なぜ今法テラスか?~米山達三弁護士 インタビュー~

「この法律は、内外の社会経済情勢の変化に伴い、法による紛争の解決が一層重要になることにかんがみ、裁判その他の法による紛争の解決のための制度の利用をより容易にするとともに・・・ 弁護士、司法書士その他隣接法律専門職者のサービスをより身近に受けられるようにするための総合的な支援の実施及び体制の整備・・・ もってより自由かつ公正な社会の形成に資することを目的とする。」

―――総合法律支援法 第1条

 

【企画の趣旨】
 法科大学院の設置、裁判員制度の導入とともに司法制度改革の三本柱の一つとして日本司法支援センター(通称、法テラス)が発足した。 そして、昨年の10月2日から業務を開始し、現在まで約1年2ヶ月間、総合法律支援法に定める多様な業務を行っている。 コールセンターには毎月3000件以上の相談が寄せられ、全都道府県に設置された地方事務所には連日多くの市民が訪れている。 その内の多くの地方事務所には、若手を中心とした専属・常勤のスタッフ弁護士が配属され、非常に重要な役割を担っている。

 スタッフ弁護士とは、法テラスにおいて①民事法律扶助事件、②国選弁護事件、③司法過疎地域における有償法律サービスを担う弁護士であり、 法テラスに雇用され、法曹経験10年以下の者は任期3年で2回更新可能(最長9年)で、同期の判事・検事と同等の給与が支給され、 さらに、事務所の運営費用は全て法テラスが負担する。

 私たちは法テラスに関する調査をすすめていく過程で、このスタッフ弁護士の仕事に大きな魅力を感じた。 一般の弁護士は事務所経営の問題もあるために、人権保障の観点から重要である刑事弁護について、これまで十分な弁護体制が整備されていなかった。 しかし、法テラスに所属するスタッフ弁護士は採算性を重視する必要がないため、刑事弁護活動に十分な労力を割くことができる。 また、地方公共団体や消費生活センターといった諸団体との間に構築されたネットワークやスタッフ弁護士間のネットワークを駆使し、市民に包括的な援助を提供することができる。

 ただ他方で、法科大学院を修了してスタッフ弁護士として法テラスで働くことを想像すると、いろいろな不安要素が浮かび上がってくるのも事実である。 例えば、法テラスが社会にどのように浸透していくのか、任期終了後に弁護士としてやっていく上で必要な経験を法テラスで積むことができるのかという不安、 また、普通の法律事務所に所属して活動するのとどれほどの違いがあるのか、という点である。

 そこで本稿では、そうしたスタッフ弁護士に焦点をあてることとした。 全3回のインタビューを通して、現場のスタッフ弁護士の仕事の実情や、法テラス制度の現状及び将来の方向性、そしてその中でのスタッフ弁護士のあり方などを紹介していく。

 本稿を通して、私たち法科大学院生や若手実務家にとって、法テラスで働くことにどのような意義があるのか、 また、先達の弁護士たちはどのような思いで法テラスに自身の働き場を求めたのかを探っていきたい。 これらを明らかにすることで、法テラスに進もうと考える法科大学院生が少しでも増えることになればと思う。 さらに、日本の司法制度のゆがみを正面から捉え、その欠陥を補おうと日々粉骨砕身する人々の存在、 そして彼らの市民とともに歩もうとするその熱い想いを感じていただければ、望外の喜びである。

インタビュー


【はじめに】
 法テラス企画の第1弾として、青森地方事務所でスタッフ弁護士として活躍しておられる米山達三先生にお話を伺ってきました。 スタッフ弁護士の業務内容などを具体的にイメージしていただけるかと思います。 将来の働き場所のひとつとして法テラスを考えている法科大学院生、若手実務家の皆さんには、 特に法テラスでいきなり活動を始めることへの不安についてお聞きした部分を読んでいただけると、 米山先生のお言葉が非常に心強く感じられるのではないでしょうか。

 

【経歴、取扱事件など】

━━━ 本日はよろしくお願いします。スタッフ弁護士の具体的な仕事内容など、 将来スタッフ弁護士になろうとする場合に何が気になるか、という視点からお話を伺えればと思います。 それでは、簡単にご経歴を教えていただけますか。

 弁護士の米山達三と申します。千葉県出身で、東京都内の大学を卒業後弁護士になり、 千葉で1年間イソ弁として働いていました。
 その後、法テラスへ参加しようと思い、平成17年の8月に応募しました。 第1期にあたるのですが、時期が遅かったため任地の希望は言えず、青森に行くことになりました。
 この任地について不安があるという人もいますが、困っている人のために赴任するのだから、 自分の希望を言う必要はないのではないかと思います。

━━━ 法テラス青森事務所ではどのような事件を扱っているのでしょうか。

 大体3分の2がクレサラ事件ですね。東京などでは破産事件には代理人がつくのですが、地方では本人申立の破産が普通です。 保証人や住宅ローンの扱いがないがしろにされていて、ここに地方の司法過疎の実態が出ているのではないかと感じます。 地方は破産が多いのですが、弁護士はまだまだ足りていないのが現状です。 破産と言えば、駅前に看板が出ているような大手の金融会社はやりやすい相手なんですよね。 それよりも地元の金融屋さんなどが、なかなか難しい。 今後もこういう状況が続いていくのだろうと思います。
 他には、離婚、交通事故、労働問題、貸金請求が多いですね。

━━━ 扱う事件が偏ってしまうのではないかとの不安がよく言われるのですが、その点についてはいかがでしょうか。

 取り扱い案件が偏るという問題は、確かにあります。当然、企業法務などはできないし、契約書作成も示談契約書を除いてはありえませんからね。 ただ、普通に地方で事務所を開いてもこういう構成になるんじゃないでしょうか。 それよりも特徴的なのは、(地方事務所に併設された法律事務所に勤務するスタッフ弁護士の場合)やはり国選と扶助に基づく事件のみ扱うところです。 そのためにクレサラ事件が多くなるのではないでしょうか。

━━━ 国選弁護の話が出ましたが、スタッフ弁護士の皆さんの中でも刑事弁護に集中的に取り組みたいという方は多かったのですか。

 刑事専門でやりたくて応募した人も多いですよ。ただ自分は、刑事・民事どちらもやりたいと思ってます。 困っている人のためっていうのがスタッフ弁護士の存在意義だと思っていて、それを実現するには両方やらなきゃいけませんからね。  さいたまや多摩といった都市型事務所なら、複数の弁護士間で役割分担をすることも可能かもしれません。 実際にさいたま事務所の村木先生は刑事事件を中心に扱ってみえるようです。

━━━ 業務に関して、不便などを感じたことはありませんでしたか。

 不便というか、業務開始当初は決まっていなかったことが多かったですね。 本部への報告書類が面倒ということもあったんですが、最近は改善されてきています。 スタッフと本部の意見交換がうまくワークしてきたからでしょうか。
 ただ、事務員の採用などについては、まだ言っても通らないことが多いですね。 増員したい場合は公募することが条件になるし。でもよく言われるような、 経費についてのクレームが来たことは一切ないですよ。弁護士業務についての指示などもありえません。 最高裁や法務省が運営に関与することで弁護士活動の独立が揺らぐということはありえないです。 そういうことを言う人は多いのですがその点は全く心配いりません。
 法テラスに対して嫌がらせをする人もいるみたいです。 確かに、国選の報酬が下がったりしたので納得のいかない弁護士は多いんでしょうが、 今までの制度でうまくいかなかった部分を公費で手当てしようとするのだから、方法論としては間違っていないと考えています。 裁判員裁判も、いままで国民をないがしろにしてきたつけがまわってきたということですよね。 どちらも意義のある制度であり、やらないうちに批判する筋合いはないんじゃないでしょうか。
━━━ 次に、法科大学院生としては気になるところである、研修についてお聞かせ願えますか。

 私はイレギュラーな時期に参加したので、通常日程のスタッフ候補者たちの研修には参加できませんでした。 参加することができた研修としては、いずれもベテランの裁判官・検察官・弁護士という法曹三者がそろったものがありました。 法務省の援助による非常に有意義なもので、法テラスのメリットの一つだなと感じました。
 その後、青森事務所に入る前に青森の他の事務所で2、3ヶ月間イソ弁として働きました。
 通常の日程で参加したスタッフ候補者たちは、1ヶ月に1回東京で研修をしていましたね。 スタッフ弁護士とひまわり公設事務所に行く候補者の母体は同じで、みんな養成事務所に所属して研修をしています。
 現在の研修制度について意見を言うのに自分は適任ではないと思いますが、研修だけで何とかなるものではないと考えています。 弁護士は事件を多くこなしていくことで成長していくものであり、研修に引きずられるのは危険だという認識です。 同じ事件は二つとないですからね。

━━━ いきなり弁護士として一人でやっていかなければならないことに不安を感じる法科大学院生も多いと思いますが。

 そうは言っても、昔はいきなり独立する人も多くいたんですから、それと同じことだと思いますよ。 ボス弁の下で、組織の一員としてやっていくのか、二者択一の問題ですよね。 自分で責任を負って、自分で判断していくことのおもしろさが、弁護士業の醍醐味ですから。 確かにもう少しイソ弁としてやりたかった気持ちもあるし、最低3年やって一人前とおっしゃる先生もいますよ。 ただ、初めからベストの仕事ができるわけがないし、失敗しながら勉強していくものです。
 一人でやるかどうかは問題ではなく、結局自分の責任で一人でやっていくという気概がなければ弁護士としてやっていけないんですよ。 たとえ組織の中にいたとしても、弁護士とはそういう職業だと思います。
 決定的な違いは、ボス弁の顔色をうかがう必要がないのかあるのかというところと、つまるところ利益や経営の問題を考えるかどうかです。 刑事弁護をやりたくて弁護士になるとすると、イソ弁の立場では裁判員裁判に十分対応できないと思います。 お金にならない事件に膨大な時間を割くことを認めてくれるボス弁がどれほどいるでしょうか。

━━━ 経営に関する制約を受けないというのが法テラスの魅力の一つということでしょうか。

 経営に気をつかわなくてもよいといっても、誤解していけないのは、業務の効率化は常に追求しなければなりません。 これは依頼人を一人救えるか二人救えるかの問題であって、その意味での経営努力は必要不可欠ですよ。

━━━ では、法科大学院生が最初の働き場として法テラスを選ぶことについては、どのように考えておられますか。

 結局、何をしたいかによるだろうと思います。企業法務をやりたい人に法テラスの話をしても無駄ですよね。 刑事弁護がやりたい、困っている人を助けたいという人にはぴったりの仕事だと実感しています。
 メリットとして考えられるのは、ひまわりより、そしてもちろん他のどんな事務所よりも早く一国一城の主になれるところでしょうか。 業界で最も早く、責任ある仕事がやらせてもらえるんですから。また、地元の貧しい人の力になれているという実感がありますよ。
 法テラスの名前が使えるというのもメリットですね。国のバックアップがあるという安心感は市民にとって意外と大きなもののようです。 この名前を使っての法教育や相談会など、いろんなことができる可能性が大きいし、実際にやり始めている先生方もいらっしゃいます。
 個人的に思うのは、こういう機会がないとしがらみから抜け出せないということです。 全く縁がないところでやりたいという人は多いだろうし、出身地にこだわらず、必要とされるところでやりたいという希望は自然なものですよね。

━━━ スタッフ弁護士には10年という任期制限がありますが、その後のキャリアについては何か考えていらっしゃいますか。

 いや、全く白紙で、何も考えていません。 目下のところ、2009年問題(被疑者国選弁護制度の開始に伴う弁護士不足問題)と裁判員裁判に対応できるだけの体制を作ることが至上命題であり、 これができなければ自分が法テラスに来た意味がないと思っています。
 法テラスの究極の目標は定着にあるんだろうと思います。自分も縁があれば青森でやっていきたいし、 多くの弁護士が地方に根付いていくことが、市民のための法律サービス充実のための有効なプロセスであると考えています。

━━━ では、法テラスの将来像について、どのようなイメージをもたれていますか。

 法テラスと検察が対等に渡り合う組織、構図になるのかという点については、まだまだ規模が足りないので具体的には考えられません。 スタッフ弁護士内でのネットワークについては、マクロ的には情報集積やノウハウの蓄積、共有は有意義なんでしょうが、 究極的には弁護士は個人の仕事なので、個々の事件でそれぞれが信頼を勝ち取っていくしかやりようがないのではないでしょうか。
 実際そういう動きはあるんですが、任期制などがネックになる気がしますね。 やはり弁護士の独立性などを保っていくべきでしょう。始まったばかりの組織なのでまだまだこれからどうなるかわからないんですが、どのようにも変えていける可能性を持っていることは間違いありません。

━━━ 最後に、法科大学院生へのメッセージをいただけますか。

 どういう法律家になりたいのか、よく考えてください。それが決まったら、失敗をおそれず進んでいくだけです。

━━━ お忙しいところありがとうございました。