリスに半年間行かないかという話が来て、それはおもしろそうだなと思って、辞める機会を逸してしまったんですね(笑)。それで帰ってきて、義務を2~3年果たしたら辞めようかなと思っていたところ、今度は法務省民事局に行けと言われて、また辞める機会を逸してしまい(笑)。辞める機会をずっと逸し続けて、結局、十何年間かやってたわけですね。暴力団関係や財政・経済事件などをよく扱っていました。あまり詳しい事案については守秘義務の問題があって言えないんだけど、検察では事実の大切さということを学びましたね。

法律家に対するイメージとして、事実がまずあって、その事実に法律を当てはめるっていうところが特に強調されていると思うけど、検事の世界でも、弁護士の世界でも、まず何が事実であるかということを調べなければならない。しかもその事実の中で、今目に見えている事実がわかるのは当然で、そこから一歩進んだ洞察力があるかどうかが優秀な法律家と受身の法律家との違いなんじゃないかなと思いますね。検察官とか警察とか絵を描いてそれに当てはめるっていうことが批判されますけど、弁護士だって検事だって、「もしこういうことがあるならば、こういうことがその背景にあるはずだ」という洞察力がなければ駄目なんですよ。もちろん、その絵が正しいかということについてきちんと検証をし、それに伴う証拠があるかどうかということを調べていくことは当然であって、それと法律家に洞察力が必要かどうかというのは別の問題なんです。

――ロースクールの教育が始まったことによって、事案の事実の部分を拾い上げることを少しずつ勉強するようにはなってはいるのですが、 その事実を洞察して持ってくる能力などは、ロースクールで培うことができるでしょうか。

葉玉: 私は試験レベルで言えば、新試験の問題も旧試験の問題も全然変わらないものだと考えております。新司法試験の問題では個別に事実認定の問題が出るといわれているけど、私にとっては、それはほとんど事実認定ではないと思ってしまうんですよ。例えば、ナイフを腹に5回刺したから殺意がありか。ということは事実認定の問題だけど、民事を見てると、この契約書があるから果たして契約の意思は認められますかとか、こういう事実があるからどうなりますかということはあまり聞かれていない。

皆さんが事実認定と言っているのは、多くはあてはめの問題。一番わかりやすいのは公序良俗だとか、信義則とか、経営判断原則とか、そういう一般条項的な考え方の中で、この色々な事実を拾ってきたらこういうことになりますよね、ということだと思うんですよね。昔の司法試験の問題では余計なことは確かにあまり書かれていなかったんで、無駄になるものを排除するのではなくて、なるべくそこにあるものを拾ってきて全部使って、どんなことが問題になるのだろうかということを考える。ただ、それは一本道のわけではないから、色々な訴訟物がそこには含まれていて、この事実はこっちの訴訟物、この事実はこっちの訴訟物と割り振りをしなくてはならないし、それの中でそれが請求原因なのか、抗弁なのか、再抗弁なのか、ということを意識しなかったらやはり解けなかった。それは今の新司法試験の問題も基本的には同じです。この事実がどの訴訟物に関することなのか、を的確に判断し、それを論証していくだけ。だから昔の試験も今の試験もあまり変わらない。今のロースクールでも、こういう証拠があるから保険金詐欺ですかということはまずやらないでしょう。

――そうですね。まずやらないです。

葉玉: つまり、与えられた事実の中で組み立てていくという点では同じで、ただ、違うとすれば、余計な事実が組み込まれているかどうかだけ、というのが違い。

――では、事実に対する洞察力というのは実務で培うということしかない、ということになりますか。本人の素質もあるとは思うのですが。

葉玉: 素質はあまり関係ないんじゃないかな。法律家の仕事は今までやってきたことをもくもくと定型的にやるっていうのももちろんあるんですよ。でも、定型業務をいかに早くやっていくことに重きを置く法律家なのか、それとも、今までやってきたこともないようなところに積極的に進んで行って新たな分野を開拓していくところまで考えながら仕事をしている法律家なのか、そういう違いは大きいと思うのですね。

定型業務をたくさんこなした方が能率は確かに良いですよね。だけど、やはりそればかりだとやがて限界が来るのではないでしょうか。定型業務というものは、誰でもやれますから。だから、独自の色が出せるということがこれからの法曹として求められてることなんですね。これは検事だってそうなんですよ。色々な視点で見てみることが、次の大きな仕事につながっていくことになるんだろうね。

だからそういう意識を持ちながら定型業務をしている時でも、こうじゃないですかね、という話を上司なんかとしてるとですね、ちゃんと上は見ているわけですよ。ああ、葉玉っていうのはね、色々なことに疑問を持ちながら、仕事をしているんだな、と。それならば、こういうもっと面白い仕事を与えてあげようとかいうふうになるわけですよ。そして、独自の捜査とか、そういうところに放り込まれるようになるんですよ。

だからそれはもう心がけひとつ。才能とかなんとかじゃないんですよ。目の前にあるものがすべてではなく、目の前にないことはいったいなんなんだろうということを常にね、考える。非常にシンプルなことで、ただ、それを日々の業務の中でただ追われているだけだと、なかなか心の余裕が持てないということだと思うんですよね。

 

6.検事から法務省民事局に移って ―法務省民事局で扱ったこと―

――そして、法務省民事局に移られたわけですが、それはどういった経緯があったのですか。

葉玉: 経緯っていってもね、上司の命令だからね、あるとき熊本地検に行ったら、君は会社の計算に非常に強いから、今度東京のそれに関連する所に行ってもらうから、って言われて、はぁ、ついに特捜か嫌だな、って思ったんだよね。忙しくて。そう思ってきたんだけど、来てみたら法務省だったと。それで、株券の電子化に関する法案、それから会社法、そして、あまり知られていないんだけど、ハーグ条約などにも関わっていました。楽しかったですね。色々な人と出会えるし。

法曹として検事と会社法立案とで全然違うじゃないですかとよく言われるけど、同じなんですよ。要するに、いかに人の話を聞いて本音を聞き出して、うまい調和点を見つけ出してそれをもって説得するかということが重要なわけで。例えば、会社法で新しく採用した会計参与は、使われないと言われてきたけれど、委員会設置会社は実際には80社しかない一方で、会計参与を採用している会社は1000社を超える。なぜなのか。というとね、やはりそこに使おうという人がいるからなんだよね。理念とか何とかじゃなくてニーズがあるからそこで生まれてきた。そういうことを考え出すことが民事局の中でも非常に面白いことですね。

 

7.弁護士になって

――民事局から戻られて、そして今は弁護士を始められたということなんですけど、まずは4か月弁護士をやってみていかがでしょうか。

葉玉: やはり面白いですね。TMIが好きなようにやらせてくれていますしね。あと、ユニークな人が多くて面白い。そういう人たちがいて、興味のある分野をやっていけるという環境を作っていただいているので非常に充実していますね。民事局時代に企業の人たちと話をしていたこととかもあるので、今企業の人たちから相談を受けて、色々な提案をするんですけど、さして違和感はないですね。民事局や検察庁でやっていたことと同じで、向こうの困っていることを聞き、本音を聞き、それを提案して納得してもらう、ということの繰り返しです。

――民事局にいると、実務を離れるという点で心配な部分もあるという話も聞きますが、そういう不安はありませんでしたか。

葉玉: 今最先端の議論でも5年後には役に立たないんですよ。特殊な条項がまず原則であるっていうふうに思った瞬間から、もう自分の知識の陳腐化が始まる。逆にそれが特殊であって、こういうものをやるためのものだということが分かっているならば、時代が変わっても、基本はまずこれで、今のニーズはこれなんだから、この条項はやめてこっちにしましょうということが選べるようになる。

そういうものだと思うんですよね。だから基本がしっかりしていれば、時の流れは大した問題ではない。だって私なんか商法を昭和56年改正商法で勉強して、それからまったく商法は勉強してなかったのが、10年たったらいきなり民事局で商法の最先端でしょ。作れって言われるんですよ。その間に一体何回商法が改正されたのか。もうまったく違う世界になってるけれども、ただ、その時その時丁寧に勉強していけば、なんていうことはない。そういうもんですよ。

――土台が大事というわけですね。

葉玉: うん、土台をどれだけ使いこなせるか。基本的なものを。それぞれが持つ意味を丸暗記ではなくて、使いこなすための意味がわからないと駄目ですね。これは税の問題でも会計の問題でもそうですよね。抽象的に、この場合はこうなるんだっていうのを機械的に覚えようとするのは限界がある。応用もきかない。実際に、僕も弁護士になって、色々なスキームを考えているけど、世の中に無いスキームがいっぱいあるわけですよ。でもそういうことも、基本を持っていれば、応用も利くんですね。

――私たちからすると先生は会社法の立法担当者というイメージが強いのですけれども、その会社法をつくった側から運用する側にまわってみて、どのように感じますか。

葉玉: 僕は会社法っていい法律だな、っていつも思うんですね。お上が決めたメニューにそのまま従ってください、というのが、今までの商法概念。しかし会社法というのは定款自治の範囲を拡大し、また色々な不合理な規制を排除していった結果、すごく使いやすい法律になった。使おうとする意思がある人、またこの法律が持ってる限界を知ってる人にとっては、色々なことをやれる法律だと思うんですよね。その会社法自体の柔軟化によって、税務も色々変わったし、色々なスキームも大きく変わった。だからそれを使いこなすというのは大きな喜びですよね。

――立法される時というのは、両当事者の利益を考える、 弁護士は一方当事者の側から見るということになると思うのですけれども、その点についてはどうお感じでしょうか。

葉玉: 裁判になって、白か黒かをつけるっていう場面では、相手の意思がどうというより、どんな事実を集め、どんな法律構成をしていくのか、っていうのが重要ですよね。しかし、私たちがやってる企業法務の世界では、別に裁判でやるってことではなくて、相手方の合意をベースにした話であることがほとんどなんですよね。さらに言うと、裁判になったとしても、多くの場合和解があるから、譲れる線、譲れない線というのを考えながら、相手方の意図、相手方も満足するものは一体なんなのかというものを探る。これは常にあるわけですよ。だから、民事局でやってたことと、弁護士になってやってることが何か違うかというと、あまり違わない。お互いの、表面的には一番最初のぶつかりあいというものの中で相手方の本音を探りながら、うまく解決する。それはほんとに共通だと思うけどな。

自分のクライアントが、本当に思ってることと、クライアントがこういうことをやって下さいって望んでることが、食い違ってることだってあるわけです。あなたの本音だったらこっちの方策のほうがいいですよ、と言って変わることだってたくさんある。表面だけ見てたら、すれ違いのまま終わってしまう。

あとは、これも法曹全体、検事とか弁護士とか民事局とかで変わらないと思うんですけれど、はっきりとした見通しを伝えるってことが大事だと思うんですよね。どうしても、将来こういう要素が出てきたら、こうなる可能性はあるという不安定要因はあります。ただ話し方として、現在の見方としては、これが一番可能性が高い、ということを断言していく。あれかもしれないしこうかもしれない、では、先生どっちなんですかって不安になりますよね。

だから、リスクはリスクとして当事者にわかっていただかないといけないと思うんだけれども、そういう中でも普通はやっぱりこれですよね、ということを明確に喋れる弁護士っていう方が安心するじゃないですか。安心するってことはやっぱり信頼にもつながるし。その見通しができる法曹が優秀な法曹だと思うのね。そこの見通しに自信があるかないか。それは、私は結構あると思うんですよね。

――それができてない法曹は多いですか。

葉玉: そうだと思いますよ。見通しがいい先生もいると思うけれど、だんだん見通しが悪い弁護士も増えてる、というのは事実でしょうね。ロースクールは2,000人とか3,000人とか受かるけれども、経験のないまま放り出されれば、弁護士という肩書はあるけれども、触れる事件数自体は少なくなるし、見通しという意味でも、やっぱり経験がものをいうよね。あとは訓練かな。色々なことをやってみる。限界を試してみる。

僕は検事時代に僕が起訴した事件で5件無罪が出たら、やめるって言ってた。あともう一つは、否認したら起訴する。もちろん、全然証拠が無いのに起訴するってことはないです。自分の心の中で、否認したから嫌疑不十分で不起訴だなんていうのは絶対にだめだと。よく、裁判官的検事がいて、警察のあがってきた証拠では認定できないから嫌疑不十分ていう考え方の人もいるわけですよ。でも僕は、検察官というのは捜査機関だから、警察の捜査が駄目ならば自分で捜査しろと思うわけです。20日間とことん自分で捜査して、それでだめなら、しょうがない。嫌疑不十分はない。嫌疑なし、か、嫌疑あり、か、どっちかなんですね。不十分なら捜査しろ、というのが僕の持論なんです。物事をはっきりさせる。確かに事実が不透明だっていう部分はあるんだけれども、自分の中で納得するまで事実認定をしていくことを繰り返していると、だんだん見通しが出てくるわけですね。

――それがやっぱり、当事者主義の要請にもかなっているのかな、という気がします。 検事をやめられる時に、家族との時間をとりたいということで、TMIに入られたとのことなのですけれども、今の実際の先生の生活はいかがでしょうか。

葉玉: 熊本に妻子がいますので、土曜・日曜は熊本に帰って、月曜から金曜までは東京にいますね。

――土日はお休みがとれるのですか。

葉玉: はい、とれますね。それだけが、僕の条件ですから。事務所を選ぶのに、それ以外に条件はありませんでした。

――朝は何時くらいから、夜は何時位までなのですか。

葉玉: それはケースバイケースですね。朝は9時半くらいかな。9時くらいに来ようかなと思ってますけど、僕の場合は家で仕事しなきゃいけない時もあるので、9時半くらいから・・・。夜は色々ですね。仕事はだいたい7時くらいで終わってるんですけど、飲み会とか、あるからね。昼間はミーティングをしたり、講演会行ったりするので、どうしても夜にレジュメを作ったりしないとならない。それと、やっぱり僕はブログを書かなきゃいけないというのがありますからね。あれお金もらってないし、やめようやめようといつも思うんだけどね(笑)。

――ロースクール生はいつもすごく楽しみにしています。

葉玉: なんとなくやめられないんだよね。みんなから言われて。あれは全然ペイしませんね。1,2時間くらいかかるしね。 最近忙しくなって、週2回くらいは更新しようと思ってるんですけど、書けないんだよね。今は週1は必ず更新、と思ってる。

 

8.法科大学院生に向けてのメッセージ

――法科大学院生に向けてメッセージはありますか。

葉玉: 法科大学院生に対しては、単純に、試験勉強しろ、と。今の文部科学省は、ロースクールで試験勉強しちゃいけないというような、ことを言っているようだが、大きな間違いですよ。それならロースクールの卒業要件を司法試験から外せ、と。そもそも、新司法試験というのは、適正な実務家を選別するために、良い問題を作ってる。ということは、その勉強をするということは、ちゃんとした実務家になるための勉強と直結しているはずだと。また、ロースクールの中でそういう勉強をすることが、ロースクールに求められているはずです。だから、ロースクールはまさに、司法試験の勉強をするためのものでなければいけない。もし試験勉強が駄目だということなら、新司法試験そのものが実務家の選別試験として失格であると言っているに等しい。そういう正論をなぜ、文部科学省は言わないのか、ということなんだと思う。

それで、根本的には、やはり勉強量が足りない。司法試験は才能じゃなく、勉強量がものをいいます。おまえらは択一を各科目500問解いてるのかー!って、言って、はいっていう人がいないんだよね。8科目500問くらい解くの当たり前なんですよ。論文を毎日1問ずつ書く、実際に自分で書く。そういうことを、やってんのか!って言ったら、誰もやってない。それじゃあ駄目でしょ。それじゃ、博打ですね。試験に確実に通るためには、自分がそれを語れるようにならないといけない。先生の授業を聞いて、ああ分かりやすかった、よかったね、じゃ駄目なんです。法律の先生が、俺の授業聞いてればそれだけで受かるから、なんて言ったら、嘘。聞いてるだけでは絶対受からない。自分が語れなければ話にならない。そのためには、徹底して、たくさん書くこと。問題を解くこと。択一の問題だったら、新司法試験で8割は必ずとれる。みんな足きりのことばかり考えているようだけれども、8割とれなきゃ論文なんか受からない。だんだんそういう試験になりますよ。さらに正直ベースでいえば9割欲しい。あんな易しい問題で、間違うのがおかしい、っていうのが、やっぱり各科目みてる先生の本音なんじゃないですか。それがとれてないという現実をちゃんと理解して、勉強した人が、最後は勝つ。

――試験に受かるための勉強が必要ということですね。

葉玉: そう、それが、実務家になるための勉強なんです。あの択一で6割しかとれないような法律家に私は法律相談したくない。 だから、そういう現実的な能力を磨くっていうことを、ほんとはもっともっとロースクールでやらなきゃいけないんだと思いますよ。

いやー、ロースクール生は成績が悪い、何を勉強しているんだろう、ってぶつぶつ言うのは簡単ですよ。 しかし、ロースクールは教育機関なんだから、出来ない人を出来るようにすることに意味があるんですよ。 出来のいいひとを送りだすだけなんだったら、別に教育する必要はない。 だから、本当の教育機関にロースクールが変わっていかなければ、ロースクール制度の危機になると思いますよ。もうすぐ予備試験だって始まるわけですから。

――無意味な存在になってしまうということですね。

葉玉: そう。高い学費払うより、予備試験の方が良くなってしまいますから。 万が一、新司法試験での成績上位者が予備試験組ばかりだ、ということになったら、もうロースクールの存在意義はないと思います。 私は、現場で予備校の先生として生徒を育ててきたから、育ててこそのロースクールだと思います。これは、今後絶対問題になると思いますよ。

 

9.最後に

――それでは最後の質問になりますが、もう一度大学生になったとしたら、何がしたいと思いますか。

葉玉: その時々でおもしろいことをやるんじゃないかな。さっきの話しじゃないけど、法律家になろうと思ったのは、30秒キスから始まった偶然なんだよ(笑)。 もしならなかったら、僕は銀行に内定が決まってたから、銀行員になっていたかも知れない。でも、それはそれで色々な人生があったかなと思うわけですよ。

自分の人生を振り返ってみたときに、色々な意味で検事になったのも偶然だし、民事局に行ったのも偶然だし、偶然がきっかけであるけども、その時に与えられた仕事、また自分が選んだ仕事って言うのを最大限楽しもうって気持ちを持ってるんですよね。私よく、どこに行ってもすぐなじむっていわれてるんですね。今もTMIまだ3,4ヶ月だけど、もう10年いるような顔していると言われるわけ。私はよく、自らのことをビッグな男だと。つまり身体がでかい、態度がでかい、顔がでかい、声がでかいもあるからフォービッグだな(笑)。だから、そうやってビッグな男だと思ってるんだけど、そうでなきゃ自分自身が能力を発揮できない。組織の中に入って生きてきた人間だから、和を乱しちゃいけないってのが大前提なんですよね。だけど和を乱すか乱さないかってことと、縮こまってただ言われたことを黙々とやるとの間には大きな違いがある。仕事の和ってものは、今の仕事の目的を見据えて、それに対して自分が最大限できることを積極的にやっていく、これが一番の職場の和を大事にするってことだと思うんですよね。そういう考えで生きてきたからこそ、その場に与えられたものをどう楽しみ、どうやって今の仕事で他の仲間達に自分の力を寄与していくのか、考えてきたわけです。

だからもし、大学生に戻ったら、その時にふと自分の前に与えられた選択肢の中で一番面白そうなのをやるでしょうね。これができたから幸せだったと思うよ。どこにいっても楽しかったと思うけど、自分の通って来た道は非常によかったな、と思うしね。普通予備校講師にもならないし、検事にもならないよ。でも検事になったから民事局にいって、で、民事局で楽しんでて、ブログ書いて。普通ブログも書かないよね。会社法100問なんか絶対書かない(笑)。そういうのは、その時にきっと求めてる人がいるんだろうなと思うからやるんですよ。それによって、法務省民事局はすごく色々なことをしてくれるんだな、と世間の評判がよくなる。そうすれば誰も文句を言わないはずだという確信があるんですよ。実際に会社法なんていう未曾有の改正があって、みんなが混乱しきってる中で、かつての非常に堅い考えの民事局のように、情報提供も商事法務の連載だけ、一問一答出しただけだったとしたら、会社法は潰れていたと思うよ。何をやって良いか分かりませんと。だけど自由に、色々な意見があって、色々な質問が来て、それに対してどんどん情報提供していって、それを情報共有できる媒体がブログという形であった。それはおそらく実務の人にとってメリットが凄くあったと思うし。

でもそういう新しいことをすると、会社法立案担当者はけしからんという話が必ず出てくる。もちろん、会社法自体をけしからんという議論もね。出てきたら議論しましょうよ先生、と。先生が言ってることが本当に正しいのか正しくないのか、議論しようと。ぼくは、議論がやっぱり非常にやりにくい雰囲気が学会にある気がしてならないんだよね。本来、会社法だろうとなんだろうと、Aという説Bという説、いろいろ諸説あってかまわないわけですよ。ただそれが理念的な考え方の対立点で、うちの偉い先生が言ってたからってことじゃなくて、それが本当に役に立つ解釈なのかそうでないのか、それをもっと、実質的な議論を惹起していくことが、会社法という一つの法律を深めていく機会になるんじゃないかな、と思うんですよね。こんなの法制審議会で議論になっていなかったから、なんていうのは全然理由になってないよね。こういうのは省令で勝手に入ったから、だからけしからん、だから違うんだ、っていうのは、全然理屈になってないわけですよ。そうじゃなくて、現に出来上がった法律・省令を元に、何がよくて何が悪いのか、悪いなら変えればいいんですよ。そういうことをもっともっと実質的に議論していくことで、僕は会社にとってもユーザーにとっても、債権者にとってもプラスになるような議論ができるんじゃないかと思うんですよね。

――ありがとうございました。

 

葉玉 匡美

東京大学法学部在学中に司法試験に合格し、卒業後、司法試験予備校講師を経て、1993年に検察官任官。任官後は熊本地方検察庁検事、法務省民事局付検事、東京地方検察庁検事を歴任。2007年に退官し、現在はTMI総合法律事務所パートナー弁護士。

 

2008.5.23