法務省民事局

法曹の仕事というと、実際の事件で法を駆使する姿を想像しますが、今回はそのキャリアの中で一旦実務を離れ、法案作成という仕事に携わる法曹を紹介します。六法を開くと立法は国会が行うとありますが、その原案の作成に実務家が携わっているというのは意外と知られていない姿です。実務家が法案作成に携わるのは、法務省においてもここ最近でようやく活発化してきていますが、今後法曹人口が増加するにつれ、地方自治体等でも実務家が法案作成に携わる機会は増えていくと思われます。このような状況を見据えた上で、今回は法務省民事局で働く実務家の方々を訪問して、法案作成をとりまく現在の状況について伺ってみました。

 

1.法務省民事局の概要

――本日は、法務省にある民事局参事官室にて、坂本局付(裁判官)、冨田局付(検察官)、仁科局付(弁護士)、野上局付(裁判官)からお話を伺います。宜しくお願いします。


早速ですが、法務省民事局という部署にあまり馴染みがないのですが、どのような部署なのでしょうか。


野上:それでは私の方から簡単に民事局についてご説明いたします。法務省には大臣官房の他に6つの局がありまして、民事局はそのうちの1つなのですが、民事局の仕事としては大きく分けて2つあります。

まず一つ目として、登記、戸籍・国籍、供託、公証に関する事務を行うという仕事があります。これらの仕事は、民事局参事官室というよりは、民事局の中の他の課や各地の法務局が担当しています。

そして、もう1つの民事局の仕事として、民法とか商法といった民事の基本的な法律、あるいは政令、規則等の制定や改正に際しての法令案の作成という事務があります。これについては、参事官室だけがやっているということではないのですが、参事官室が中心になって仕事をしています。今日ここにいる4名は、その民事局参事官室で仕事をしています。

――そうすると、法曹資格を持っている方は、やはり立法を担当する参事官室に多いのでしょうか。それ以外の課には法曹資格者はいらっしゃらないのでしょうか。

坂本:他の課にもそれぞれ法曹三者の出身者はいます。各課の課長はだいたい法曹資格者ですし、各課には局付という肩書きの法曹資格者がいます。ただ、局付は各課1人ずつしかいないのが普通ですね。

――なるほど。民事局参事官室の局付の方は何人くらいいるのでしょうか。

坂本:裁判官出身者が一番多いですが、検察官出身者や、弁護士で任期付公務員として来ている者も、それぞれ複数名います。

冨田:検察官出身者は、参事官室だけでなく他の課にもいますが、民事局の中では少ないですね。逆に、これが他の局だと、局付は検察官出身者の方が多く、そこに裁判官出身者が何人かいるというのが現状だと思います。

――民事局に検察官出身の方がいらっしゃるというのは、意外な感じがしますね。

冨田:なんでなんでしょうね、私自身も意外でした(笑い)。ただ、諸外国では、そもそも法制度が異なりますが、民事専門の検察官というのも珍しくはないようです。

――参事官室に法務省のキャリアの方はあまりいないのでしょうか。

坂本:参事官室には少ないですね。そういう意味では参事官室はちょっと特殊ですね。法曹以外にも法務局から本省に来ている人やキャリアの人もいますけれども、いわゆる事務方の仕事が中心です。参事官室は基本的に法曹が多いですね。

 

2.法案作成の手順

――次に、具体的なお仕事の内容についてお伺いしたいのですが、立法作業はどのような形で進められていくのでしょうか。

坂本:法務省民事局の通常の立法スタイルは、まず研究会において論点等を洗い出し、その成果を報告書にまとめた上で、法制審議会にかけるという流れが多いですね。議論すべき論点が多岐にわたりますので、その分野にどういう論点があって、それについてどういう考え方がありうるかということを研究会である程度整理したうえで、法制審でさらに詰めて形にしていきます。

私の担当した電子記録債権法を例にとりますと、学者、銀行業界、さらにはノンバンクの人たちで構成した研究会において議論し,その成果を報告書にまとめました。法制審にも、学者の方、あるいは経済界、銀行界、ノンバンクの方に入っていただいて色々と議論しました。



――研究会には、学者の方だけではなく、実務家の方もいらっしゃるようですが、そのような中で民事局の方の仕事は具体的にどういうものなのでしょうか。他の実務家の方と同じように意見をぶつけ合うのではないと思いますが。

坂本:そうですね。我々は議論を取りまとめる責任を負っていますが、同時に色々なニーズを汲み上げつつ、それを理屈で説明できるかということも考えていかなければならない立場にあります。つまり、我々の仕事は、様々な団体の利害を聞いてそれを調整しながら、かつ、我々なりに理屈も考えて、それを議論していただき、その上で、議論を取りまとめるために必要な役割を果たすことですね。

――なるほど。そのうえで報告書にまとめるのですね。研究会の後、法制審で議論されるとのことですが、法制審の方に回ると、それ以降はもう民事局から手出しはしないのでしょうか。

坂本:いや、そんなことはないです。法制審の事務当局は民事局ですし、資料も我々事務当局が作ってそれを元に議論していただいています。ただ法制審というのは、言ってみれば真剣勝負なんですね。ですから、事務当局で色々と考えても、もちろんその通りになるわけではありませんし、逆に我々が気付いていなかったことを色々とご指摘いただいたりします。

――協働関係といったところでしょうか。研究会や法制審の中に、学者の方と実務家の方とがいらっしゃいますが、やはりそれぞれ視点が違うのでしょうね。

坂本:もちろん違います。学者はやはり理屈の世界ですので理論的な観点からおっしゃられますし、実務家の方は、「実務のニーズはこうです」、「実務では基本的にはこうやっています」、「こういう風に使いたいです」と言うような視点が中心になりますね。
理屈が通らないことはもちろん出来ませんが、理屈が通るのであれば、使いやすいほうがいいという発想になります。特に電子記録債権法は新しく作る制度ですので、そういう発想でやっていくということでしょうね。

――そのあたりは、新しく作る電子記録債権法とは違って、100年以上も使われてきて既存の利害対立がある保険法を立法している野上さんはいかがでしょうか。

野上:そうですね。まず保険法の特殊なところは、昭和39年頃から、商法学者、実務家、保険会社の方が中心になって改正試案の研究作業がずっと行われてきており、古くからそれぞれの交流があるところです。

それから、保険法の分野では、保険会社が作る約款が相当部分を規律していて、それに加えて保険会社についての保険業法と、金融庁の方で行われる約款の適正のチェックとで、これまで一定程度まわってきたという事実がありました。
生命保険は国民の多くが入っているもので、保険は身近なものなので、そういった皆にとってわかりやすく、かつ、皆がなるほどと思えるようなものにしていけたらいいなという風に思っています。

――ところで、立法のために必要なスキルというのは、実務で培われるものとは別なように思いますが、そのようなスキルはどこで培われたのでしょうか。

坂本:それは経験ですね。立法にあたっては、決まり事は山ほどあります。例えば、点をどこにうつかによって意味が変わったり、ここは「は」なのか「が」なのかとか、細かいことを含めて色んなことがありますけれども、これは経験なんですよね。経験に基づく勘というか感覚というか。

仁科:弁護士になりたてのときもそうじゃないですかね。いきなり司法修習の知識を使って実務にすっと入れることは少ないと思います。私も新人のときに、いきなり意味不明な200ページくらいの英文の契約書を渡されて途方にくれた記憶があります。

 

冨田:新任検事が初日からいきなり一人で法廷に立てと言われても、うまくできないですからね。それはどんな仕事でも一緒だと思いますよ。

 

 

3.民事局へ入ったきっかけ

――さて、一般的な立法の話はこれぐらいにして、次は個別的に民事局と局付の方との関わりについて伺っていきたいと思います。
まず、民事局で働くようになったきっかけは何だったのでしょうか。本来は法を使う側である実務家にとって、法を作る側にまわるというのはやや特殊なキャリアだと思いますが。

坂本:正直なところ、おそらく誰も民事局に来るなんていうことは考えていなかったでしょうね。今でこそ頻繁に立法をしていますので知っている人も多いでしょうが、昔はそれこそ何年かに1度、大きい法律の改正を担当するぐらいで、どんな部署かすら知られていなかったのではないでしょうか。私も、民事局に来る直前に平成8年の民事訴訟法の改正があったので、あぁ、その改正を担当したところですかとようやくわかったほどです。

――法曹にとってもイメージが掴みにくい部署だったということでしょうか。

冨田:そうですね。ましてや検事である私は、自分が民事局に来るなんてことは全く予想もしていなかったです。検事になると決めてから民事はもう当分縁がないものだと思っていましたから、まさか自分が民事のしかも立法に関与することになるとは考えてもいませんでした。

――民事局に異動になるきっかけのようなものはあるのでしょうか。

坂本:それは私が知りたいくらいですね(笑い)

野上:2年ほど前から判事補に他の職業を経験させようという制度が始まり、こちらもその一環に位置付けられていたと思います。同期でも、弁護士事務所に2年ぐらい行っている人もいますし、留学している人もいます。色々な職業の項目ごとに、希望する、経験してもよい、希望しないという事を聞かれるのですが、私は法務省のところに経験してもよいと付けたわけです。ただ、私もここに来るという内示を受けるまでは、民事局のことを正直知りませんでした。

――やはり実務家にとって法案作成というのは、まだまだ目新しい仕事なのですね。
ですが、任期付き公務員として応募して出向してきている仁科さんは、少し違うのではないでしょうか。

仁科:私はその辺特殊ですね。私は元々弁護士ですから、異動の内示を受けるというのではなく、募集があってそれに応募する形で来ました。そういう形で来ているのは、この中では私だけでしょうね。

4.法案作成における法曹三者の視点の違い

――弁護士と裁判官、検察官とはきっかけが少し違うようですね。ところで、法曹三者がすべて揃っている仕事場というのは珍しいと思いますが、お仕事をされる中でそれぞれの視点の違いを感じられることはありますか。

坂本:そうですね、実務では法曹三者で見方が違うということもあるかもしれませんが、法律を作るにあたって何か違うかというと、みんな同じことを勉強して同じような知識を持ってきていますから、そんなに違いはないですね。もちろんそれぞれ実務経験は違いますし、特に仁科は金融実務に詳しいのでそういう面から検討してもらったりはしています。あとは裁判官だったらこれを裁判に持ち込んだら主張立証できるのかという発想は多少あります。他に何かありますかね。



仁科:いま坂本が申し上げたことと重なりますが、バックグラウンドが少しずつ違うので、弁護士の私は訴訟になったらどうするかまでは考えますが、執行になったらどうするかまでは考えていないことが多くて反省することが多いんです。それを、たとえば坂本は裁判官ですので、これが執行まで行ったらどうなるかと突き詰めた思考をするのでそれは非常に勉強になりますね。

もっとも、最後の最後、お互いの知識を持ち合った上で議論する場になると、同じ法学教育を受けて同じ研修を受けていますから違いはないし、話は通じやすくあまりギャップを感じることがないのは、むしろ良い点かもしれません。

――冨田さんは検察官の視点からいかがでしょうか。

冨田:私はそもそも民事から離れていましたので。検事が民事局に来ると、まず知識レベルで追いつくのも大変ですが、民事実務の経験がないという点が一番大変でした。業界等の実務の方が来られてよくスキームの話とかされるんですけど、たとえ本を読んで勉強したとしても、実際にどのように動かしていくのかについて実務で活躍されている方々の生のお話を聞けるというのは、本で読むのとは違い、本当に勉強になります。

 

5.実務家としての経験と立法という仕事の関係

――今の質問と若干重なるのですが、実務家としての経験を立法に活かせたというようなことはありますでしょうか。

坂本:仕事の質としては両者全く違います。裁判実務は、事件があって、事実認定をして、法を適用して結論を出していきますが、本当に法の解釈だけで結論が分かれる事件はほとんどなくて、むしろ事実認定レベルで勝負がついている事件がほとんどだというのが、私の感覚です。他方で、民事局ではまさに法を一から作りますから、そういう意味で前職と関連があるかと言うと直接関連はないと思います。
もっとも、まったく関係ないわけではなく、法律に関係する仕事という意味では当然共通していますし、例えばこんなことが起こったらどうなるだろうという場合に、自分が過去に経験した事件や勉強した裁判例を基に色々なことを考えたりします。また、裁判規範としてうまく機能するかということを考えるに当たって、裁判実務を経験しているということが生きると思います。

――検察官の経験を民事系の立法に活かすというのは、ちょっと想像しにくいのですが、冨田さんはいかがですか

冨田:いや、それでも罰則を作るときは、これまでの経験を基に「こういう悪いことをされたら…」などと考えたりはしますよ。
たしかに検察の仕事はまず事件ありきで、個別具体的な当事者を中心として仕事をするという面はあります。これに対して、立法の仕事は、個々の事件からは離れますが、みんながうまくまわってくれるように良いルールを作るという意味で、法律家として当事者のために仕事をする点は変わりがないと思います。その点では、発想の転換みたいなところもありますが、将来に向かって仕事をするという意味では夢があるともいえますので、楽しめるといえば楽しめますね。

仁科:そういう意味では私が一番関係あるんでしょうね。電子記録債権について言えば、金融の手段として使うことが多い法律ですので、こういう法律が出来るとこういうことに使えるんじゃないかとか、逆にこういうことを今の実務では考えているからこういう条項だと使いにくいだとか、こういった規制を作ってしまうと実務的に使いにくいとか、そういうことは常に意識していますね。もちろん実務的に多少使いにくいとしても、どうしても理屈として通らなければ理屈通り作ることも多いですが。
裁判官や検察官の方と違って弁護士が任期制で呼ばれているのはそういうところがまさに必要だからだと私は認識しています。

――やはり立法にあたっては理論的に意見がぶつかることも多いのでしょうか。

仁科:それはもちろんあります。ただ議論をまとめるのは難しいですね。法律の場合は、皆さんもおわかりだと思うんですけれども、例えば学説の対立のある論点でも、明らかに片方の説の理屈がおかしいということはあまりないですよね。どちらも理屈はそれなりに立っていて、どの利益を重視するかとか、どういう場面を主に想定しているのかという対立が多いんです。

法案を作るにあたって議論するときにも、やはり悪用されるといけないからこうでないといけないという意見もあれば、それは罰則で担保すれば足りて実際の実務ではほとんどこのように運用されているのだからこうやった方がいいんじゃないかとか、そういう対立が多いのではないでしょうか。私個人としては、使う人にとってできるだけ使いやすい法案というのを心がけるようにしています。

――逆に、民事局での立法経験が、今後実務に戻ったときに活かせるということはあるでしょうか。

坂本:私は民事裁判を中心にやってきたのですが、民事裁判にはお互いの利益の調整という側面もあるんですね。そういう意味で通じるところはあるし、色々な人と色々なお話をさせていただくので勉強になりますし、今後事件をやっていく上で役に立つと思います。ただ、目に見えて役にたつことは、あまり思いつかないですね。

あとは、実務やっていると見たこともない法律が出てくるのですが、そういう法律の読み方はわかるようになりました。複雑な法律でも、ここがこうなってこうだからどうだとか。そこは勉強させてもらえました。

――冨田さんはどうでしょうか。

冨田:僕はまだ今の職場に来てから検察の現場に戻った経験がないので、現場に戻ったときに今の経験をどのように活かせるのか具体的にはわからないのですが、検事は、被疑者にせよ参考人にせよ、とにかく人と会って話を聞ことが多い仕事なんですね。ただ、たとえば何かの事件で金融界の人と会ったとしても、その事件を中心として話を聞くことになるので、その限りでしか、その業界のことを知ることはできないと思うんです。それが、民事局という全然違う立場で金融界の方とお会いしたりすると、全然違った視点でお話を伺うことができたりするというのは本当にいい経験ですね。
あとは、裁判官や弁護士の坂本、仁科、野上たちと一緒に仕事をすることは、いつも勉強になります。そういう意味では現場に戻ってもマイナスになることはないと思っています。

――弁護士の仁科さんはどうでしょうか。

仁科:立案したものを使うという意味では、私が一番近いので、野上、坂本、冨田とは大きく違って直結はしていますね。
ただ、民事局に来たことについては、私に言わせるとメリットもデメリットも大きいと思います。人にもよりますが、必ずしも行けばいいというものではないというのが、私の反省も込めての感想ですね。

 

――メリット、デメリットとは具体的にどのようなことでしょうか。

仁科:デメリットは明らかです。それは実務を離れることによるものです。特に私がやっていた金融取引の分野で言えば、数ヶ月いなければあっという間にスタンダードな約定が変わることもあります。ほかにも、例えば新会社法については、自分が株券電子化法制を担当していることもあって新しい条文自体は読んでいるつもりですが、実際に契約書を書いたり社内規程を書いたりしていないので、何がスタンダードなのかがわからない。それは非常に大きな損失だと思いますね。正直言って法律事務所に帰ってからが怖いです。

メリットは、坂本が申し上げたのと同じで、条文の読み方がわかるというのが大きいのと、私がまだ55期でそんなに経験がないからなのかもしれませんが、坂本や冨田や野上など他の法曹と机を並べて仕事が出来たというのは非常に大きいですね。

弁護士になると検事は常に相手方ですし、裁判官も一緒に仕事をするわけではないですよね。それが一緒に仕事ができるというのは非常に大きいです。

こういうふうに申し上げていておわかりになると思うんですが、メリットは抽象的なんです。条文も民事局にいなければ全く読めないわけはないですし、人との付き合いにしても、民事局でしかできないというわけではないです。他方でデメリットは非常にはっきりしています。

――弁護士としてやっていくときにも、立法を担当した分野のスペシャリストとして、そこを専門にやっていくというようなことはどうでしょうか。

仁科:そういうメリットは確かにありますね。ただ、そこは難しいところで、果たしてその分野がどれだけ成長するのかもよくわからないし、例えば株式だとか電子商取引という分野について言えば、スペシャリストと言われている弁護士はたくさんいらっしゃるわけで、その中でちょっと条文を書いたくらいで専門家ですと宣伝できるほどのレベルには到底なりません。
ですから、具体的なメリットを見つけようと思って出向したいというのは、肩透かしにあう可能性があると私は思います。

――さきほど仁科さんは応募してこられたとおっしゃっていましたが、そのようなデメリットの中、どういう動機でこられたのでしょうか。たとえば私達も本来は自習室で勉強しているべきなのですが、こういう一見勉強とは直結しないことをあえてしていますが、そのような気持ちだったのでしょうか。

仁科:そうですね。私は、学部を出てそのまま研修所へ行ってそのまま弁護士になっているので、いろんなことをしてみたいなというのが大きかったです。弁護士は、他の2つの仕事とちがって、10年ぐらいしたらどうしても自分のお客さんを持たなきゃいけない職種なので、いろんなことをやれるのは多分最初の10年なんですよね。
ただそれにもメリットとデメリットがあって、最初の10年は色々なことができる代わりに、下積みを絶対しなければいけない期間なんです。
わたしはその期間に都合3年もいないっていう…

(一同笑い)

仁科:はは、ちょっと自分でも怖いんですけど。どっちかを比べて、まぁ、人と違うことをやってみるのもいいかなと思って来ました。

冨田:その点は検事もそうですね。いま司法制度改革の中で刑事司法の実務は捜査・公判ともにものすごく変わっている最中ですが、その時期に私は現場にいないので、戻ったらたぶん浦島太郎状態になると思うんですよね。そういう点は、実務を離れることのデメリットといえばデメリットですよね。

――ありがとうございます。では、野上さんお願いします。

野上:裁判所にいると裁判官や裁判所書記官、職員とは密に話すんですけれども、なかなか当事者の人とは形式的なお話しかできないんですね。それがここにくれば、法務担当、あるいは保険会社のお医者さんなど、色々な人の話が聞けるのは楽しいことだなというふうに思っています。デメリットの方はあまり感じていません。長い目で見ればこういう時期もあってもいいのかなと思っていますね。

坂本:あとは、法廷に出たときにちょっと緊張して声が震えるかもしれないというくらいですね(笑い)

 

6.法科大学院生へメッセージ

――最後に、今後、皆さんの後輩として法科大学院生が、法曹・実務家として出てきますが、今のうちにしておいたほうがいいことだとか、何かメッセージのようなものがあればお願いします。

野上:皆さん今後ロースクールを出て実務家になられると思います。受験時代、あるいは受験して修習に行くまでに色々と進路を考えるでしょう。ですが、実際修習に行ってからも、裁判所に行ったり、検察庁に行ったり、弁護士事務所に行ったりしていく中で、だんだん自分の中でやりたいことが変わってくるということがあります。私なんかは弁護士と裁判官で悩んでいて、それが変わったほうなのですが、そういう意味であまり早いうちに決めてしまわないで、いろんな選択肢を持っていてもいいのかなという気はします。
ただ最近は弁護士事務所の就職なんかも早くなってきているようですから、あんまり悠長なことは言っていられないのかも知れませんが、自分の目的意識を明確に持ちつつも、いろんな道があるんだということを頭の片隅にでも入れておいたら、後々いろいろと幅があっていいのかなというふうには思います。

冨田:僕ももともと弁護士志望で司法試験の勉強をしていて、修習生になってから検事志望になったくちです。よもやその時点で、民事にこういった形で携わることになるとは全く思っていなかったんですけれども(笑い)。
皆さん、今はそれぞれ法曹としてこうなりたいとか色々と夢があるとは思いますが、あまりコチコチに考えない方がいいとは思いますよ。僕のように、検事になってからでも民事をやることもあるわけですから、将来何がどうなってどういうことになるかわかりませんので。

仁科:私は、弁護士になってまだ5年もたってないのであんまり偉そうなことをいう資格もないのですが…。皆さんいろいろと最先端のことを勉強していらっしゃるようなのですが、私がここにきて思ったのは、民法がやはり民事にとっては一番大事で、一番難しい法律だということが非常によくわかったということです。
私自身、もともと大学時代からビジネスローヤーも可能性の1つとして考えていたので、当時大学にあった最先端といわれる法律の講義はそれなりに取ったつもりだったんですけれども、やっぱりその知識が使えるのは限られた場面しかない。

それは私のいた分野のせいかもしれませんけど、実際に使うところは非常に細かいんですね。そんなところ勉強してるわけがないっていうところを非常によく使う。法律・政令どころじゃなくて、省令附属の表の中の記載上の注意欄とか、ガイドラインとか。他がわからないので、私がやっていた金融取引に限定して申し上げますと、即使うそういう細かい知識を勉強で修得するのはなかなか難しい。
だからこそ基礎が大事だと思います。基礎とは何かというと、やっぱり民事でいえば民法。会社関係でいえばもちろん会社法ですね。私は、民事局に来て改めて民法と会社法を勉強しなおしたという印象ですね。

坂本:付け加えると、基礎が大事というのは、あとはその応用なんですよね。また、知らないことが山ほどあるときに、何かありそうだと匂いをかぎつけて調べようということが大事だと思います。そのときに、そういう匂いを嗅ぎ分ける能力がどこから出てくるかというと、やっぱり基礎・基本から出てくると思います。基礎・基本というのは、条文とその解釈、そしてその条文のバックボーン、つまり何をもとにその条文が出来上がっているのかです。そういうところを大事にしていただければと思います。

――インタビューは以上です。本日は長い間ありがとうございました。

 

 インタビューを通して、実務家が立法に携わることの意義とともに、その難しさも浮き彫りになりました。法律を専門とする実務家ですら、法務省民事局の役割を詳しく知らなかったというのが、まさにこれまでの実務家の法律への関わり方を象徴しているようでした。しかしその前提が変わり、今後、実務家が立法に携わる機会が増えていくと予想される中、法をつくるという作業に実務家がいかに関わっていくべきなのか。立法の適正化という視点、実務家個人からの視点、様々な考察のきっかけがこのインタビューから得られました。実務家増員時代を迎えるにあたって、改めて立法への実務家参加について考察を迫られているのではないでしょうか。

 

 

          
坂本三郎 法務省民事局付
1993年 一橋大学法学部卒業
同年  司法修習生(長崎修習)
1995年 東京地裁判事補
以後、法務省民事局付、長崎地家裁佐世保支部判事補、福岡地裁判事補を経て、現在
法務省民事局付

 

          
冨田寛 法務省民事局付
1993年 明治大学法学部卒業
1996年 司法修習生(札幌修習)
1998年 検事任官(東京地検)
以後、京都~福岡~東京~横浜~佐賀~東京の各地検を経て、2006年10月より法務省民事局付

 

          
仁科秀隆 法務省民事局付
2001年 東京大学法学部卒業
同年 司法修習生(東京修習)
2002年 弁護士登録(第二東京弁護士会)
2003-2004年 日本銀行業務局勤務
2006年-現在 法務省民事局付

 

          
野上誠一 法務省民事局付
2001年 中央大学法学部卒業
同年  司法修習生(松山修習)
2002年? 判事補任官
東京地方裁判所(民事通常部,破産再生部)勤務
現在、法務省民事局付

 

プロフィールは3月末日現在。