-NPO 『Arts and Law』代表 作田知樹氏に聞く-

2006.5.30 Arts and Law事務所にて収録

 

1.はじめに

 

 Art Law(芸術法)-それは、表現活動に関わるあらゆる法律問題を総称する新しい法分野である。我々は、普段の日常生活の中で、多くの表現活動及び表現者による創作物に囲まれて暮らしている。映画、音楽、絵画、文学、建築といったいわゆる「芸術」以外にも、毎朝起こしてくれる目覚まし時計、朝食を食べるための食器、腰掛ける椅子やテーブル、歯を磨くための歯ブラシにいたるまで、全て表現者による創作物である。そして、創作物の多彩さに比して、それにまつわる法律問題も極めて多種多様なものとなる。
  しかし、日本では、これらの表現活動に関する法務のノウハウはいまだに十分に整備されているとは言えず、専門の法律家も極めて少ないのが現状である。特に企業に所属しない個人のアーティストたちは、ときに劣悪な条件で契約をせざるをえず、自らの創作に対する報酬すら支払われないこともある。
  そこで、表現者たちの創作活動を法的側面から支援するために設立されたのが、NPO「Arts and Law」注1 (以下、「AL」とする)である。今回は、ALの代表であり、かつ一橋大学法科大学院の学生でもある作田知樹氏に、ALの活動、現代の芸術法に関する法律問題、芸術法とロースクール制度等についてお話を伺った。(文責:平岡 留奈)


インタビュープロフィール

作田 知樹(さくた・ともき)

Arts and Law 代表/Executive Director
行政書士
東京芸大先端芸術表現科(IMA)卒業後、一橋大学大学院法務研究科入学
特定非営利活動法人 NPOコミュニティデザイン協議会メンバー

 

2.インタビュー 

(1) 芸術法とは何か

━━━ (インタビューが始まる前に) 広くて綺麗なオフィスですね。

 そうですね(笑)。ALのオフィスは、NPOコミュニティデザイン協議会(CDC: Community Design Council)注2や関連する芸術関係の会社、建築事務所との協働オフィスです。もともと芸大で私のボスにあたる先生とその教え子の方たちが集まって作っています。

━━━ 今回は、ロースクール生自身が作るローレビューのインタビューということで、将来法曹を目指すロースクールの学生たちに、芸術法とは何かを知ってもらい、興味をもってもらうことを目標に、お話を伺わせていただきたいのですが。

 わかりました。

━━━ まず、多くの人にとっては、「そもそも芸術法って何?」というところからはじまると思うのですが、作田さんからみて芸術法とは何かを伺ってもよろしいですか。

 そうですね。日本でまだ「芸術法」という言葉に馴染みがないのは致し方ないのですが、これは海外では「Art Law」という一分野を形成しています。これは複合的な法分野の一つで、似たようなものでは、例えばマスコミュニケーション・ローという分野がアメリカでは進んでいるのですが、それはマスコミの法的諸問題を扱うことが、独自の法分野として発展しています。同じように、Art Lawというのは、美術館ですとか、アーティスト、実演家、画廊、ひいてはコレクターといった、アートワールドでの様々なステークホルダー達が直面する法律問題で、業界全体のものの総称ですね。 ですから、「芸術法」という一つの法律があるわけではないし、日本には芸術振興法注3等もありますけども、そうした文化政策法にとどまる分野ではありません。表現の自由のような理論的な分野から、美術、演劇、映像、文学といったそれぞれの表現メディア特有の極端に実務的な分野まで非常に幅広い分野の総称です。様々な立場のステークホルダーがどんな場面でどう扱われているかという実務とそれに対する理論的な裏づけの集積が、芸術法=Art Lawなのだと言ってもいいでしょう。

━━━ 芸術法ときくと、イメージとしては著作権法が浮かぶのですけど、もっと広いものなのですね。

 そうですね。実際、著作権に関する問題は重要ですが、それほど深い問題であることは多くないですね。多いのはやっぱり契約問題ですね。

━━━ 契約というと、芸術家と美術館や画廊との契約ですか。

 そうですね。あとは、より広い意味でのArt Lawの分野では、デザイナーとか、創作をする立場の人たちの契約全般ですね。また近年重要な分野であるメディアアートも、よく相談を受けまるジャンルの一つです。芸術は、伝統的で狭い意味の芸術(fine art)と、広い意味での芸術(the arts)に分ける考え方がありますが、Arts and Lawではどちらに比重を置くというわけではないんです。ただ、実際にはビジュアルアートの方面で相談を受けることが比較的多いです。

━━━ 私のような、一般の人からみると、まずそもそもそういうアーティストの方たちがどういう契約を結んでいるのか、ということもよく知らないのですが、例えばどういうものがありますか。

 

 現代美術作品を例に挙げると、たとえば、、アーティストが自分の作品を美術館に置いて、それだけで完結する作品なら、美術館に引き渡せばそれで話は終わりです。しかし、最近の作品はそれで完結しないものもあります。例えば、電気を使って何か表現するような作品です。そうすると、引き渡した後も美術館に設置されている間のメンテナンスをどうするのか、という問題が起きますね。しかも、日本の小さい公立の美術館や博物館などでは、スタッフにそういった作品の管理についての専門的な知識があまりないというケースも少なくない。そうすると、どうしてもスタッフの管理が行き届かなくて、美術館に出入りする業者に外注することになるわけです。ですが、そういう業者も良い業者だけではなく、実はよく分かっていないのに安請け合いしてしまったりして、下手にいじってしまって、結局アーティストや、その作品群を知っている人にとっては、元の作品とは似ても似つかないものになってしまう。もちろん、一般の人にとってそれがどこまで違っているのかというのはさて置き(笑)アーティストしてはこうしたことは防ぎたいし、また起きてしまったら再発を防止したいと考えますよね。

 

(2) ALの役割

(続き) そういう場合に、アーティストの側から何か言えることはないか、という相談等がくるんですね。でも、こういう場合、すでにお気づきかと思いますが、実は法的な問題というより、コミュニケーションの問題であることがほとんどです。当事者同士のコミュニケーションを一度正常化しなければ、本質的な解決にはならない。ALのパンフレット注4を見ていただきたいのですが、私たちが行っている無料相談の趣旨注5の一つは、表現に関わる当事者にとって本質的な解決を図るということなのです。ではそれは一体何なのか、ということになると、ケース・バイ・ケースと言わざるを得ません。しかし少なくとも、法的な事項を持ち出してすぐに終局的な決着をつけることが、必ずしもお互いにとってメリットになるとは限らない、という視点が重要だと思います。
 表現に関わる当事者の多くは、「お金はかけたくない、でも時間はかかってもいい。むしろ時間をかけてコミュニケーションを正常化させていきたい。そのために、第三者としてかかわってくれる、中立的で、かつ表現活動のことを理解している人に頼りたい」と考えているのです。しかし、そういうときに、既存の法律家はなかなか使えないのです。コストの面や能力の面で、どうしても二の足を踏まざるを得ない。そういう現状で、非営利団体であるALの出番があるんですね。
 これは私たちの独自のやり方というわけでもなくて、アメリカにある、VLAというNPOをモデルにしています。こちらはニューヨークの本部をはじめ、全米に30程度同じような組織があります。VLAのお話を少ししますと、そこは最初は美術や舞台芸術を専門にして、美術愛好家の法律家が集まったサロンのような形でスタートしたんだと思うんですけど、現在の仕事としては、美術にとどまらず、あらゆる非営利団体に対する支援を行っている、文化・非営利セクションにおける弁護士のボランティア団体の代表格だそうです。

━━━ 非営利団体とは、例えばどのような団体ですか。

 文化芸術関係とか、教育関係が典型ですね。あとはアメリカの土地柄だと思うんですが、宗教系の非営利団体もすごくたくさんあります。(これらの団体の内部や対外関係が問題となったときに)当事者だけではなく、中立の第三者の視点から交通整理をする人が必要になってくるんです。

━━━ ALで扱っている問題には、例えばどのようなものがありますか。

 特に日本の場合に顕著なのは、契約書をあまり作らないことから起きる問題ですね。これはジャンルを問わず共通の問題です。ミュージシャンが一部の大手レコード会社と契約するときとか、映像分野では、アニメーションや番組制作会社のように、政策的に契約慣行がある程度確立されている分野を除けば、契約書はほとんど交わさない状態なんですね。それどころか出版業界などはむしろ契約書のようなものは作らないことが取引慣行になっている。写真は除きますが。逆に言えば、お互いを拘束しないことで、コミュニケーションを円滑にするという効果もあるわけですけども。ただ、今はどの分野でも人材の専門化と流動化が進んでいて、アーティストの活動も一人で完結しないし、今まで縁の無かったような新しい分野の人と仕事をする機会が増えているのは間違いありません。そうなったときに、契約に関する知識が全く無い状態で、「とりあえず仕事があるから、やろう」とか、「契約書なんて面倒くさい、作りたくない」と書面をもらわない人が多く、もらったとしてもそのままにしておいてよく読まずにいて、後で驚いたり。デザインの分野では、特に、悲しい傾向ではあるんですけど、若くして独立するような才能がある人ほどそういう人が多いような気がします(笑)。中堅以上になると知識をもっているし、自衛の手段も講じているんですが、若手の人からは特に、初めて取引した相手に(作品の代金支払を)踏み倒されたとか、信用している相手だったのに、別件に無断で流用されたという相談を受けます。
 前者については私たちが後から出ていってもほとんど何もできない場合がほとんどです。お話を聞いて慰めるとか、完成物の引渡しに際する自衛の方法を教えたり、次からはきちんと契約書を作りましょうとか、下請法や独禁法の違反を公取委等に報告しましょうとか、出来る限り前向きな提案をしていますけど、それ以上のことはほとんどできないのが現状です。駄目もとで内容証明郵便を出したりしますけど、なしのつぶてだし、少額訴訟を起こそうにも現住所もわからないということがよくあるんですよ。仮に追っかけていけたとしても、きちんとお金をもらえる保証ありませんし、強制執行しても空振りがほとんどで、コスト倒れになるでしょう。

━━━ なるほど・・・。

 そういう問題を100%未然に防止することは不可能ですし、実際に契約で互いを縛ろうとするとすごく気持ちとして窮屈になってしまうんですけども、やっぱり契約や下請法、独禁法等の知識はある程度必要となんです。けれども、デザイナーにしてもアーティストにしても、そういう知識を身に付ける場もなければ、疑問を感じても気軽に相談できるところがどこにもないという状態なんですね。彼らの身内に法律家がいればいいんですけど。業界の中には、結構あやふやな知識や誤った知識を流布している人なんかもいたりします。困ったことですが、私たちの存在意義はそれを見ても明らかなのかな、と思っています。ALはそんなに大きくもないし歴史も無い団体ですが、かなり多くのお問い合わせをいただいているということは、そういうことだと思います。

━━━ 年間でどのくらいの数の相談が来るのですか。

 年間ベースだと、大体2~300件くらいです。

━━━ 相談は、どのような方が受けているのですか。

 原則として、まず私が全部受けます。そして内容の交通整理をしていって、事件性が高かったり、訴訟になったりと、最終的に内部だけで処理できない場合には、弁護士の方にアドバイスをお願いすることもあります。ただそういうケースは少なくて、8割方は、私が処理していますね。弁護士の先生もお忙しい方が多いので、書類作成等にはかかわっていただけるんですけれど、クライアントとして受任して、相手方とのコミュニケーションまで代理することは、なかなかやっていただけないですね。そこで、必要なときに必要な法的アドバイスを得られる関係は保ちつつ、物理的に動かなければならないことはできるだけ自分たちでやるようにしています。ADR推進法注6が成立してからは、法文やガイドラインを参照しながら、関係者や弁護士と適切な関係を構築するように気をつけていますが、今までやってきたこととほとんど変わりはないですね。

━━━ こういう問題に興味を持っている弁護士というのはどのくらいいらっしゃるんですか。

 数名いらっしゃいます。もともとアメリカのVLA注7に日本の弁護士の方が三人ほど行ってらっしゃって、そのうちの一人の福井健策弁護士注8という、日経から例年出ているビジネス弁護士大全注9に「文化芸術法」の専門家としてただ一人掲載されている先生に、大変お世話になっています。先生は、セゾン文化財団注10から助成金を受けてアメリカのロースクールに留学したときにVLAのプロ・ボノに参加してらっしゃったと記憶しています。福井先生が、私が卒業した直後に、芸大の講師として授業をされていて、そこで面識を得ることができたのです。

━━━ それで、福井先生と作田さんが一緒にALを立ち上げたのですか。

 いえ、そのときに話を伺うと、福井先生も「日本で(VLAのような活動を)やりたいとは思っているけれども、なかなか時間が割けない。やれるものならやりたい」とおっしゃっていて、私が一人でも弁護士がバックアップについていればとにかく形にはなるだろうと思って、一人で見切り発車して(笑)。東大の法律相談所という歴史のあるサークルに協力を依頼して有志を募ったり、興味のある人をかき集めたりして、ALを作ってしまいました。

━━━ ALを作ったのは、ロースクールに入った後ですか。

 

 ロースクールの入学直後です。もともと芸術と法律を結びつけるということにはビジョンがなかったわけでもなく、そもそも芸大に行くきっかけになった塩谷陽子さんの『ニューヨーク 芸術家と共存する街』注11という本で以前からVLAについての知識はありました。しかしVLAに実際に行ってらした方とお会いしたのは福井先生がはじめてで、その機に一気にビジョンが具体化したという感じです。もう少し福井先生のご紹介をしますと、先生はエンターテイメント法の専門家であるとともに、日本の文化芸術の非営利活動に幅広く協力しておられる方で、今も新宿の芸能花伝舎注12の中のCLA注13というNPO法人が主催する著作権法のセミナーで講師をされています。誰でも参加できますので良かったらぜひどうぞ。アーティストと非アーティストで料金が違っていて、アーティストの方には安くなっています。ご本人もかつて演劇をされていたこともあり、大変芸術文化に造詣が深く、魅力的な方で、大変尊敬しています。

 

(3) 芸術法分野の具体的な問題

━━━ それでは、守秘義務に反しない程度で、具体的にALがどのような事件を扱っているのか教えていただけますか。(パンフレットの草稿を見る) たとえば、ここにある「フィギュア」に関する問題というのは、どういったものですか。

 フィギュアというのは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、プラスチックを金型で成型して着彩した人形等のことです。これには、金型の原型となる模型が必要で、この模型の出来映えが最終的なフィギュアのクオリティを8割方決めてしまうと言っても過言ではありません。そのため、良い原型を作る製作者は「原型師」と呼ばれて尊敬されています。
 こんなケースがありました。フリーランスの原型師が、取引している会社に商品化の企画のために自分が創作した原型を預けていました。ところで、フィギュアの業界というのは、会社が原型を商品化する企画を立てるわけですが、その会社(A社としましょう)が自分のところで作るだけではなくて、A社と関係のある全く別のB社に企画ごと預けてしまうこともあるそうです。ところが、その企画が実現しなかったのに、B社が中国でその企画をもとにそっくりの原型を作ってしまい、別の企画として商品化してしまったというのです。

━━━ それは、企画が外部に漏れてしまったということですか。

 いいえ。漏れたのではなく、A社が自分で企画を外に持っていって、B社のコネクションで中国で生産するならビジネスになるだろうと考えて、いわば原型師に無断でB社に企画を融通してしまったんですね。結局その生産の計画は中止になったのですが、その後にB社が、独自企画として、明らかにそのA社の企画を基にしてそれに中国の職人がちょっと変化を加えた原型を使って、新しいフィギュアとして作って商品として売り出しちゃったんですね。これは著作権というよりは、営業上のアイデアをどうしていくかという問題のほうが大きいです。フィギュアの会社はそういうところにシビアであるべきなのですが、中小のメーカーでは、業界の中でで融通しあう慣行があるために、なあなあになってしまっている。つまりA社とB社の間では特に問題であるという意識はないというのが、作家としては大変困るわけです。大手だとそういうことはないらしいんですが、小さい会社だとそういうことがあるそうです。
 原型師としては、会社の名前ではなくて、自分の作家性を生かした形で作品を世に出したいと思っていることが多いんですね。実際、会社を通してキットを販売するときも、同じ物を自分の名義で別に販売したり展示したりしているケースもよくあります。いわば、自分の著作権を、会社に対して通常実施権としてライセンスしているという意識に近いですね。ただ、そうしたゆるやかな関係を保つためには、自社の権利の管理にシビアな大手との取引は難しい。それで原型師としてはと小さい会社と契約せざるをえなくて、でも小さい会社だと企画が流用されてしまうリスクもあるとそこで何とか覚書の一枚でも交わせないか、ということですね。こうした覚書の監修などもしています。

━━━ フィギュアの世界にそういう問題があるなんて全然知りませんでした。

 そうですね、私も話を聞くまでは知りませんでした。本当に色んな問題があって、会社同士の関係ですとか、売り出すのをやめさせるにしても、類似性など著作権法上の問題注14もあって。特にその事例は動物のフィギュアだったんですけども、そうなると著作権法上の自然造形物注15にあたる可能性があって、自然造形物が著作物だというためには、表現の特徴が如実に出ていなくてはならないんですが、分かりやすく言えば「どういう感じにデフォルメしているか」というところまで証明しなきゃいけないので、かなり難しいんですよ。他の要件も色々厳しくなってくるので、著作権では保護しきれないんですね。幸いその作家さんは人気のある方で、取引相手の会社に対して比較的立場が強かったので、ALでアドバイスを受けたあと、会社に対して「今回のことは仕方ないとして、将来同じようなことが起こらないように、覚書なり契約書なりを作りたい」と話して、解決に向かったようです。

━━━ 漠然とイメージしていたのは「音楽の実演に関する問題」等でしたけど、色々な問題があるのですね。(草稿を見て)こちらの「アーティスト・イン・レジデンスに関する問題」というのは、何ですか。

 アーティスト・イン・レジデンス注17(以下、「AIR」とする)というのは、簡単に言うと、アーティストの滞在制作なんですけど、例えば海外のあるアーティストを、日本の街に招いて、一定期間そこに滞在してもらって作品を作ってもらうと。なかには地元の住民として、周りの人たちと交流しながらそれを作品にしていく人もいます。日本ではそれほど大掛かりなAIRは無いんですけど、石原都知事の肝いりで、今度青山の国連大学で大規模なAIRが行われるそうです注18。このAIRは、現代アートの世界では、若手の登竜門として非常に重要なキャリアパスになっているんです。AIRには、めったにありませんが、一応契約上の問題というのもあるし、よりコアな問題としては、出入国の問題等があります。

━━━ このような活動を通して、障壁といいますか、問題があると感じることはありますか。

 ありますね。まず日本では基本的に、地位が低いですよね、物を作る人というのは。例えばデザインの分野では、アメリカだとアート・ギルド注19というのがあって、その中にグラフィック・アーティスト・ギルドというのがあるんですが、そこはどれくらいの規模の会社とどういう仕事をするときは報酬はいくらくらいになるという統計を全部とって、標準価格というのを設定してるんですよ。日本で言うと下請法注20を拡大したような感じですか。そういうギルドが存在しているので、そんなにひどいことにはならないんですけど、日本の場合は、まず値段がわからない、よって後から買い叩かれるというパターンが多いんですね。お金の話を最初にしない、という例が非常に多いのです。表には出てこないところなのですけれど。

━━━ では、日本のアーティストは、そういう問題に個人で対応していかなければいけない状況にあると。

 そうですね。例えば、デザイン・フィーですと、日本の場合は、「デザインそのもの」に対する報酬は、平均して大体アメリカの5分の2くらいの感覚です。3分の1とまでは言わないですけど、半分に足らないケースがほとんどでしょう。様々な理由があるんでしょうけど、それにしても低い。また、日本の場合には、デザイン・フィーを単独で請求すること自体が稀であって、つまりほとんどが製作物供給契約注21みたいになってしまっているんですね。そしてデサイナーのデザインの才能に対する報酬、アイデアなり創作なりに対する報酬というのはあまり払われない。

━━━ 材料費とデザイン・フィーが一緒くたにされているということですか。

 そういうことですね。材料費とか日当とか、そういうかたちで計算されてしまう。それはアーティストやデザイナーにとってはかなり不満なところなんですね。ところが、(契約書を交わさないなど)もとが非常に苦しい状態なので、ますます弱い立場に置かれやすいところがあるんですよね。そういうことに対しては、例えば独占禁止法上の優越的地位の濫用注22とかも言いたいけれども、業界慣習として固まっているのでなかなか言いにくいというところがありまして。しかも、「そういうことを言い出すと後で仕事を干されるんじゃないか」と皆考えてしまうんですね。それで結局、泣き寝入りしてしまうと。その大きな原因としては、先ほど申し上げたように、アメリカにはグラフィック・アーティストにしてもデザイナーや建築家にしても、ギルドがしっかりしてるんですけど、日本にはギルドが無いに等しいと。全く無いわけではないんですが、実行力が弱いというか、まだ参加している人も非常に少ないですし。それはアーティストが契約や法律に対して知識がないということと表裏一体(の問題)なのかな、と。

━━━ 芸術系の大学では、こういう問題に対する教育はされていないのですか。

 ほとんどされていないですね。法律に限らず、アーティストとしてどういうキャリアを作っていくかという全体に対する教育が、非常に日本では薄いんですよね。その背景には、日本では、まだまだ(アートが)マーケットとして小さいというのがあると思うんですけども。あとバブルを経験して、一時期、何もしなくてもかなりまとまった数のアーティストが就職できたというところとも絡んでますね。そういう意味では、本当にこれからなんですよ。フリーの人たちが、一から、いやゼロから、やっていくという意味で。私たちも、ALの直接の仕事ではないんですけど、海外でArt Lawに関連する本や、アーティストやデザイナーのキャリアデザインに関する本等を買ってきたりもしますね。

━━━ キャリアデザインについて相談をしにくるアーティストの方は多いのですか。

 

 そんなに多くはないですね。ただ、セミナーや講演会をするときには、こういうキャリアデザインや法律教育という視点を絡めてお話するように気をつけています。

 

(4) 行政の文化政策の問題点

━━━ こういう活動をしている中で、行政に対して何か言いたいことはありますか。

 行政といっても色んな行政がありますけども、例えば文化政策等に対しては、言いたいことはたくさんありますね。文化政策のビジョンというのが、作り手の気持ちとずれていることは問題ですね。現代アートにしても、デザインにしても、色々美術やデザインを勉強して作りたいという人と、それを支援しようという動きがマッチしていないんですね。国は文化財の保護とか、人間国宝や勲章とか、そういうことはやるけれども、私なんかは、最新のアーティストやアートを引っ張りあげていくことこそが、本当の意味で文化や文化財の保護に繋がっていくんじゃないか、と思うんですけども、なかなかそうはなってないですよね。つまり活力が一番出てくるところに対して、国は何も援助していない。それはすごく問題がありますよね。

━━━ 確かに、既に出来た物を保護していこうとはしていますけど、アーティストと一緒に文化を作っていこうという姿勢はあまり感じられないですね。

 そういう意味では、すごく無駄が多いんですよ。私も芸大出身なんですが、芸大にも色んな人がいて、国のお金を使って何遊んでんだというような人もいれば、一方で本当に命を削って作品を作っているような人も多いわけで…。アートの機能という話になると話がずれるのであまり深入りはしませんけども、政策意思形成に対するアドボカシー(意見)としては、これもアメリカのVLAの受け売りではあるんですが、文化政策や表現の自由について、ある程度まとまった立場で、アーティストの声を代弁することが重要ですよね。アートは、ジャンルによってアートの中でも対立というか、セクトに分かれて互いを敵視する傾向がどうしてもあります。そういう中でALは中立の立場でどのジャンルの人とのコミュニケーションができるというメリットがあるので、大局的な視点からアーティストの声を代弁できる可能性があると思います。
 重要なのは、問題に直面したアーティストを孤立無縁な状態におかないということだと思います。他にこうした中立的な立場で様々なジャンルのアーティストとコミュニケーションできるのは、日本では大きな宗教団体くらいしかありません。実際に、大きな宗教団体に所属したり何らかの庇護や支援を受けているアーティストやクリエイターは、一般の方が想像しているよりはるかに多いのです。それはある意味で日本の現状として仕方のないことなのですが、私たちはそうした団体と競合するのではなく、選択肢を増やして、より幅広いアーティストの支援を目指したいと考えています。

 

(5) アーティストたちへの思い

━━━ では、ALに相談に来る人というのは、発信する側の人が多いのですか。

 そうですね。あとは、「アートをやっていて面白いものを作ったので、これをビジネスにしたい」という人も結構多いんです。私たちも「非営利」であるというのをかなり広く解していて、例えば、コンテンポラリー・アートで日本では全然お金にならないものをやっている人が、「自分のアイデアをもっと世の中の多くの人に知ってもらいたい。それと兼ね合いで、食べてもいきたい」ということで、作品を商業的に展開できないかという相談は多いです。

━━━ 就職相談のようなものですか。

 それに近いですね。あとは、知的財産のことですとか、どうにかして作品を売り込みたいですとか。ただ、多くの場合は、やや語弊がありますが、かなり「甘い」考えで相談に来られてしまう場合がほとんどです。もっとも、そういう関心についても迅速にかつ親身に相談に応じることは、アーティストの自立を助ける上で重要だと考えていますので、むしろ歓迎しています。

━━━ インタビューの趣旨とはちょっとそれますけど、実際アーティストの人たちの生活というのはちゃんと成り立っているものなのですか。

 それは非常に難しいですね。美術系の大学を出て、美術に関係する仕事をできるのは、多分2割くらいですね。あとの人は全く関係ない仕事をしていますね。

━━━ (アートが)副業のようになってしまうのですね。

 そうですね。アーティストには器用な人が多くて、それなりにマイペースな仕事環境を作ってしまう人も少なくないのです。やれば、それでできちゃうので、創作への情熱が無くなったり、環境が変わったからもういいや、とか、趣味の中で自分の世界を充実させようという感じでアートをやめる人は多いです。別にそれが悪いことではないのですが、私は未来へ向けたアートの役割をもうちょっと信じてみたいんです。やっぱり、自分の周りの人がずっと作品を作ったり、アイデアを考えたりするのを見てきたので、アートに関わり続けてほしい、という思いがあって、私自身も様々なことを考えてきましたが、もし周りでアートをやめてしまう人がいたら、それはちょっと自分が耐えられないなと思って。少しでも長続きしてもらいたい、などと言うとおこがましいのですが。そういう思いは確かにあります。それで、今までにありそうでなかったサポートの形を模索する過程として、今ALをやっているのだと思います

━━━ そういう気持ちがあったから、ロースクールに入学されたのですか。

 はい。もっともロースクールに進学する前からこういう思いはあったので、司法試験の勉強も少ししていたんですけども。私のいた芸大の先端芸術表現科(IMA)は、三年次・四年次はもう作品を作ったり、自分の活動を社会で試すだけなので、ああしろこうしろというのは特に言われないんですよ。むしろ就職等の面倒も一切見てくれなくて、自分の面倒は自分で見ろ、自分の道は自分で切り開けと(笑)。実際教えている先生も、最前線で活躍している一流の方ばかりなんですけど、すごく苦労していて、自分で海外に行ってお金をかき集めて巨大な作品を作ったり、伝統的な芸術のセクトと喧嘩して出てきたり、学生運動の闘士だったり、私財を投げ打って海外にも名前の響くオルタナティヴスペースを運営していたり。ある意味、他人が簡単には認めてくれないような何かの価値に命をかけてきた人たちばかりでした。私もそういう空気の中で四年間いたものですから。それで、卒業を前に、今後自分のやりたいことはなんだろうと考えたときに、出てきたのが、法律がアートの現場で武器になるんじゃないかということでした。
 もともと、アートのマネジメントの新しい形を作り出したいという思いは芸大に入る前からあり、在学中もその延長線上で活動をしてきました。(同じオフィスの)CDCコミュニティデザイン協議会の立ち上げにも参画しました。CDCを少しご説明したいのですが、ごく簡単に言うと、アーティストやデザイナー等、美大等で美術のスキルと物の見方を身につけた人が、卒業した後にその能力を生かせていないという現状と、企業の文化施設や地方の文化行政が、人材不足で硬直化しているという現状を変えるための仲立ちとなる組織です。今のアーティストやデザイナーは、単に手わざのスキルというだけではなくて、芸術はもちろん、より幅広い文化や教育、土地の歴史等について調べたり、それを具体的な一般向けのプログラム等に昇華させる能力等が身についている人が多いので。しかし、企業の文化施設や地方の文化行政の場に関わる機会が少なく、そういう意味で彼らの能力を活かせていませんでした。そこで、いわゆるハコモノと言われているようなところや、都市や地方の活性化事業にコンサルタントとしてCDCが関わり、そのプロジェクトの中に、派遣社員のような形で、相応しい能力のある人に行ってもらうのです。それで自分も能力を活かして活躍できるし、受け入れ側にしてみれば優秀な人材を確保できるのです。地方の文化行政でも企業の文化施設でも、全然専門外の人が責任者として来て、三年経ったら異動で去っていくような所が、地元の人にとっても、また遠く離れた人も行きたがるような魅力のある場所に変わる。それを目的にして作られたNPOなのです。
 事業の性質上、様々な係わり合いができてくるし、プロジェクトの中には契約の問題とか交渉の問題なども多く、しかし表現に関するセンスや興味がない外部の人にはなかなか頼みにくい問題もありました。逆にそういうことを率先してやってくれる人がいたらすごく助かるなと考えたのも、法律をやりはじめたきっかけです。

━━━ この活動にかかわっているロースクール生や法学部生というのは結構いらっしゃるのでしょうか。

 正直それほど多くは無いですね。両方あわせて10人くらい。学校もバラバラですね。

━━━ では、興味のある人が個人でやってくるというかたちで。

 そうですね。何がしかのつながりで、向こうからこちらにコンタクトしてくるというかたちがほとんどですね。あとは芸大の後輩で、今年上智のロースクールに行った人とかもいますね。

 

6) ロースクール生とローレビューに向けて
━━━ では、締めくくりに、ロースクール生に向けてということで、まずはこのArt Lawの分野にかかわっていて良かったなと思う瞬間があったら聞かせてください。

 はい。良かったなという瞬間は、大いにありますね。感謝されるのは間違いないです。というのも、表現者にとって、もやもやしたものを抱えたままクリエイティブな仕事をすることは難しいからです。しかも、法的な言葉だけでは納得できないことが多いので、表現者が自分の中での納得いく決着を見つけるためには、時間と対話が必要なのです。しかし、一人だけではなかなか解消できない。だから、第三者である私たちにそれを話す、いわゆるカウンセリングです、それを通じてもやもやしたものが解消されていく。それを目の当たりにする瞬間は良かったなと思いますね。だからこそ、相談内容は、そのままでは本当に一人ではにっちもさっちもいかないような、法律家でない人にとっては難しい問題が多いのですが。

━━━ 再生していくアーティストを見る瞬間ですか。

 そうですね。私たちも、それで解決したらもう私たちのことは忘れてくれて構わないわけです。他の場合だと、例えば、現代美術の活動をプロデュースしているんだけど、どうも法律にひっかかって、助成金がもらえなさそうだとか、そういう話も結構あるんですね。例えば、車に乗せて観客を移動させるとか、車の中でも何か作品を見せる、それを有料でやりたいのだけど、そのときにどういう問題が起きるのか。それは白タク行為注23なんじゃないのか、とか…。

━━━ 白タク(笑)。

 あるいはもし事故が起きたときに、誰にどのような責任が生じるのかとか、そういうことに一つ一つアドバイスしていくんですね。こういう保険があって、この保険会社に聞けば教えてくれるはずです、とか。そういう感じでアドバイスをした活動が、果たして私たちが相談を受けた後に全部実現したのかというのは調べられていないのが残念ですが、実現したという報告を聞くとやっぱり良かったなと思いますね。

━━━ そういう新しい分野を開拓していく感じは、ホームページからも伝わってきました。

 本当ですか、それは良かったです。繰り返しになってしまいますが、(ALは)全然歴史があるわけでもないし、大きい団体でもない。アメリカのVLAだと多分年間2000人くらいの法律家が関わっていて、相談件数もニューヨークだけで年間1万件いっているようです。規模は比べるべくもないし、文化的な背景の違いもあるのですけど、でも向こうもいきなり出来たわけじゃないし、少なくとも今(ALを)やっているのは良かったな、とは思います。見切り発車で立ち上げたのがここまで来て。

━━━ 本当に素晴らしいと思います。今、作田さんはロースクールに在学されているわけですけども、芸術法を専門にすることを志す学生にとって、今のロースクール制度はどうか、というところをお伺いできますか。

 理想としては、アメリカのロースクールのように、リーガル・クリニックやVLAへのエクスターンシップという形で、ある程度半強制的に芸術法にかかわるというのが、一番望ましい形なのかなという気がします。しかしそれができない日本のロースクールも、それだけで芸術法の専門家を目指す学生にとって無意味であるわけではありません。というのは、この分野は非常に実務的・専門的なジャンルではありますが、実務を学ぶのは必ずしもメリットばかりではないと思うからです。もちろん知的財産法などを勉強するのはマイナスではありませんが、学生の間は、選べる余裕があるのであれば、実定法や実務科目よりも、基礎法学ですとか、将来の法制度はどうあるべきかとか、そういうことを考えるほうが、芸術法を学ぶ法律家にとって重要かもしれない、とさえ思います。もちろん実務は重要ですが、そればかりでは良い法律家になれないと私は考えています。
ついでながらALとしてロースクールとどう関わりたいかということなのですが、アメリカのロースクールのように、基礎法学も充実していて、さらに色んなプロ・ボノへのインターンシッププログラムがある中の一つというかたちであれば、ロースクールと関わりたいと思います。あるいは、別の関わり方としては、コロンビア大ロースクールが、ニューヨークのVLA本部や学内の芸術系コースと共同して、Art LawとVLAのジャーナルを出していますが注24、そうしたことが実現できれば良いと思います。アメリカでは、ロースクール以外にも専門性の高い弁護士が研究者として学内にいるのです。というのも、大学院レベルでの研究者はずっと学校にいる人ばかりではなく、実務家が二年か三年とか、教えながら研究するという制度があるからです。そして法学のセクションだけでなく、学際的なかかわりになっている。コロンビア大は特に演劇等のパフォーミングアーツ学や、そのマネジメント学の拠点ですから、そうしたコースにも実務教員として専門の弁護士が来ている。彼らとロースクール、そしてVLAの関わりはいわば必然的なものです。自分たちも、ロースクールはもちろん、美術大学等との学際的な協力のもとで、専門性の高い雑誌を作れたら良いと思います。

━━━ では、将来的にALからそういう雑誌を出そうと考えていらっしゃるのですか。

 はい。簡易的なものは何度も作ってみました。しかし、人材的にも資金的にも厳しいですし、まだまだ事例も少ないし、経験もそこまで無いので、単独で作ることはあまり考えていません。

━━━ ALの活動資金というのは、どうやってまかなっているのですか。

 一部が寄付、あとは持ち出しと、会費です。会費の割合というのはまだ3割くらいですかね。助成金はもらってません。申請もしていません。というのは、今ある文化芸術系の助成金というのは、アートの現場を増やしていくというための助成金が非常に多い。逆に言えば、それを支援する団体を支援するという段階にまではいたっていないんです。もし私たちが助成金を受ければ、アートの現場が確実に減ってしまう。それはおかしいと思っているので、芸術とは全く関係ない分野の助成金であればいいかな、とは思いますが、うちに出すお金があるのならば他に出してくれと考えています。私たちは、基本的にはお金がかからないけれども役に立つ、というスタンスで今はいいと思ってます。

━━━ 企業からの寄付等はあるのですか?

 企業に対しては、積極的には寄付を募っていません。というのは、いつその企業が当事者になるかわからないので(笑)というのは冗談ですが、寄付や助成は、事業の拡大が必要になったときに複数の会社や助成金団体から一気にもらえれば、と思っています。
 企業メセナ協議会注25といって、企業のメセナ活動を束ねている財団法人があります。最近こことALは連携していて、実は私は明日メセナ協議会が主催するセミナーの講師としてそこに行くんですけれども、そういうところで出会う、企業のメセナ部門の方々ともコミュニケーションしながら、可能性を探っていきたいですね。資金調達のめどがつけば、ADR推進法の施行に合わせて認証ADR事業者としての資格を申請しようと考えているので、法文やガイドラインを精査しつつ、適切な形で寄付を受け入れて行こうと考えています。

━━━ 近年は企業もメセナ活動に熱心になってきていますよね。

 そうですね。面白いのは、そういうセミナーに行くと、メセナの担当の人だけじゃなく、コンプライアンス担当の人や、某著作権管理団体の方なんかも来ていて。コンプライアンス室の室長までいらっしゃいます。こちらからすると、大きな企業、企業の中でしっかりと法務部があって、聞けば答えてくれる人たちもいるところだと、あまりALの活動は意味がない(笑)。それでもメセナの活動の一環として、関係する法律の解説をするというもの珍しさで来てくださるんだとは思います。あとは日本特有の事象かもしれませんが、CSR注26の一環としてコンプライアンスも含まれているから、CSR・メセナ・コンプライアンスが一体となっている大企業が最近増えているのでしょう。
 余談になりますが、大企業の関心が、バブル期には美術とか、芸術にあったものが、今では環境とか、コンプライアンスにシフトしてきていて、しかも厳しくなってきている。そういう意味ではこれからのアーティストには逆風になってしまうかもしれないですね。大変ですよ、著作権なんて、コンプライアンスから見れば何もしないのが一番ですからね(笑)。しかし、そういう中でもメセナ活動を続ける企業こそが真のフィランソロピストと言えるでしょうね。

━━━ それでは、最後になりますけれど、今芸術法に関心があるロースクール生に対して、今何をすべきかということを教えていただけますか。

 そうですね、芸術法に興味がある人だけではなく、広くロースクールの学生に言いたいのは、私も確かにアートに対しては少し詳しかったですけれども、組織運営とかについてはすごく経験があるわけではないし、特にロースクールの学生という身分で言えば皆さんと変わらないわけです。でも、そこからちょっと動くか動かないかという違いはやっぱりあると思います。ちょっと動くことで、それまででは想像もできなかったような様々な経験や出会いがあるし、さきほど実務と基礎法学の話をしましたけれども、ナマの色んなトラブルに対して、どのように自分が接するか、あるいは他の人はどのように困っているのか、法的な価値と目の前の人間の思いはどうリンクしているのか、あるいはいないのか、などということは、自分が法律家になってしまってからだと見えにくくなるということがあるかもしれない、などと思っています。別に誰も彼もが何かの組織を作ったりする必要はないですけども、少しでもそういうことに時間なり労力なりを割いてみると、単に勉強しているのとは全然違う世界っていうのが手に入ることに気付くかもしれない、と思います。
 ただやっぱり制度的な問題が大きくて、まだロースクールが文化として成り立っていないというのがあるので、今はまだ厳しいかもしれませんね。けれども、少なくとも自分がそういう気持ちを持つことはすごく重要なんだよ、と強く言いたいです。次の世代は今よりもうちょっとそういう部分に労力を割いて、また次の世代はさらにもうちょっとというように続いていくうちに、いつしか「文化」が出来ていくので。ただ自分がそういうのを捨てちゃって、それが無いのが文化になっちゃったら、もう絶滅してしまう。もしロースクールの学生でも教員でも「それでいい」と思っている人が大半だったらがっかりです。
 だから、私は早稲田のみなさんがこういうローレビューの活動をされているというのはすごく尊敬しています。また同時にすごく危惧もしているというのは、やっぱり次の世代の人たちというのがどんどんついてきてくれないと、最初に出来ただけじゃ文化にならないから。ロースクールの外と繋がりを持っていることは決して悪いことではないけれども、やっぱりロースクールの中で、そのロースクールならではの何かを作っていくというのは、すごく重要なことではないでしょうか。特に、早稲田のローレビューに期待していることなんですけども、総花的ではなくて、何か専門的なことを扱って色を出していってほしいなと。

━━━ コロンビア大のVLAジャーナルみたいに。

 そうですね。コロンビア大にだってものすごくたくさんジャーナルがあります。その結果、一つの大学として総花的になっているのは素晴らしい状況ではあります。が、まず一個の分野で、そこに日本中の人が寄稿したいという専門誌になっている状況が望ましいのではないでしょうか。そういうインセンティヴができたら、その分野を学ぶ人にとっても研究する人にとっても、大学のブランディングとしても、すごくいいですよね。

━━━ 芸術法もぜひうちで扱いたいんですけども、なかなか興味があるという人を見つけるのが難しくて(笑)。

 そうでしょう(笑)。でも例えば、エンターテインメント・ローは早稲田には結構リソースはあるのではないでしょうか。またハーバードでは芸術法関連科目として、エンターテインメント・ローだけでなく、国際取引法や憲法、著作権法、経済分析法、贈与法などが挙げられています注27。こうした分野はおそらく早稲田ローでも履修できるのではないでしょうか。
 それはともかく、芸術法とは関係なくても、何か早稲田がナンバーワン、オンリーワンになれる分野は何かあると思うんですよね。目立つ分野ではなくてもいいと思います。例えばリーガル・クリニックにおける問題とか、そういうところも他の人たちより明らかに早く生の情報に接することができるわけだし、そういうところで専門のレビューやジャーナルが作られると素晴らしいと思います。中退者ですが、私も早稲田OBの一人として、応援していますし、できる限りご協力したいと考えています。

━━━ 作田さんの活動は、ロースクールの中で単位化はされないのですか。ここまで活動なさっているのだから単位になってもよいのでは、と思うのですけども。

 いやもう全くそういうのは無いですね(笑)。でも、今はそういう扱いは全く期待していないです。それは制度の問題でもありますし、わかっていて入学しているわけだし。ただ、こういうことをやっている人がいたんだよ、というのが何らかの形で(ロースクールに)残ればいいなとは思っています。もちろん、できれば後に続く人が出てきて欲しいですね。

━━━ ありがとうございました。

 ありがとうございました。


Arts and Law
アーツ・アンド・ロー
すべてのお問い合わせは、  contact@arts-law.org まで。

◆本部
164-0012
東京都中野区本町2-51-10 中野坂上OKビル9F
NPO コミュニティデザイン協議会気付
TEL 050-5532-8011(*) FAX 03-5302-7441

* 電話は常時ボイスメールになっております。
英語でのアナウンスの後にメッセージをお残しください。

 

脚注一覧

注1 2004年に作田氏により設立されたNPOであり、アーティスト・クリエイターの活動や、それを支援するNPO等の非営利的な団体に関する対外的・内部的な問題について、法律家やアートマネジメントに詳しいスタッフが無料でアドバイスやコンサルティングをすることを活動内容とする。

HPはhttp://www.arts-law.org/(2006.6.20)

注2 芸術・文化・学術・教育などの公共性の高い事業をおこなう組織や団体に向けて、交流促進支援事業やイベント開催事業をおこなうNPO法人である。行政区分やコミュニティの利害を超えた人材活用ネットワークの構築やITスキル、デザインなど様々なノウハウの移転を目的とする。HPはhttp://www.cdc.jp/(2006.6.20)

注3 文化芸術振興基本法(平成13年法律第148号)。文化芸術が人間に多くの恵沢をもたらすものであることにかんがみ、文化芸術の振興に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、文化芸術の振興に関する施策の基本となる事項を定めることにより、文化芸術に関する活動を行う者(文化芸術活動を行う団体を含む。)の自主的な活動の促進を旨として、文化芸術の振興に関する施策の総合的な推進を図り、もって心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与することを目的とする(第1条)。

注4 インタビューの末尾に掲載。

注5 「無料相談の対象は、法律問題に関わらず、また既に問題になっていることだけではありません。むしろ、問題がこじれてしまう前に、気軽に質問していただきたいと思います。というのも、活動に際しての不安やストレス、毎日の紛争を予防していくことに大きな意義があると考えているからです。100%の不安の解決を保証するものではありませんが、広い意味でのアートや非営利な活動に関わることである限り、どんな問題にも応じますので、わからないことがあればご相談ください」ALのパンフレットより抜粋。

注6 ADR基本法。裁判外紛争解決手続きの利用の促進に関する法律(ADR基本法)。2004年12月に制定され、2007年5月施行予定。ADR基本法構想については、山本和彦『ADR法制とADR機関ルールの在り方(上・下)』ジュリスト1230号74頁、1231号161頁参照

注7 VLA( Volunteer Lawyers for the Arts)は、1969年に設立され、1万人以上の会員を擁するアメリカの有力なNPO団体である。VLAでは、芸術法を専門とする法律家が、プロ・ボノ活動の一環として、無料もしくは低価格で、アーティストに総合的なリーガル・サービスを提供している。HPはhttp://www.vlany.org/(2006.6.20)

注8 福井健策弁護士。ニューヨーク州弁護士、東京藝術大学,静岡文化芸術大学大学院 各非常勤講師(文化法、著作権法)、第二東京弁護士会所属。公害対策・環境保全委員会委員長(2004年度)。主な著書に『ライブ・エンタテインメントの著作権』(編・共著,社団法人著作権情報センター, 2006)
『著作権とは何か――文化と創造のゆくえ』(集英社新書, 2005)等。福井弁護士の所属する骨董通り法律事務所のHPはhttp://www.kottolaw.com/index.html(2006.6.20)

注9 日経BP社出版局編「ビジネス弁護士大全(2005)」

注10 財団法人セゾン文化財団。理事長・堤清二氏の私財によって設立された助成型財団であり、現代演劇・現代舞踊を主な助成対象とし、①アーティストの創造活動を長期的に支援、②資金助成のみではない複合的な支援、③芸術活動を支えるインフラストラクチャーの整備・改善をサポート、という三つの基本方針の下に支援活動を行っている。 HPはhttp://www.saison.or.jp/(2006.6.20)

注11 塩谷陽子「ニューヨーク 芸術家と共存する街」(丸善(株)出版事業部, 1998)

注12 芸術文化の発展に寄与するために1965年に設立された民間の公益法人・芸団協が、新宿区の廃校に、長年のノウハウの蓄積を生かすべく設立したのが芸能花伝舎である。芸能花伝舎には、11の創造スペースがあり、芸能関連団体の事務所が入居し、誰でも利用可能なフリースペースもある。演劇、音楽、舞踊、演芸など様々な芸能分野の関係者が集い、交流する、芸能文化の総合的な拠点として機能していくことを目指している。2005年で創立40周年を迎えた。芸能花伝舎のHPはhttp://www.geidankyo.or.jp/12kaden/index.html(2006.6.20)

注13 CLA (Citizens League for the Arts: 芸術振興市民の会)は、一般市民が、芸術の育成・振興を支援するべく専門家を交えて開いていた勉強会を、1993年に特定非営利法人として申請したものである(2000年3月に認証)。勉強会を開くだけでなく、その中から浮かび上がってきた各芸術分野の課題や問題点、あるいは芸術支援の方策について、関係方面への提言を行っている。HPはhttp://www.cla-arts.jp/index.html(2006.6.20)

注14 著作権は特許権等と異なり、絶対的排他性を有しないから、著作権が侵害されたというためには、①被告著作物が原告の著作物と同一性または類似性を有すること、②被告が被告著作物について利用行為またはみなし侵害行為を行っていることに加えて、③被告著作物が原告の著作物に依拠して作成されたことを証明しなければならない(複製権侵害につき、最判昭和53年9月7日民集32巻6号1145頁)。原告著作物と被告著作物が同一性または類似性を有するというためには、被告著作物から原告著作物の表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得することができなければならない。表現上の本質的な特徴を直接感得することとは、すなわち、原告著作物の著作物性のある部分(創作的表現)が被告著作物と共通していることであり、「既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合」には同一性または類似性は認められないと解されている(最判平成13年6月28日民集55巻4号837頁)。

注15 動物のフィギュアに著作物性を認めた例として、大阪地判平成16年11月25日判時1901号106頁、否定した例として、大阪高判平成17年7月28日。

注16 刑法148条1項。

注17 アーティスト・イン・レジデンス(AIR: Artist in Residence)とは、国内外からアーティストを一定期間招聘して、滞在中の活動を支援する事業をいう。日本では、1990年代前半からAIRへの関心が高まり、主に地方自治体がその担い手となって取り組むケースが増えてきている。日本で最初のAIRとして、多摩地域の東京都移管百周年記念の一環として行われた1993年の「TAMAらいふ21」等がある。AIRについては、国際交流基金が調査を行い、その結果をウェブ上(2006.6.20)で公開している。

注18 「都市では国境や宗教を越えたあらゆる種類の人々が行き交い、出会います。ジャンルを越えた者同士が出会い、触発され、まったく新しい文化がうまれていくのも都市の機能としての醍醐味でしょう。今まで、日本の行政においては、文化を戦略的に考えてプロデュースすることがありませんでしたが、日本のモンパルナスとならんことを期待してトーキョーワンダーサイトを御茶ノ水に創りました。そこで蒔かれた種は順調に成長し、トーキョーワンダーサイト渋谷はオルターナティブスペースとして、若手アーティストの国際的なプラットホームになりつつあります。さらに本年は青山の国連大学跡地にアーティスト・イン・レジデンスを開設します。若手の芸術家を育てるのは国境、ジャンルを越えた人材の交流以外に考えられません。このプロジェクトもまた、東京の新しい文化の創造に一役かってくれることでしょう。」『第六回東京都の文化施策を語る会』における石原都知事の発言(平成17年9月21日)。『東京都の文化施策を語る会』のHPはhttp://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/katarukai/index.html

注19 アート・ギルド(Art Guild)とは、アメリカにおいて、アーティストが政府や社会に対して団結して権利を主張していくことを目的とする団体である。リーガル・サービスだけでなく、アーティストの教育や展示場の貸し出しも含めた総合的な支援を展開しているのが特徴である。ニューヨークやカリフォルニアに支部をもつGraphic Artists Guild (2006.6.20)の他、1929年以来パロアルトでアーティストたちを支援しているレストランの団体であるAllied Arts Guild(2006.6.20)、1958年に創設されたArt Guild of Pacifica(2006.6.20)、南ネバダの芸術家を支援するthe Boulder City Art Guild(2006.6.20)等がある。

注20 「優越的地位の濫用は、完成品メーカーと部品メーカーの間で行なわれている下請取引において、数多くみられる。これらの下請取引を規制する目的で独禁法の補助立法として下請法が制定されている。同法の規制対象は主として製造業における下請取引であるが、近時の役務取引の増大に伴い、役務の委託取引における優越的地位の濫用もその対象とする必要が認識され、2003年に下請法の規制を役務取引に拡大するとともに、違反行為に対する罰則等の執行力を強化する改正が行なわれている(2004年4月1日施行)」金井貴嗣=川濱昇=泉水文雄編『独占禁止法[第二版]』321頁(弘文堂、2006)

注21 「家屋建築や注文服・注文家具製作のように,契約当事者の一方が相手方の注文に応じて自己の所有する材料で製作したものを供給することを約し,注文主がこれに対価を払うことを約して成立する契約。製造物供給契約・請負供給契約ともいう。注文に応じての製作は,仕事の完成を目的とする請負的要素を含み,製作物の供給による所有権移転は売買的要素も含むため,通説は請負と売買の混合契約と解し,特約がない場合には製作には請負の規定を,供給については売買の規定を適用すべきであるとする。」『法律学小辞典[第4版]』(有斐閣, 2004)

注22 独占禁止法は、「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」は不公正な取引方法にあたるとしている(2条9項5号)。これを受けて、不公正な取引方法の一般指定は、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次の各号のいずれかに掲げる行為をすること」を優越的地位の濫用として禁止している(14項)。

注23 道路運送法80条は、「自家用自動車は、有償で運送の用に供してはならない。」として、有償運送を禁止している。

注24 コロンビア・ロージャーナルはアート・ローのジャーナル(2006.6.20)を単体で出版している。また、カルドゾ・ロージャーナルは、Arts & Entertainment Law Journal(2006.6.20)を出版している。ロージャーナル以外にも、ハーバード・ロースクールはArt Lawに力を入れており、専用のライブラリー (2006.6.20)の設置、Legal Services CenterにおけるArt Law Clinic(2006.6.20)の実施、の他、ロースクール・ビジネススクール・その他の大学院の学生より組織されるArts & Literature Law Society(2006.6.30)がある。

注25 企業メセナ協議会は、企業によるメセナ(芸術文化支援)活動の活性化を目的として、1990年に設立された。企業メセナへの意欲を高め、社会のメセナに対する理解を深めるために、その啓発・普及活動をはじめ、調査・顕彰等の事業を行っている。また、企業メセナのみならず、文化政策やアートマネジメントなど芸術文化支援全般を対象とする、日本で唯一のメセナ専門のインターミディアリー機関としても活動している。「わが国の企業はこれまで、個々にバラバラに文化擁護を行ってまいりました。しかし個々の活動の限界は明らかです。現代における文化の重要性を認識し、志を同じくする企業が手をたずさえて、わが国の文化状況の改善につとめていきたいと思います。税制の問題ばかりでなく、企業が文化への関心を深め、文化にたずさわる人間を養成していくことも大切です。文化情報の交換、芸術家と企業の出会いの場をつくることも企業の文化擁護を円滑にするのに役立ちます。また協議会は、当初はわが国における企業メセナ活動の一層の進展のための啓蒙と調査を主な事業といたしますが、将来は協議会自体が個々の企業の利害を超えた立場から独自のメセナ活動にも取り組む所存であり、文化問題で広く企業の立場に立った活動を展開することを目的とします」(『メセナ白書91』より)。HPはhttp://www.mecenat.or.jp/index.html(2006.6.20)

注26 CSR(Corporate Social Responsibility)は、日本語では「企業の社会的責任」と一般的に訳される。従来は製品やサービスの提供、雇用の創出、税金の納付、メセナ活動などがCSRだと考えられてきたが、時代とともに内容も変化し、現在では様々なステークホルダーとの関係を踏まえ、法的・経済的な責任を超えた新たなCSRが求められている。「CSR Archives」 (2006.6.20)

注27 ハーバード・ロースクールのゼミのカリキュラムは http://www.law.harvard.edu/academics/courses/schedule.php?year=2005-06&item=seminars-23l を参照。